三日という時間は、長いようであっという間だった。
腕が折れているのに、今まで何でも一人でやってきたからか、時間はかかるけどなんとか澪に迷惑をかけずに自分のことは自分でこなせている。
「祐朔くん」
朝起きたとき。
そして、夜寝る前。
兄の話を聞いたからか、澪は僕にハグを求めてきた。
澪いわく、ハグにはリラックス効果だったりストレス解消の効果があるらしい。
「私、もう大切な人を失うのは嫌。だからお兄さんがどんな選択を提示してきても、私のために幸せを選んでね」
はじめて、澪から敬語が取れた。
少しでもあの家を離れない素振りを見せると、彼女は僕を睨みつけた。兄が来たあの日みたいな目つきで。
でも首元から聞こえる声に、なんで彼女が僕を睨みつけるのかがわかった気がした。
兄から聞いた両親の発言に自暴自棄になって澪のことを不安にさせていたことに今更ながらに気がついた。
「うん。ごめん、無意識のうちに僕、澪を不安にさせてた」
「しょうがないよ。祐朔くんは悪くないし、これからうんと幸せになるって決まってるじゃないですか」
目が合うと、嬉しそうに笑っている。
「そうだね。澪がそこにいるだけで幸せなんだから、もうそれ以下になることはないかも」
澪は大袈裟だと微笑んだけど、本当にそう思っている。
きっと何があっても、最終的に澪が僕を癒して、助けてくれるって。
この三日間、特に変わったことは何もなかったけど、僕の心は存分に満たされた。
どこか恋人になった実感が湧いていなかったところがあったけど、ただ話して、隣に座ってテレビを眺めて、こうしてハグをする。
それだけで、相思相愛で恋人同士なんだって実感ができた。
だからきっと、なにがあっても。
澪のために、自分のために。不幸より幸の方を選べるようになるだろう。
夕方、スーツ姿で訪ねてきた兄と対面で顔を合わせる。
入れ替わるように、澪は買い物へと出かけて行った。僕を応援するように、小さくガッツポーズを見せながら。
こうして二人で座ってみると、なんだかこの前よりきちんと顔を見ることができている気がする。
「俺さ、ずっと謝りたかったんだ。祐朔の幸せを奪い続けてきた。苦しむ役目は、俺だけで十分だったのに、祐朔のほうがきっと、もっと苦しい思いをしてきたよな」
兄は机に頭を打ち付けて、それでも痛いとは言わずに謝罪した。
「いいよ。そんなの、あんな両親じゃなければお互い気にせずに生きてこられたんだし。僕たちは何も悪くない。だから謝らなくていいよ」
親ガチャという言葉は、きっとこんな境遇の人が生み出したんだろう。
そして僕たち兄弟はまさしく、はずれ組だ。
「ずっと優秀な人を求められるのも、苦しかったでしょ?お互い様だよ」
話していて、兄も苦しんできたとわかった。
ずっと両親に褒められてきたから、見えるはずのものが隠されつづけてきただけ。
もっと早くこうして話せていたら、兄も今僕にこうしてくれているように、少しは楽になれていたかもしれないのに。
「ずっと罪悪感を抱えて生きてきた。祐朔は、許してくれないと思ってたよ」
「なんで?」
「もとはと言えば、俺がテストで何度か連続で百点を取ってきたせいで、親が勘違いしたことが始まりだっただろ?たかが小学一年生の、誰でも解けるようなテストで百点を取ってきただけなのに、うちの親ってバカだよな」
ため息混じりに話している。
純粋無垢な子ども時代に、誰がテストで百点を取ったことで優秀でいることに囚われる人生が始まると考えるだろう。
弟を苦しめると考えるだろう。
そんなことを考える子どもがいたら、少し気味が悪い。
それなのに、兄はそんなことでずっと苦しんでいたなんて。
なんて哀れなんだろう。
「今日、自分の荷物を運ぶふりをして祐朔の荷物も持ってきた」
兄はきっと、さぞ驚いたことだろう。
澪と会うために買った服以外、全部ボロボロなんだから。
でも兄は、その事には一切触れなかった。
「俺、異動が決まったんだ」
使いにくそうな、黒くて硬いカバンの中から、新品のクリアファイルに入った書類を僕に見せた。
新しい事業所ができるから、そこで働いてほしい。
そういう内容のものだった。
その場所がこの地元なのは、きっとなにか繋がりがある。
「祐朔が通う学校の近くに俺が働く会社があって、近くの賃貸マンションを借りたんだ。今日からそこで暮らそう」
兄からもらうこの気持ちは、僕の最大の悩みからの逃げ道であり、家族からもらうはじめての愛だった。
それがいくら、僕に対する罪悪感から来ているものでも、その提案を蹴るという選択肢はなかった。
「うん。僕もそうしたい」
僕は兄の手を取った。
不思議と兄と二人で暮らすことに抵抗はなかった。
それは、きっと兄も僕と同じだとわかったからだろう。
この日から、僕の人生は地獄から平穏へと引き上げられたのだ。
