「おはよ」
「はよー。夏休みなのに学校とか、マジでダルいね」
言葉通りダルそうに靴を履き替えるのは、親友の笹倉稔。
昨年から同じクラスで、一年と約三ヶ月、ずっと一緒にいる唯一の友人だ。
黒髪のくせに太陽に透けるとうっすら茶色くて、表情豊かな彼は、そこそこ容姿が整っている。
「でも僕と違って稔は部活入ってるし、来るのは変わんなくない?」
「そーなんだよね。でも七月が終わるまで朝から晩まで学校は、もう夏休みとは言えないよ」
軽い愚痴をこぼしなから、下駄箱を抜け、人の波に乗る。
「____あ、僕ちょっと、図書室に用事あるんだった」
階段を上りかけて、ハッと思い出す。
図書委員に所属している僕は、二週間に一度の仕事があることを思い出したのだ。
「あぁ、今日委員の日か。じゃあ俺は先に教室行ってんね」
呑気に手を振って、階段を上っていく。
いいな。
でも、こっちは人が居なくて歩きやすいし。
人の波に消えていく稔を、羨ましさ半分、強がり半分で見送る。
一階の廊下を歩いて突き当たりを右に曲がった先にある図書室へ向かうと、そこには既に先客がいた。
窓際の椅子に座っている。
上履きの色は赤色で、一個下の一年生だとわかる。
それにしても、普段人の来ないこの場所で、生徒を見かけたのは初めてだ。
艶のある黒髪セミロング。そこから覗く白い耳。淡いピンクのワイヤレスイヤホンを耳にはめて、ただじーっと外を見ていた。
「すみません、遅くなって。貸し出しですか?」
声をかけるも、音楽に夢中で聞こえていないのか、反応がなかった。
まぁいいや。
あの人が声をかけてくる前に、急いでパソコンとコードスキャナーを立ち上げる。
授業が始まるまでの残り三十分間、ここにいないといけない。
別に、いつも通りだったらいいんだ。気にしない。
だって一人だし。
独り言を呟こうが、軽く居眠りをしようが、何をしていてもいいのだから。
でも今は違う。
人がいる。しかも、女の子だ。
あまり関わったことがないせいか、同じ空間にいるってだけでも緊張して、つい背筋がしゃんと伸びて固まってしまう。
このままだとダメだ。なにかしていないと、息が詰まる。
エアコンが効いている中でこんなことをするのはあまり良くないかもしれないけど、窓を開けてみた。
ムワッと、涼しい世界に入り込んできた熱気が肌を撫で、引っ込んだばかりの汗が吹き出してくるのがわかる。
諦めて窓を閉めて、やることもないからカウンターの中に戻る羽目になった。
あーあ。早く出ていってくれないだろうか。
窓の外を眺める女の子をじっと見つめる。
しばらくすると、やっとイヤホンを取って、机の上に置いてある閉じたままの本を持って立ち上がった。
僕はこちらを見る前に、さっと視線を逸らす。
ガタガタっと椅子の音がして、近づいてくる足音が静かな空間にやけに響く。
『これ、借ります』
話しかけずに去ってくれることを願ったのに、その子はスマホにそう、文字を打って見せてきた。
置かれた本と一緒に落ちてきたイヤホンからは、接続が切れていないのか、知らない音楽が流れているのが微かに聞こえる。
……え?どういうこと?
