「菊川先輩」

 セイ先輩が三木先輩を支えて歩いて行った後も階段に残っていた先輩に声を掛ける。
 それでも先輩は俺に背を向けたまま振り返ってはくれなかった。

「菊か……」
「ごめん、今ちょっとこっち来ないで」

 聞こえていなかったのか?ともう一度声を掛けると、菊川先輩は震える声で遮ってくる。
 そんなの聞いていられなくて俺は先輩の横に行くとゆっくりと前に回り込んだ。
 階段の一段下に立ってもまだ先輩の方が小さいため、俯く先輩の顔は見えない。

「来ないでって言ってるのに……」

 先輩は一切動くこともなくただじっとその場に立っていた。

「……女バス、今日はもう解散したんですよね?」

 仕方なく覗き込むのは止めて聞くと、やっと顔は上げないまま小さく頷いてくれた。でも、

「なら、一緒に帰りません?」
「無理」

 こういうのははっきりと即座に否定されることに落ち込む。

「みんな帰るのに、ですか?」
「荷物整理して控え席も片付け確認しないと」
「そんなん一年がやりますよ。白井に任せれば……」
「私の仕事なの!それは!それだけは!!」

 ドンと二つの拳が俺の胸に落とされた。
 震えるその手に触れると、菊川先輩は振り払ってギュッと両手を握り合わせる。

「そんな先輩を一人にはできないですよ」
「何でよ……」

 言いながらももう一度ドンと右手をぶつけてきてコテンとそのまま体を預けてきた。