「言いたくないなら大丈夫」

 ふと足先を見た先輩。
 表情は見えないが、俺が答えたらいつもコートを睨んでいる理由も話してくれるだろうか。
 ゆっくり息を吐き出してから俺はノートとペンを置いて両腕を上げる。
 影を見てもわかる片方だけ中途半端な腕。

「俺、中二で事故って右肩やって……右腕はこれ以上は上がらないんですよ。こんなのリバウンドできないでしょう?」

 微笑むと、先輩は表情を陰らせて「ごめん」と小さく謝った。

「大丈夫です!そりゃ、中学の時はちょっとスネましたけどね。スタメンだったし、先輩たちが引退してこれから俺らは結果を出していく時だったから」

 手を降ろして髪を掻き上げる。
 事故に遭ってから伸ばした前髪。
 短かったあの頃は髪を掻き上げるなんてしたことがなかった。

「なのに、ポジション(そこ)を取られた上に俺はもうバスケができないなんて……」

 ふと無言で俯く先輩の様子が気になって見下ろす。
 先輩はギュッとスカートを握り締めて硬直していた。
 やたら力が入っているのが気になってその場でしゃがむ。
 下から覗き込むと、先輩の顔は真っ青だった。

「え!?大丈夫ですか⁉」

 慌てて手を伸ばしても先輩は呼吸さえも怪しい。

「先輩?ちょっ!!」

 震えている肩に手を添えて辺りを見回す。
 もちろんこんな土曜の夕方に人は居なくて、俺は必死に頭を動かした。