・・・
僕の家には、優秀な兄がいる。
そしてどうやら、父も母も優秀な人が好きらしい。
そのせいで僕はずっと、家族の中では空気のような接し方をされていた。
「まぁ、祐希は優秀ね〜」
「すごいじゃないか。また百点か」
嬉しそうに兄の頭を撫でる両親を見て、僕もあんな風に褒めてもらえるんだと、小学一年生の僕は期待たっぷりで初めて受けたテストを見せた。
「みて!ぼくもテストかえってきたんだ!」
「あら、どれどれ?」
わくわくしていた。
温かい腕で、愛たっぷりの言葉で。
僕のことを包んでくれるのだとばかり思っていたのだから。
「____よくもこんな点数のテストを嬉しそうに渡せるわね」
はぁ……。という深いため息のあと、空気がピリつく声が耳に入ってきた。
縋るように父を見ても、僕を見る目は母と同じで。
「祐希を見習いなさい。こんな点数、今後取ってきたら許さないからな」
期待していたものとは正反対の言葉で、僕のことを突き飛ばす。
ビリビリと、目の前で僕のテストが破られていく。
八十点。くたっとこちらへ助けを求めるように反り返った解答用紙は、シュレッダーほどではないけど、それが何かわからなくなるくらいに細かく破られた。
まるでそんなテストなんて存在しなかったように、ゴミ箱へ捨てられた。
僕の目の前は真っ暗になった。
「そんなところに突っ立っていないで勉強しなさい」
僕をリビングから追い出すと、扉の向こうからは明るい声が飛んでくる。
「今日はご馳走にしましょうね。三人で美味しいものでも食べに行きましょう」
「いいじゃないか。祐希、何が食べたい?」
幼いながらに、僕は今見放されていると感じた瞬間だった。
ひらがなのテストで八十点しか取れなかった僕は、どれだけ勉強をしても一度も百点満点を取れないまま高校生まで進学した。
一度、また一度。
百点に届かない解答用紙を見せる度、僕を見る両親の目は、特に母親の目は。
ゴミを見るような瞳に変わっていた。
まるで人間ではないように僕を扱う。
それでも公立高校に進学させてくれたのは、きっと少しでも優秀な子を産んだのだと実感できる希望がほしいからだろう。
「祐希は、九十点台から落ちたことがないのよ?」
高校一年生の中間テストを見せたとき、母親は言った。
「まぁ、頑張りなさい」
父親は、目を泳がせてどっちつかづの言葉を僕に投げた。
兄の九十点台のテストを良いものと評価するのなら、小学生の頃から必死に勉強に時間を捧げた僕の九十点台のテストもそれなりに評価してくれたらいいのにと、心の中で訴えた。
でも気付いたんだ。
きっと、この人たちに何を言っても通じない。
僕は透明人間になった方が楽なんだ。
誰かに見つけてもらえたら。愛してもらえたら。
そんなことを考えて、期待して、またこうして落とされるのなら。
僕は空気になったほうがずっといい。
そう、ふと頭で思った瞬間があった。
この考えに至ったのは、勉強面だけじゃなかった。
僕の食事は、家族の残飯だった。
「勉強ができない子は、ちゃんとしたものを食べる必要なんてないのよ」
そう言われて、あのひらがなのテストが返却されて以来、僕は自室でご飯を食べることになった。
環境が変わってから初めての食事は、兄が食べきれなかった冷めたハンバーグだった。
小学生の頃は、兄が食べきれずに残した食事がメイン。
中学に上がると、鍋の底で焦げかかった野菜炒めや、炊飯器の中で少ない量で保温され続けたカピカピのお米。
高校に上がると、月初めに渡されたお金で外食を求められ、昼食は買うことがメインになった。
たまに持たせてくれる弁当には、薄っべらい卵焼きの切れ端や危ないトマトが入っていることが多くて、口にするのが怖くて食べずに捨てていた。
バイトは校則でNGで、この家庭環境を知られたくないから渋々小遣いを渡すという選択を取ったのだろう。
兄よりも明らかに高い小遣いに、初めて母親からの愛を感じ、嫌悪を感じた。
影を消し、存在を消して生きてきた僕は、勉強に奔走することで無意識に母親からの愛を求めていたのかもしれない。
いい点を取らなければ。
全ての教科で百点を取らないと。
僕はまた、母親に嫌われる。愛してもらえないまま大人になってしまう。
無意識のうちにそう考えてしまうから。
学ぶことは、頑張っても追いついてくれない結果は、僕に対して苦しみを与えるものだと紐づけられてしまったのだろう。
だから僕にとって、テストは息苦しいものなのだ。
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僕の家には、優秀な兄がいる。
