「なんで人って、母親からの愛を求めるんだろうね」
嫌いなはずなのに。
苦しめられてばかりなのに。
僕は未だに、母親に認めてもらいたいと願っている。
まるで無理やり母親から引き離される子どもみたいに、母親を追いかけていた。
自嘲するかのごとく笑って明るく終わらせようと試みるけど、やはりそういうわけにはいかなかった。
「……俺、お前に無神経なこと言った。本当にごめん」
悲壮感漂う表情で、稔は深々と頭を下げた。
そんなに思い詰めた顔をしなくてもいいのに。
「いいんだ。稔のおかげで今の自分の状況に気付けたし」
それまでは自分の中に僕の家庭はおかしいのだと無意識に感じていながらも、無意識のうちに見て見ぬふりをしていた。
ちゃんと心と向き合うきっかけをくれたのは、稔だった。
それに、ただ黙って相槌を打ちながら聞いてくれたから案外すんなり話せたし。
「むしろ稔に感謝してるくらいだよ」
今も、あの喧嘩のときも。
「いや、でも嫌なことだろ。話すの、苦しかっただろ?そんな話を、俺なんかに話してくれてありがとう」
「俺なんかって……。稔だから話せたんだよ。聞いてくれてありがとう」
まだバツが悪そうに下手くそな笑みを浮かべる稔は、何度か深呼吸をしていた。
「俺の話、今のメンタルで聞ける?」
「うん。大丈夫。稔の話も聞かせて」
心配そうに僕の方を見る。
それに応えるように、僕は微笑んだ。
僕と目を合わせた稔がほっとした様子だから、僕はきっと、ちゃんと笑えていたんだろう。
「友達としてじゃなくて、人として聞いてほしいんだけど。あと、嫌われても仕方ないと思ってるから、嫌だったらちゃんと言ってほしい」
真剣な目付きで僕に訴えかけてくる。
そんなことあるわけないよ、なんて無根拠に言えないほど。
「わかった。ちゃんと真面目に聞く」
自分の話をするときよりも、ずっと緊張してしまう。
「困らせたい訳じゃないんだけど、祐朔のこれからを考えたら、伝えるとした今しかないって思ったんだ」
僕のこれから?
稔の未来じゃなくて、僕のことを考えてくれるところが稔らしい。
「まぁ、半分は……。いや、八割以上は俺のためでもあるんだけどさ」
ちびちびと、本題を引き伸ばしているのがわかる。
時間が経てば経つほど、どんな強烈な話をされるんだろうと考えてしまう。
そんな中、今まで泳いでいた稔の瞳がまっすぐ僕の目を見た。
彼が主体となって話し始めて、やっとちゃんと目が合った。
「____俺、祐朔のことが好きなんだ」
きっとこれが、稔が僕に話したかったことなんだろうけど、今更すぎて拍子抜けしてしまった。
「……うん。僕も稔のこと、好きだよ?」
これのどこが、嫌われるようなことなんだろう。
つい緊張が緩んで、緩んだ目元で稔を見ると、苦しそうに微笑んでゆっくり首を左右に振っていた。
「祐朔の好きは、友達としてだろ?俺のは、……恋愛対象として見てるって意味の好きだから」
まるでさっきの僕みたいに、稔も自嘲するように笑う。
その姿は、まるで自分の感情をとことん否定しているみたいで、僕まで苦しくなった。
だってすごく、本当にすごく嬉しかったから。
目の前が輝くほど、心が温かくなるほど。
稔の気持ちを受け取った僕は、幸せな気持ちになったのだから。
「そんな顔しないでよ。僕の人生で一番嬉しい言葉だよ。この意味、稔ならわかるでしょ?」
「……あぁ」
頷くのが遅くなるほど、歯を食いしばって上を向いて、必死に堪えていた涙は溢れ出していた。
「稔がはじめて、僕に愛をくれたんだよ」
稔が泣くから。
初めて見た稔の涙に、僕もつられて泣いてしまった。
「僕も稔が好きだよ。僕は、稔の恋人になれるかな」
僕には好きの違いがわからない。
これが、正真正銘親友としての好きなのか、稔と同じ意味の好きなのか。
