翌朝、家を出たらキラくんが待っていた。私はキラくんのそばに駆け寄り、その手を取る。キラくんは穏やかにほほえんで、手を握り返してくれた。
「こうやって登校したら、付き合ってるって思われちゃうかな」
「なにそれ、ナナは思われたらいやなの?」
「いや、そうじゃなくって。うれしいんだけど、ちょっと恥ずかしい気もする」
「そういうものなんじゃないの?」
相変わらずキラくんは飄々としている。他人の目など一切気にしていません、というふうに、堂々と背筋を伸ばしている。
私にはそのすがたが眩しくもある反面、無性に羨ましくなるときもある。そして、自分には到底真似できないとも。だけど、それでいいのだと思う。
私はキラくんにはなれないし、キラくんもまた私にはなれない。私はずっと私でしかなくて、それを嘆きたくなるときがこの先もあるかもしれない。だけど、私が私であることは悲しいことでもなんでもない。そうでありたい。
「キラくんはもうすぐ大学入学共通テストだよね?」
「あー、うん、そうだと思う」
「ずいぶん生半可なかんじ」
「俺はあんまり意識してないし」
「あれ、結局推薦にしたんだっけ」
「いや、一般でいくよ」
その余裕綽々な感じは、やはりキラくんなのだった。
「ねえ、ナナ」
「んー?」
遠いところに正門が見える。いつも裏門から登校していたので、正門をくぐるのは久しぶりだ。背中に緊張が走り、つないだ手がふるえはじめる。
「俺が第一志望校に受かったら、お願いひとつ訊いてくれる?」
「もちろんいいけど、どんな?」
徐々に近づいてくる正門に、心臓が早鐘を打ちはじめる。そんな私の手をキラくんが優しく握った。
「俺のこと、したの名前で呼んでよ」
「えっ、そんなことならいますぐにでも」
「だめ。ご褒美にしたいから、まだ呼ばないで」
よろしくね、と笑ったキラくんが、三年生の教室のあるほうへ消えていく。
私は唇を噛み締めたまま、二年生の教室がある廊下を歩いていた。賑やかな廊下を俯いて進んでいる。
こわいし、逃げたいし、泣きたいし、ぜんぶ諦めたい。だけど、ここで背中を向けたら、私は一生教室に来ることができない気がする。がんばりたいと願った自分のこころを、嘘だなんて思いたくないのだ。
小刻みにふるえる手を引き戸の取っ手に乗せる。四角く切り取られた窓からは教卓が見えて、藤川先生が私のすがたに気がつき、ゆっくりとうなずいている。
大丈夫。私ならやれる。
もし、ここで折れたとしても、きっとまた立ち上がる。どんなに時間がかかっても、前を向きつづける。
下を向くこともあるだろう。布団にもぐって、そこから出られなくなることもあるだろう。
たまに休んで、壊れないよう自分のうちがわに耳を傾けながら、それでも私は自分自身を諦めたくない。六畳一間の子ども部屋から飛び出して、広い世界を見てみたい。
私は、私にできることを探したい。失敗してもいい、恥ずかしくてもいい、それでも立ち直れるしなやかな自分でありたい。
教室のドアを開ける。真っ白い光に包まれる。
私は目を開けた。
「こうやって登校したら、付き合ってるって思われちゃうかな」
「なにそれ、ナナは思われたらいやなの?」
「いや、そうじゃなくって。うれしいんだけど、ちょっと恥ずかしい気もする」
「そういうものなんじゃないの?」
相変わらずキラくんは飄々としている。他人の目など一切気にしていません、というふうに、堂々と背筋を伸ばしている。
私にはそのすがたが眩しくもある反面、無性に羨ましくなるときもある。そして、自分には到底真似できないとも。だけど、それでいいのだと思う。
私はキラくんにはなれないし、キラくんもまた私にはなれない。私はずっと私でしかなくて、それを嘆きたくなるときがこの先もあるかもしれない。だけど、私が私であることは悲しいことでもなんでもない。そうでありたい。
「キラくんはもうすぐ大学入学共通テストだよね?」
「あー、うん、そうだと思う」
「ずいぶん生半可なかんじ」
「俺はあんまり意識してないし」
「あれ、結局推薦にしたんだっけ」
「いや、一般でいくよ」
その余裕綽々な感じは、やはりキラくんなのだった。
「ねえ、ナナ」
「んー?」
遠いところに正門が見える。いつも裏門から登校していたので、正門をくぐるのは久しぶりだ。背中に緊張が走り、つないだ手がふるえはじめる。
「俺が第一志望校に受かったら、お願いひとつ訊いてくれる?」
「もちろんいいけど、どんな?」
徐々に近づいてくる正門に、心臓が早鐘を打ちはじめる。そんな私の手をキラくんが優しく握った。
「俺のこと、したの名前で呼んでよ」
「えっ、そんなことならいますぐにでも」
「だめ。ご褒美にしたいから、まだ呼ばないで」
よろしくね、と笑ったキラくんが、三年生の教室のあるほうへ消えていく。
私は唇を噛み締めたまま、二年生の教室がある廊下を歩いていた。賑やかな廊下を俯いて進んでいる。
こわいし、逃げたいし、泣きたいし、ぜんぶ諦めたい。だけど、ここで背中を向けたら、私は一生教室に来ることができない気がする。がんばりたいと願った自分のこころを、嘘だなんて思いたくないのだ。
小刻みにふるえる手を引き戸の取っ手に乗せる。四角く切り取られた窓からは教卓が見えて、藤川先生が私のすがたに気がつき、ゆっくりとうなずいている。
大丈夫。私ならやれる。
もし、ここで折れたとしても、きっとまた立ち上がる。どんなに時間がかかっても、前を向きつづける。
下を向くこともあるだろう。布団にもぐって、そこから出られなくなることもあるだろう。
たまに休んで、壊れないよう自分のうちがわに耳を傾けながら、それでも私は自分自身を諦めたくない。六畳一間の子ども部屋から飛び出して、広い世界を見てみたい。
私は、私にできることを探したい。失敗してもいい、恥ずかしくてもいい、それでも立ち直れるしなやかな自分でありたい。
教室のドアを開ける。真っ白い光に包まれる。
私は目を開けた。
