部室棟の方にも、見える限りのグラウンドにも菊川先輩の姿は見えなくて焦る。
 女バスの部室に居るなら俺は入っていけないし、見失ってしまったことが不安でしかなかった。
 悩みつつ自転車置き場に回ると、そこにはまだ先輩の自転車があってホッとする。

「まだ学校には居る……けど、どこだ?」

 寒いのに走ったせいで滲む汗を拭って中庭を通りながら体育館に向かうと、そこのベンチに座っている菊川先輩を見つけた。
 俯いているせいで更に小さく見えるその姿。

「先輩」

 声を掛けると、先輩は顔を上げてフッと笑った。
 それでも眉の寄ったその顔。

「吉井くんにはいつも情けない姿見られるね」
「情けないなんて思いませんけど?」

 足を伸ばしてそのつま先を見つめる先輩にしゃがんで目を合わせると、先輩は笑うのを止めてじっとこっちを見た。

「……ミキ、小嶋くんにご飯作ってもらったりしてるんだって」
「それって何か凄いんですか?」
「何とも想ってない子の家に行ってご飯作る?」

 言われて考えるが、そういう経験もない俺は答えようもない。

「……二人とも……お互い本当は好き同士だって気づかないのよねぇ」

 ため息と共に出された言葉。

「そうですか?」
「めちゃくちゃ鈍感でしょ。本気でフリしてるのよ?どっちもフリさえ苦手なタイプなのに」

 もう呆れているような、でも、まだ諦め切れないような複雑な顔。
 僅かな可能性さえ消えたら、先輩も少しは俺を見てくれるのだろうか?