判断ができないのなら、告白を受けることでお互い幸せになれることに希望を持っている。
「だめだよ。祐朔が好きな人は俺じゃないだろ」
僕の手を払うように、稔は涙ながらに笑った。
男性でも泣き笑いが美しいって通用するのかと、かけてくれた言葉に半分耳を傾けるのをやめてしまっていた。
「でも僕は、稔が好きだよ」
「それはわかってる。でもそれは、友情の好きであって、恋愛の好きじゃない」
僕の頭は、正直こんがらがっていた。
どう区別したら、そこが分かれていると実感できるのだろう。
「祐朔が好きなのは、立花さんだろ?」
僕の道しるべとなるように、稔はそんなことを口にした。
ありえない。そんなわけない。
頭の中で、それだけが飛び交っている。
「澪は友達だよ。それ以外の、なんでもない」
「でも、祐朔は立花さんの前では気が抜けたみたいによく笑う。何よりも必死になって、ちゃんと彼女を見てるだろ?」
「それは……。僕が澪に依存してるせいだよ。母親に愛されなかったから、仲良くなった女の子に見捨てられたくなくて。嫌われたくなくて。ただそれだけなんだよ」
澪に嫌われるのが怖い。
あの笑顔が見られなくなるのが嫌だ。
可愛い丸文字を見られなくなるのが嫌だ。
ただ、澪は涙脆いから。僕がその涙を拭いたいって思う。
辛い思いはこれ以上してほしくないし、せっかく戻った声をまた失うなんてことは絶対避けさせてあげたい。
たとえその方法が、僕が傷つく結果になっても構わない。
でもそれは、僕の依存心から来ているものばかりで、押し付けるのは違う。
恋でも愛でもないことは、誰から見ても一目瞭然だ。
「そんなの、依存とは言わないだろ。それが恋だよ。自分より相手を中心に考えてる。そうだろ?」
「えっ……?」
あの薄汚れた僕の澪への気持ちを話したら、稔は友達の顔に戻って軽く笑ったあと僕の背中を軽く押した。
「祐朔は立花さんに、誰よりも綺麗な気持ちで恋をしているんだよ」
稔が僕のことを一番に考えてくれている。
それに応えられないことを、いちばん僕に応えてほしかったであろう相手に教えられるなんて。
もらった愛を、温かさを、冷たい凶器で返すような真似をしてしまった。
でも気付いたからには、稔に伝えるべきことがある。
……ちゃんと、伝えなければならない。
それが誠心誠意告白してくれた相手へのせめてもの償いになるだろうから。
「……稔、ありがとう。あと……。ごめんなさい。僕は稔の気持には応えられない。だからこれからも、親友でいてほしい」
断る側も、一人の友達を失うかもしれない恐怖が背中合わせなのだと、今日初めて知った。
変に大きく動く心臓は、一人勝手に緊張感を高める材料になるほど。
「あぁ、もちろん。これからも祐朔が俺の一番の親友だよ。……こんな俺のこと、受け入れてくれてありがとう」
僕の肩にぽんと手を置き、「泣くな泣くな」とその手で肩をさすってくれる。
どっちが振られたのかもうわからないほど、稔に励ましてもらっていた。
「嬉しいよ。祐朔が前に進むと、俺も前を向けるから」
僕の涙が落ち着いて、最終下校時刻を知らせるチャイムが鳴った。
急いで教室を出ると、扉の前に一冊のノートが落ちていた。
水彩画のようなタッチで海が描かれた表紙のノートは、どこにも名前は書かれていなかった。
「誰の?」
「わかんない。でもこの感じ、見覚えがあるんだよね」
開いた一枚目の丸っこい字。
……もしかして澪のかな。
「じゃあ祐朔が返しなよ。立花さんに」
「……え?」
「嬉しそうに笑ってるから、そうだろ?」
エスパーかよ。
そう、笑いながら僕の背中をバシッと叩く稔に、いつものテンションなら言えただろう。
でも今は、言えなかった。
きっと稔は、帰ったら泣くんだろう。
僕が泣いてしまって、泣けなかったから。
普段あまり涙を見せない人だから。
「ありがとう」
僕が今稔に言えることは、これくらいしかなかった。
