釧路旅行を終えてからも、私とキラくんは頻繁に顔を合わせた。
 父も母も仕事納めが十二月三十日だったので、キラくんは私の家にふらっと来たり、そとに出てお茶したり、たまにキラくんの家にお邪魔したりしながら、私たちはゆっくりと冬休みを過ごした。
 キラくんは受験生なのに大丈夫だろうかと心配しつつ、キラくんが「問題ない」と言うときは、ほんとうに問題ないのだろうと自分を納得させた。私のために自分を犠牲にするようなことを、キラくんがするとは思えなかった。それは私が望まないことだったし、キラくんは私が望まないことを黙ってするような人ではなかったからだ。

「ナナちゃんも明日から学校だよね」

 父も母も私も、今日まで冬休みで、明日からはまた各々の戦場で戦っていくことになる。
 珍しくリビングでのんびりとお茶を飲んでいる母が、私をちらりと見てひかえめに問いかけた。

「学校、どうするの?」
「いくよ」

 即答したら、母は一瞬だけ目を見開き、次の瞬間にはいつもの顔で「そう、がんばってね」と言った。母なりの励まし方なのだと最近は受け止めている。
 ソファに座って年始のバラエティ番組を観ている父も、視線だけこちらに向けて、ただほほえみを浮かべた。下手くそな笑顔だ。不器用な人なのだと思う。

「ナナちゃん。おかあさんね、来年度から昇格する予定なの。まだ内示を受けるまえの段階なんだけどね、内々に話は受けてるの」

 私は「おめでとう」と言った。母は表情をあまり変えず、首を左右に振った。

「だから、来年度はさらに忙しくなると思う」
「私のことなら心配いらないよ」
「ごめんね、来年度は受験生なのに」
「大丈夫だよ。でももう一度塾にいきたいなと思ってるんだけど、いいかな」
「それはもちろん。おとうさんもおかあさんも、それくらいしか、あなたにしてあげられることがないから。仕事ばかりでごめんね」

 母が申し訳なさそうな顔をしているので、今度は私が首を横に振る番だった。両手を胸の前でも左右に振り、ほんとうに私は大丈夫だからと慌てて言う。

「ねえ、あのさ」
「なあに」
「仕事って、たのしい?」

 父と母は顔を見合わせた。そして、二人とも困った顔をして、ほんの少しほほえんだ。

「そうね、たのしいよ。もちろんたのしいことばかりじゃないけど、やり甲斐はとてもある。続けているプライドもあるかな」
「たのしいこと、つらいこと、波はあるけどな。社会に貢献できて人の役に立っている感覚って、案外わるくないものだよ」

 私にはわからないその感覚も、いつか理解できるようになるだろうか。理解できる大人になれればいいなと漠然と考える。父と母のようにはなれなくても、自分なりの道を見つけられるといい。
 いつか、きっと。