「……菊川先輩」

 思わず声を掛けると、先輩はクルッとこっちを向く。
 その顔はいつもと変わらないことがやけに辛い。

「何かあった?」

 生地を軽く掻き混ぜて何事もなかったかのように焼き始めた先輩に俺は何と言ったらいいのだろうか?

「こいつは図太いから気にすんな」

 顔に出ていたのか、ハナ先輩は焼き上がったワッフルを運びながら声を掛けてきて俺はただ会釈することしかできなかった。

「あ、でも、吉井くん!」

 去ろうとしたのを呼ばれて振り返ったのに、

「いつミキたちが戻ってきてもいいように、アレ準備しといてくれる?」

 菊川先輩はこっちも見ないでクレープ生地を焼いていく。

「わかりました」

 答えつつ、小さくため息を吐いた。
 そっと化学室を出て廊下から鍵を開けて隣の準備室に入る。
 電気をつけて三木先輩が着る執事の服とセイ先輩に《《着せる》》メイド服があることを確認すると、化学室へと続くドアの鍵を開けた。すると、

「ごめん!いい?」

 三木先輩が飛び込んできて、俺は頷いて廊下に出る。
 そっと鍵を締めていると、廊下の向こうからセイ先輩が走ってくるのが見えた。そして、

「三木っ!!」

 化学室へセイ先輩が怒鳴りながら入って行く。

「セイ!どーしたんだよ!その格好!何かこぼしたのか?」

 トモ先輩が笑いながら言う声に、みんなの心配するような、笑いを堪えるような、よくわからない反応。
 それが見えていない俺にはわからなくて、俺は準備室の鍵を締めてから化学室の入口に回った。