嫌いなはずなのに。
苦しめられてばかりなのに。
僕は未だに、母親に認めてもらいたいと願っている。
まるで無理やり母親から引き離される子どもみたいに、母親を追いかけていた。
自嘲するかのごとく笑って明るく終わらせようと試みるけど、やはりそういうわけにはいかなかった。
「……俺、お前に無神経なこと言った。本当にごめん」
悲壮感漂う表情で、稔は深々と頭を下げた。
そんなに思い詰めた顔をしなくてもいいのに。
「いいんだ。稔のおかげで今の自分の状況に気付けたし」
それまでは自分の中に僕の家庭はおかしいのだと無意識に感じていながらも、無意識のうちに見て見ぬふりをしていた。
ちゃんと心と向き合うきっかけをくれたのは、稔だった。
それに、ただ黙って相槌を打ちながら聞いてくれたから案外すんなり話せたし。
「むしろ稔に感謝してるくらいだよ」
今も、あの喧嘩のときも。
「いや、でも嫌なことだろ。話すの、苦しかっただろ?そんな話を、俺なんかに話してくれてありがとう」
「俺なんかって……。稔だから話せたんだよ。聞いてくれてありがとう」
まだバツが悪そうに下手くそな笑みを浮かべる稔は、何度か深呼吸をしていた。
「俺の話、今のメンタルで聞ける?」
「うん。大丈夫。稔の話も聞かせて」
心配そうに僕の方を見る。
それに応えるように、僕は微笑んだ。
僕と目を合わせた稔がほっとした様子だから、僕はきっと、ちゃんと笑えていたんだろう。
「友達としてじゃなくて、人として聞いてほしいんだけど。あと、嫌われても仕方ないと思ってるから、嫌だったらちゃんと言ってほしい」
真剣な目付きで僕に訴えかけてくる。
そんなことあるわけないよ、なんて無根拠に言えないほど。
「わかった。ちゃんと真面目に聞く」
自分の話をするときよりも、ずっと緊張してしまう。
「困らせたい訳じゃないんだけど、祐朔のこれからを考えたら、伝えるとした今しかないって思ったんだ」
僕のこれから?
稔の未来じゃなくて、僕のことを考えてくれるところが稔らしい。
「まぁ、半分は……。いや、八割以上は俺のためでもあるんだけどさ」
ちびちびと、本題を引き伸ばしているのがわかる。
時間が経てば経つほど、どんな強烈な話をされるんだろうと考えてしまう。
そんな中、今まで泳いでいた稔の瞳がまっすぐ僕の目を見た。
彼が主体となって話し始めて、やっとちゃんと目が合った。
「____俺、祐朔のことが好きなんだ」
きっとこれが、稔が僕に話したかったことなんだろうけど、今更すぎて拍子抜けしてしまった。
「……うん。僕も稔のこと、好きだよ?」
これのどこが、嫌われるようなことなんだろう。
つい緊張が緩んで、緩んだ目元で稔を見ると、苦しそうに微笑んでゆっくり首を左右に振っていた。
「祐朔の好きは、友達としてだろ?俺のは、……恋愛対象として見てるって意味の好きだから」
まるでさっきの僕みたいに、稔も自嘲するように笑う。
その姿は、まるで自分の感情をとことん否定しているみたいで、僕まで苦しくなった。
だってすごく、本当にすごく嬉しかったから。
目の前が輝くほど、心が温かくなるほど。
稔の気持ちを受け取った僕は、幸せな気持ちになったのだから。
「そんな顔しないでよ。僕の人生で一番嬉しい言葉だよ。この意味、稔ならわかるでしょ?」
「……あぁ」
頷くのが遅くなるほど、歯を食いしばって上を向いて、必死に堪えていた涙は溢れ出していた。
「稔がはじめて、僕に愛をくれたんだよ」
稔が泣くから。
初めて見た稔の涙に、僕もつられて泣いてしまった。
「僕も稔が好きだよ。僕は、稔の恋人になれるかな」
僕には好きの違いがわからない。
これが、正真正銘親友としての好きなのか、稔と同じ意味の好きなのか。
判断ができないのなら、告白を受けることでお互い幸せになれることに希望を持っている。