そしてどうやら、父も母も優秀な人が好きらしい。
そのせいで僕はずっと、家族の中では空気のような接し方をされていた。
「まぁ、祐希は優秀ね〜」
「すごいじゃないか。また百点か」
嬉しそうに兄の頭を撫でる両親を見て、僕もあんな風に褒めてもらえるんだと、小学一年生の僕は期待たっぷりで初めて受けたテストを見せた。
「みて!ぼくもテストかえってきたんだ!」
「あら、どれどれ?」
わくわくしていた。
温かい腕で、愛たっぷりの言葉で。
僕のことを包んでくれるのだとばかり思っていたのだから。
「____よくもこんな点数のテストを嬉しそうに渡せるわね」
はぁ……。という深いため息のあと、空気がピリつく声が耳に入ってきた。
縋るように父を見ても、僕を見る目は母と同じで。
「祐希を見習いなさい。こんな点数、今後取ってきたら許さないからな」
期待していたものとは正反対の言葉で、僕のことを突き飛ばす。
ビリビリと、目の前で僕のテストが破られていく。
八十点。くたっとこちらへ助けを求めるように反り返った解答用紙は、シュレッダーほどではないけど、それが何かわからなくなるくらいに細かく破られた。
まるでそんなテストなんて存在しなかったように、ゴミ箱へ捨てられた。
僕の目の前は真っ暗になった。
「そんなところに突っ立っていないで勉強しなさい」
僕をリビングから追い出すと、扉の向こうからは明るい声が飛んでくる。
「今日はご馳走にしましょうね。三人で美味しいものでも食べに行きましょう」
「いいじゃないか。祐希、何が食べたい?」
幼いながらに、僕は今見放されていると感じた瞬間だった。
ひらがなのテストで八十点しか取れなかった僕は、どれだけ勉強をしても一度も百点満点を取れないまま高校生まで進学した。
一度、また一度。
百点に届かない解答用紙を見せる度、僕を見る両親の目は、特に母親の目は。
ゴミを見るような瞳に変わっていた。
まるで人間ではないように僕を扱う。
それでも公立高校に進学させてくれたのは、きっと少しでも優秀な子を産んだのだと実感できる希望がほしいからだろう。
「祐希は、九十点台から落ちたことがないのよ?」
高校一年生の中間テストを見せたとき、母親は言った。
「まぁ、頑張りなさい」
父親は、目を泳がせてどっちつかづの言葉を僕に投げた。
兄の九十点台のテストを良いものと評価するのなら、小学生の頃から必死に勉強に時間を捧げた僕の九十点台のテストもそれなりに評価してくれたらいいのにと、心の中で訴えた。
でも気付いたんだ。
きっと、この人たちに何を言っても通じない。
僕は透明人間になった方が楽なんだ。
誰かに見つけてもらえたら。愛してもらえたら。
そんなことを考えて、期待して、またこうして落とされるのなら。
僕は空気になったほうがずっといい。
そう、ふと頭で思った瞬間があった。
この考えに至ったのは、勉強面だけじゃなかった。
僕の食事は、家族の残飯だった。
「勉強ができない子は、ちゃんとしたものを食べる必要なんてないのよ」
そう言われて、あのひらがなのテストが返却されて以来、僕は自室でご飯を食べることになった。
環境が変わってから初めての食事は、兄が食べきれなかった冷めたハンバーグだった。
小学生の頃は、兄が食べきれずに残した食事がメイン。
中学に上がると、鍋の底で焦げかかった野菜炒めや、炊飯器の中で少ない量で保温され続けたカピカピのお米。
高校に上がると、月初めに渡されたお金で外食を求められ、昼食は買うことがメインになった。
たまに持たせてくれる弁当には、薄っべらい卵焼きの切れ端や危ないトマトが入っていることが多くて、口にするのが怖くて食べずに捨てていた。
バイトは校則でNGで、この家庭環境を知られたくないから渋々小遣いを渡すという選択を取ったのだろう。
兄よりも明らかに高い小遣いに、初めて母親からの愛を感じ、嫌悪を感じた。
影を消し、存在を消して生きてきた僕は、勉強に奔走することで無意識に母親からの愛を求めていたのかもしれない。
いい点を取らなければ。
全ての教科で百点を取らないと。
僕はまた、母親に嫌われる。愛してもらえないまま大人になってしまう。
無意識のうちにそう考えてしまうから。
学ぶことは、頑張っても追いついてくれない結果は、僕に対して苦しみを与えるものだと紐づけられてしまったのだろう。
だから僕にとって、テストは息苦しいものなのだ。
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