宝探しの数日後から、私は神社に行くことができなくなった。お盆が近づいてきたからだ。

 祖父母の自宅は高橋家の本家にあたるらしい。本家というのは、簡単に言えば高橋一族の中心となる家のこと。明治時代に本州から一族の祖先が入植し、この場所に土地を拓き、代々の当主が農業を営みながら土地を守ってきた。そういう場所だ。
 だからお盆の時期になると、祖父母の自宅には親戚の人々が遊びにやってくる。仏壇と神棚の掃除をしたり、客人のためのお菓子と飲み物を買いに出たりと忙しく、神社へ遊びに行く時間がなかったのだ。

 藍と会えないことは寂しかったけど、私は密かに安心していた。あの宝探しの日から、私は今までどおり藍と接することができなくなっていたから。藍の顔を直視することができず、会話をしてもどこかよそよそしい。
 その理由は――きっと簡単なことだ。でも私は必死でその理由から目を逸らそうとした。だって自分の感情と向き合ってしまったら、私は東京に帰りたくなくなってしまうから。

 ◇

 「凜ちゃん、大きくなったねぇ。前に会ったときはよちよち歩きだったのに」

 祖母が『亜紀ちゃん』と呼ぶ初老の女性が、笑いながら私に話しかけた。その女性は祖父の妹で、今は夫と2人で埼玉県に住んでいるのだという。子どもたちはみな親元を離れ、こうして年に一度、お盆の時期に北海道を訪れることを楽しみにしているのだとか。

「亜紀、今年は泊めてやれなくてすまないな」

 祖父が土産の羊羹を切り分けながら謝罪すると、亜紀は何でもないという顔で答えた。

「いいのいいの、せっかく孫が来てるんだから。私は札幌でも旭川でも、どこにでも泊まれるんだからさ」
「今夜のホテルはとってあるのか?」
「もちろん。大通りにある……ええと、何てホテルだったかな」
「いい、いい。聞いたところでわからん」

 祖父は、それ以上は興味がないというように話を切った。

 遠方からやってくる何人かの親族は、毎年、祖父母の自宅に何泊していくことが恒例になっているらしい。ただ今年は私が泊まっているため、その恒例行事が取りやめになったのだとか。
 私はそのことを申し訳なく思ったが、祖母いわく「他人様の宿泊をお断りできるならこんなり有難い話はない」のだとか。確かに人を泊めるとなれば家主は大変だろうということは理解できたので、あまり気にしないことにした。

「凜ちゃん。おじいちゃんちで毎日、何してるの? 退屈じゃない?」

 私が祖父の横で羊羹をつついていると、亜紀から話題を振られた。

「結構、楽しいです。野菜の世話をしたりとか、サイクリングに行ったりとか」
「ああ、表に自転車があったよね。凛ちゃんのだったんだ」
「元々は智樹さんの自転車みたいです」

 他愛のない会話を祖父母が引き継いだ。

「近くに年の近い子がいれば良かったんだけどね。今はうちの地区、子どもが全然いないから」
「木野さんのところの娘が一番近いくらいか?」
「そうだと思う。あとは山下さんのところが年長さんでしょ。加藤さんのところが去年1人生まれたけど……そのくらいしかいないんじゃないかな」

 私はおや、と首をかしげた。
 祖父母のいう『地区』の区切りはわからないが、南根神社のそばには藍が住んでいる。妹もいたはずだ。南根神社はここから自転車で10分はかからない距離だから、『近所に年の近い子がいない』という表現には違和感を覚えた。

「ねぇおばあちゃん。神社の近くに男の子、住んでるよね?」
「南根神社のこと? 何歳ぐらいの子?」
「中学生の子。妹もいるはずなんだけど」
「あの辺りに子どもはいないはずだけど……誰かが泊まりにきてるのかな」

 祖母はそう結論づけたが、祖父がまじめな表情で質問を重ねてきた。

「凜。その男の子に会ったのか?」

 話が食い違うことに気持ち悪さを覚え、私はついごまかした。

「えっと……うん。ちょっと見かけただけなんだけど。お寺の真向かいの家の前で……」
「お寺の真向かいの家……というと三浦さんのとこか。あそこは今、誰も住んでいないはずだが」
「え?」
「80代のばあさんが一人で暮らしていたんだが、施設に入ってしまったからな。冬になると娘夫婦が屋根雪下ろしに来ているみたいだが、それ以外の時期は見かけないな」

 心臓が嫌な音を立てて鳴った。
 藍はお寺の真向かいの家に住んでいると言った。歳の離れた妹もいるのだと。その家に誰も住んでいないというのは、一体どういうことなのだろう?
 私が汗の浮いた手を握りしめる前で、祖父母の会話は続く。

「三浦さんといえば……昔、中学生の男の子を亡くしていなかった?」
「ああ……そんなことがあったな。幸恵の5つか6つ年上の子だろう。溜池に落ちてそれきりだったんだよなぁ。一緒にいた妹が両親を呼びにいったから発見は早かったらしいが」
「三浦さんとこが自宅を手放せないのは、その子のことがあるからなんでしょうねえ。人の住んでない建物の管理は大変だろうに」

 亜紀が小さな声で私に話しかけた。冗談交じりの声だった。

「凛ちゃん。幽霊でも見たんじゃないの」

 私は返事をすることができなかった。心臓が痛いくらいに鳴って、口は渇き、瞬きすら忘れてしまった。時間の流れが止まってしまったようだった。
 開け放たれた窓の外から蝉の声だけが鮮やかに聞こえていた。

「おばあちゃん……その男の子、名前はなんていうの?」
「何だったかなぁ……三浦……ああ、そうだ――」