初対面の女の子の前で、僕の頭はバグった。
気付いていないのか、スマホのポケットから貸し出しカードを取り出して、本のバーコードと少しズラして置いてくれる。
「あ、これ、落としましたよ」
とりあえず、返すけど。
とりあえず、バーコードをスキャンするけど。
本当に理解できなかった。
ぺこりと会釈をした女の子を見送り、やっと長い息を吐いた。
一旦、やめよう。
理解できないことを考えるのは時間の無駄だ。
パソコンを閉じる前に、貸し出しと返却の履歴を見る。
"立花澪"
インパクトの強い女の子だった。
もう誰もいないこの場所で、早急にパソコンの電源を落とした僕は、あの子のことはあまり考えないことにした。
「はよー。夏休みなのに学校とか、マジでダルいね」
言葉通りダルそうに靴を履き替えるのは、親友の笹倉稔。
昨年から同じクラスで、一年と約三ヶ月、ずっと一緒にいる唯一の友人だ。
黒髪のくせに太陽に透けるとうっすら茶色くて、表情豊かな彼は、そこそこ容姿が整っている。
「でも僕と違って稔は部活入ってるし、来るのは変わんなくない?」
「そーなんだよね。でも七月が終わるまで朝から晩まで学校は、もう夏休みとは言えないよ」
軽い愚痴をこぼしなから、下駄箱を抜け、人の波に乗る。
「____あ、僕ちょっと、図書室に用事あるんだった」
階段を上りかけて、ハッと思い出す。
図書委員に所属している僕は、二週間に一度の仕事があることを思い出したのだ。
「あぁ、今日委員の日か。じゃあ俺は先に教室行ってんね」
呑気に手を振って、階段を上っていく。
いいな。
でも、こっちは人が居なくて歩きやすいし。
人の波に消えていく稔を、羨ましさ半分、強がり半分で見送る。
一階の廊下を歩いて突き当たりを右に曲がった先にある図書室へ向かうと、そこには既に先客がいた。
窓際の椅子に座っている。
上履きの色は赤色で、一個下の一年生だとわかる。
それにしても、普段人の来ないこの場所で、生徒を見かけたのは初めてだ。
艶のある黒髪セミロング。そこから覗く白い耳。淡いピンクのワイヤレスイヤホンを耳にはめて、ただじーっと外を見ていた。
「すみません、遅くなって。貸し出しですか?」
声をかけるも、音楽に夢中で聞こえていないのか、反応がなかった。
まぁいいや。
あの人が声をかけてくる前に、急いでパソコンとコードスキャナーを立ち上げる。
授業が始まるまでの残り三十分間、ここにいないといけない。
別に、いつも通りだったらいいんだ。気にしない。
だって一人だし。
独り言を呟こうが、軽く居眠りをしようが、何をしていてもいいのだから。
でも今は違う。
人がいる。しかも、女の子だ。
あまり関わったことがないせいか、同じ空間にいるってだけでも緊張して、つい背筋がしゃんと伸びて固まってしまう。
このままだとダメだ。なにかしていないと、息が詰まる。
エアコンが効いている中でこんなことをするのはあまり良くないかもしれないけど、窓を開けてみた。
ムワッと、涼しい世界に入り込んできた熱気が肌を撫で、引っ込んだばかりの汗が吹き出してくるのがわかる。
諦めて窓を閉めて、やることもないからカウンターの中に戻る羽目になった。
あーあ。早く出ていってくれないだろうか。
窓の外を眺める女の子をじっと見つめる。
しばらくすると、やっとイヤホンを取って、机の上に置いてある閉じたままの本を持って立ち上がった。
僕はこちらを見る前に、さっと視線を逸らす。
ガタガタっと椅子の音がして、近づいてくる足音が静かな空間にやけに響く。
『これ、借ります』
話しかけずに去ってくれることを願ったのに、その子はスマホにそう、文字を打って見せてきた。
置かれた本と一緒に落ちてきたイヤホンからは、接続が切れていないのか、知らない音楽が流れているのが微かに聞こえる。
……え?どういうこと?
初対面の女の子の前で、僕の頭はバグった。
気付いていないのか、スマホのポケットから貸し出しカードを取り出して、本のバーコードと少しズラして置いてくれる。
「あ、これ、落としましたよ」
とりあえず、返すけど。
とりあえず、バーコードをスキャンするけど。
本当に理解できなかった。
ぺこりと会釈をした女の子を見送り、やっと長い息を吐いた。
一旦、やめよう。
理解できないことを考えるのは時間の無駄だ。
パソコンを閉じる前に、貸し出しと返却の履歴を見る。
"立花澪"
インパクトの強い女の子だった。
もう誰もいないこの場所で、早急にパソコンの電源を落とした僕は、あの子のことはあまり考えないことにした。