「だめだよ。祐朔が好きな人は俺じゃないだろ」
僕の手を払うように、稔は涙ながらに笑った。
男性でも泣き笑いが美しいって通用するのかと、かけてくれた言葉に半分耳を傾けるのをやめてしまっていた。
「でも僕は、稔が好きだよ」
「それはわかってる。でもそれは、友情の好きであって、恋愛の好きじゃない」
僕の頭は、正直こんがらがっていた。
どう区別したら、そこが分かれていると実感できるのだろう。
「祐朔が好きなのは、立花さんだろ?」
僕の道しるべとなるように、稔はそんなことを口にした。
ありえない。そんなわけない。
頭の中で、それだけが飛び交っている。
「澪は友達だよ。それ以外の、なんでもない」
「でも、祐朔は立花さんの前では気が抜けたみたいによく笑う。何よりも必死になって、ちゃんと彼女を見てるだろ?」
「それは……。僕が澪に依存してるせいだよ。母親に愛されなかったから、仲良くなった女の子に見捨てられたくなくて。嫌われたくなくて。ただそれだけなんだよ」
澪に嫌われるのが怖い。
あの笑顔が見られなくなるのが嫌だ。
可愛い丸文字を見られなくなるのが嫌だ。
ただ、澪は涙脆いから。僕がその涙を拭いたいって思う。
辛い思いはこれ以上してほしくないし、せっかく戻った声をまた失うなんてことは絶対避けさせてあげたい。
たとえその方法が、僕が傷つく結果になっても構わない。
でもそれは、僕の依存心から来ているものばかりで、押し付けるのは違う。
恋でも愛でもないことは、誰から見ても一目瞭然だ。
「そんなの、依存とは言わないだろ。それが恋だよ。自分より相手を中心に考えてる。そうだろ?」
「えっ……?」
あの薄汚れた僕の澪への気持ちを話したら、稔は友達の顔に戻って軽く笑ったあと僕の背中を軽く押した。
「祐朔は立花さんに、誰よりも綺麗な気持ちで恋をしているんだよ」
稔が僕のことを一番に考えてくれている。
それに応えられないことを、いちばん僕に応えてほしかったであろう相手に教えられるなんて。
もらった愛を、温かさを、冷たい凶器で返すような真似をしてしまった。
でも気付いたからには、稔に伝えるべきことがある。
……ちゃんと、伝えなければならない。
それが誠心誠意告白してくれた相手へのせめてもの償いになるだろうから。
「……稔、ありがとう。あと……。ごめんなさい。僕は稔の気持には応えられない。だからこれからも、親友でいてほしい」
断る側も、一人の友達を失うかもしれない恐怖が背中合わせなのだと、今日初めて知った。
変に大きく動く心臓は、一人勝手に緊張感を高める材料になるほど。
「あぁ、もちろん。これからも祐朔が俺の一番の親友だよ。……こんな俺のこと、受け入れてくれてありがとう」
僕の肩にぽんと手を置き、「泣くな泣くな」とその手で肩をさすってくれる。
どっちが振られたのかもうわからないほど、稔に励ましてもらっていた。
「嬉しいよ。祐朔が前に進むと、俺も前を向けるから」
僕の涙が落ち着いて、最終下校時刻を知らせるチャイムが鳴った。
急いで教室を出ると、扉の前に一冊のノートが落ちていた。
水彩画のようなタッチで海が描かれた表紙のノートは、どこにも名前は書かれていなかった。
「誰の?」
「わかんない。でもこの感じ、見覚えがあるんだよね」
開いた一枚目の丸っこい字。
……もしかして澪のかな。
「じゃあ祐朔が返しなよ。立花さんに」
「……え?」
「嬉しそうに笑ってるから、そうだろ?」
エスパーかよ。
そう、笑いながら僕の背中をバシッと叩く稔に、いつものテンションなら言えただろう。
でも今は、言えなかった。
きっと稔は、帰ったら泣くんだろう。
僕が泣いてしまって、泣けなかったから。
普段あまり涙を見せない人だから。
「ありがとう」
僕が今稔に言えることは、これくらいしかなかった。



