翌日からはまた晴れの日が続いたので、私は以前と同じ生活に戻った。
 午前中は祖父母の自宅で過ごし、昼食を食べた後は南根神社へ。「お盆明けに両親が迎えにくる」ということを伝えたら、藍は「捨てられたんじゃなくて良かったな」と私の肩を小突いた。その顔が少し寂しそうなのは、きっと私の気のせいではない。

 8月の暦にも慣れ始めた頃、私は数個のビー玉をポケットに入れて神社へと向かった。そのビー玉は、万華鏡や落書き帳と一緒に段ボール箱の中に詰め込まれていた物だ。
 いつもと同じく鳥居を背もたれにする藍に、ビー玉を見せた。

「藍、ビー玉の遊び方ってわかる?」

 藍は私の手のひらから黄色のビー玉をつまみあげた。

「えー……ビー玉って女子の玩具じゃねぇの? 俺、遊んだことない」
「私も遊んだことないの。藍なら面白い遊び方を知らないかなと思って」
「んー……」

 藍はビー玉を手のひらで転がしながら考えこんだ。それから急に立ち上がった。

「よし、宝探ししようぜ」
「宝探し?」
「そう。凜がビー玉を隠して、俺が探す。見つけられたら俺の勝ち、見つけられなかったら凜の勝ち」

 やっぱり藍は遊びの天才だ、と私は思った。
 藍と出会った当初、私は誰かと勝負をすることが嫌いだった。でも今では勝負を持ちかけられるとわくわくしてしまう。だって藍とする勝負は勝っても負けても楽しいのだから。

「おっけー、じゃあ私が隠すね。どの範囲で隠せばいいかな?」

 私は藍からビー玉を受け取って、辺りを見回した。小さな神社ではあるが境内はそこそこの広さがある。草木が生い茂り、岩場のようになっている場所もある。範囲を絞らなければ小さなビー玉を見つけ出すことは困難だろう。

「範囲は社殿の中でどう?」

 藍が参道の向こう側にある社殿を指さしたので、私はびっくりした。

「社殿って勝手に入っていいの?」
「普通は駄目だけど。物を壊したり、汚したりしなければ大丈夫だろ」
「ええ……でも鍵がかかってるんじゃない?」
「正面にある向かって左側の扉、軽く揺すってみろよ。鍵、外れるから」
「外れるんだ」

 罪悪感を覚えながらも、私は藍に言われたとおり社殿の扉を揺すってみた。かち、と音がして鍵が開いた。どうやら扉の立てつけが悪く、少しの振動で鍵が外れるようになっているらしい。
 不用心だが、こんな田舎の神社で盗みを働く輩がいるとも思えないから問題もないのだろう。

「負けた方が罰ゲームな!」

 私が社殿の中を眺めていると、外から藍の声が飛んできた。

「罰ゲームって、どんな?」
「負けた方が、勝った方の言うことを一つ聞く!」
「えー」

 それは絶対に負けるわけにはいかない。

 ◇

「藍、もういいよ」

 ビー玉を隠し終えた私は、社殿から顔だけを出して藍を呼び寄せた。狛犬像のまわりを意味もなく回っていた藍は、やる気満々で社殿の方へとやってきた。

「制限時間はどうする?」
「5分……じゃ短いかなぁ。7分でどう?」
「お、自信満々か? 見てろよ、速攻で見つけてやる」

 私がスマホのアラームをセットすると、藍は素早く動きはじめた。社殿の窓枠や、扉の隙間、柱と柱の間などをくまなく探す。

 10畳ほどの広さの社殿の中には、御神体が祀られた祭壇と、簡易的な儀式を行えるだけの祭具が置かれている。あとは折りたたみの椅子が何脚かと、境内の手入れに使うための掃除道具。
 たったそれだけの空間なのだが、藍はいつまで経ってもビー玉を見つけることができず表情を曇らせ始めた。

「全然、見つからないんだけど。本当に社殿の中に隠した?」
「隠したよ。もっとよく探してみなよ」

 私はしれっと答え、壁に背中をつけて藍の行動を見守った。
 間もなくしてスマホのアラームが鳴り響き、藍は驚いた表情で私の方を見た。

「……え、終わり?」
「終わりだよ。やったー! 私の勝ち!」
「うわー……嘘だろ。絶対、勝てると思ったのに」

 藍は心の底から悔しそうだった。藍自身、勝てる自信があったから勝負に罰ゲームをつけると言い出したのだろう。私だってそのくらいはわかっていた。ただビー玉を隠すだけではこの勝負には勝てないってこと。だから一工夫凝らしたのだ。

「じゃあ発表します。ビー玉はここでした!」

 私は満面の笑みを浮かべて、ずっと握りしめてた左手を開いた。そこには黄色のビー玉がある。この勝負が始まった当初から、私がずっと握りしめていた物だ。
 藍はぽかんと口を開け、私の手のひらにのったビー玉を見つめた。

「……はぁ⁉ これはずるいだろ! ズルだズル!」
「ずるくないよ。私、ルールは破ってないもん」

 私はわざとらしく唇を尖らせて答えた。

 藍が定めた勝負のルールは『社殿の中にビー玉を隠す』ということだけ。建物自体に隠さなければならないとは言わなかったし、勝負のあいだ私は社殿から出ていないのだから、ルールを破ったことにはならない。
 藍もすぐにそのことに気がついたようで、悔しそうな表情を浮かべながら負けを認めた。

「くそー……やられた。今回は俺の負けだわ……」

 それから渋々、質問してきた。

「で、罰ゲームは何にするわけ。あんまり変なことはやらせんなよ」
「あ、そっか。罰ゲームかぁ……」

 勝負に勝ったことが嬉しくて、罰ゲームのことは頭から抜け落ちていた。
 私はビー玉で手遊びをしながら考えた。藍にさせる罰ゲームは何がいいだろう。動物の鳴き真似をしてもらうとか、恥ずかしい昔話を教えてもらうとか? でもそれだと一瞬だけ笑っておしまいになってしまうから、もっと記憶に残るものがいい。
 宝探しゲームをやって良かったな、って後になって思い出せるような――

「じゃあ……さ。ちょっとだけ、手を握ってみて?」
「……手?」
「うん、握手。ぎゅーって」

 私が右手を差し出すと、藍は拍子抜けした顔をした。「そんな簡単なことでいいのか?」と心の声が聞こえてくるようだ。

 藍は私の方へと手を伸ばした。指先がちょん、と触れ合う。
 次の瞬間、藍は大声をあげて私から距離をとった。

「……っ無理無理無理! やっぱ別のにしろ!」

 数秒前までの冷静な様子はどこへいったのやら、何か恐ろしい物にも触れてしまったかのような動揺ぶりだ。その態度があまりにもあからさまだったから、私は悲しい気持ちになった。

「……私の手に触るの、嫌?」
「違っ……嫌とかじゃなくて……!」

 藍は両手を顔の前で振ってみたり、地団駄を踏んでみたり、頭を抱えてみたりと忙しい。そうした動作を何度か繰り返してから、覚悟を決めたように言った。

「は、はず、恥ずかしいから、他のにしない……?」

 そう言う藍の顔は夕陽を浴びたように真っ赤だった。ここは建物の中だから顔にあたる夕陽などないだろうに。鮮やかな藍の顔色を見ていると、自分で言い出したこととはいえ私まで恥ずかしくなってきてしまう。

「そ、そうだね。他のにしよっか……」
「うん……」

 それきりもう藍の顔を直視することができなかった。