腕が折れているのに、今まで何でも一人でやってきたからか、時間はかかるけどなんとか澪に迷惑をかけずに自分のことは自分でこなせている。
「祐朔くん」
朝起きたとき。
そして、夜寝る前。
兄の話を聞いたからか、澪は僕にハグを求めてきた。
澪いわく、ハグにはリラックス効果だったりストレス解消の効果があるらしい。
「私、もう大切な人を失うのは嫌。だからお兄さんがどんな選択を提示してきても、私のために幸せを選んでね」
はじめて、澪から敬語が取れた。
少しでもあの家を離れない素振りを見せると、彼女は僕を睨みつけた。兄が来たあの日みたいな目つきで。
でも首元から聞こえる声に、なんで彼女が僕を睨みつけるのかがわかった気がした。
兄から聞いた両親の発言に自暴自棄になって澪のことを不安にさせていたことに今更ながらに気がついた。
「うん。ごめん、無意識のうちに僕、澪を不安にさせてた」
「しょうがないよ。祐朔くんは悪くないし、これからうんと幸せになるって決まってるじゃないですか」
目が合うと、嬉しそうに笑っている。
「そうだね。澪がそこにいるだけで幸せなんだから、もうそれ以下になることはないかも」
澪は大袈裟だと微笑んだけど、本当にそう思っている。
きっと何があっても、最終的に澪が僕を癒して、助けてくれるって。
この三日間、特に変わったことは何もなかったけど、僕の心は存分に満たされた。
どこか恋人になった実感が湧いていなかったところがあったけど、ただ話して、隣に座ってテレビを眺めて、こうしてハグをする。
それだけで、相思相愛で恋人同士なんだって実感ができた。
だからきっと、なにがあっても。
澪のために、自分のために。不幸より幸の方を選べるようになるだろう。
夕方、スーツ姿で訪ねてきた兄と対面で顔を合わせる。
入れ替わるように、澪は買い物へと出かけて行った。僕を応援するように、小さくガッツポーズを見せながら。
こうして二人で座ってみると、なんだかこの前よりきちんと顔を見ることができている気がする。
「俺さ、ずっと謝りたかったんだ。祐朔の幸せを奪い続けてきた。苦しむ役目は、俺だけで十分だったのに、祐朔のほうがきっと、もっと苦しい思いをしてきたよな」
兄は机に頭を打ち付けて、それでも痛いとは言わずに謝罪した。
「いいよ。そんなの、あんな両親じゃなければお互い気にせずに生きてこられたんだし。僕たちは何も悪くない。だから謝らなくていいよ」
親ガチャという言葉は、きっとこんな境遇の人が生み出したんだろう。
そして僕たち兄弟はまさしく、はずれ組だ。
「ずっと優秀な人を求められるのも、苦しかったでしょ?お互い様だよ」
話していて、兄も苦しんできたとわかった。
ずっと両親に褒められてきたから、見えるはずのものが隠されつづけてきただけ。
もっと早くこうして話せていたら、兄も今僕にこうしてくれているように、少しは楽になれていたかもしれないのに。
「ずっと罪悪感を抱えて生きてきた。祐朔は、許してくれないと思ってたよ」
「なんで?」
「もとはと言えば、俺がテストで何度か連続で百点を取ってきたせいで、親が勘違いしたことが始まりだっただろ?たかが小学一年生の、誰でも解けるようなテストで百点を取ってきただけなのに、うちの親ってバカだよな」
ため息混じりに話している。
純粋無垢な子ども時代に、誰がテストで百点を取ったことで優秀でいることに囚われる人生が始まると考えるだろう。
弟を苦しめると考えるだろう。
そんなことを考える子どもがいたら、少し気味が悪い。
それなのに、兄はそんなことでずっと苦しんでいたなんて。
なんて哀れなんだろう。
「今日、自分の荷物を運ぶふりをして祐朔の荷物も持ってきた」
兄はきっと、さぞ驚いたことだろう。
澪と会うために買った服以外、全部ボロボロなんだから。
でも兄は、その事には一切触れなかった。
「俺、異動が決まったんだ」
使いにくそうな、黒くて硬いカバンの中から、新品のクリアファイルに入った書類を僕に見せた。
新しい事業所ができるから、そこで働いてほしい。
そういう内容のものだった。
その場所がこの地元なのは、きっとなにか繋がりがある。
「祐朔が通う学校の近くに俺が働く会社があって、近くの賃貸マンションを借りたんだ。今日からそこで暮らそう」
兄からもらうこの気持ちは、僕の最大の悩みからの逃げ道であり、家族からもらうはじめての愛だった。
それがいくら、僕に対する罪悪感から来ているものでも、その提案を蹴るという選択肢はなかった。
「うん。僕もそうしたい」
僕は兄の手を取った。
不思議と兄と二人で暮らすことに抵抗はなかった。
それは、きっと兄も僕と同じだとわかったからだろう。
この日から、僕の人生は地獄から平穏へと引き上げられたのだ。



