やっと本番になって音響のブースに入った俺はゆっくりプログラムを見つめる。
 何度も“まさちゃん”と言われて菊川先輩のことだとわかっていたが、“菊川政子”そのフルネームを改めて確認するように指でなぞった。

「……まさちゃん」

 呟いてみて何となく恥ずかしくなる。だが、

『プログラムナンバー、一番、キッズクラスによりますボールの演技です』

 先輩がマイクで話す声が聞こえてハッとした。
 今、俺は音響。
 与えられた役割をちゃんとこなさなければ迷惑がかかる。
 パチンと小さく頬を叩いて体育館のフロアの中央、白いテープで仕切られた中へと入っていく幼稚園児たちを見つめた。
 ポーズを決めると静まる場内。
 ピッと先生が合図を鳴らす音がすると俺も最初の曲を鳴らした。
 無邪気に笑って、ボールがキャッチできなかったり、テープの外に転がっていったりしても走って行ってまた笑顔で戻ってくる。
 楽しそうに演技しているその姿はかわいらしい。
 ちょうど二階正面に居る観客席からは見えない真下には演技を見つつ出番を待つ小、中学生たちと先輩と先生。
 見守る先輩の顔も笑顔で、技が決まる度に拍手をする姿を俺はじっと見つめていた。
 一時期はあんな“新体操”と口にするのも辛そうだったが、もう安心な気もする。
 辛い記憶や現実も楽しさの方が勝ったようでホッとしていた。