あれよあれよと時間は進む。
着替えが終わったかと思ったら、立ち止まって深呼吸をする暇もなくマイクを手渡され、入場順並ばされたかと思ったらもう、屋外ステージの椅子に座っていた。
「今年のカップルコンテスト出場者の皆様です!」
楽しそうな司会者の声が響く。
周りの人の衣装も、澪と同じように半袖だったりして、見ていて少し背筋がゾクゾクっとするような人が多い。
「まずは事前に集めたお互いから見た性格の発表と共にメンバー紹介をしていきましょう!」
そんな威勢のいい司会者の他己紹介がマイク越しに学校中に響く。
澪は僕のこと、なんて書いてくれたんだろう。
わくわくする気持ちを抑えようと思いつつ、手もとがそわそわと動いてしまう。
「続いて朝霧祐朔・立花澪カップル。朝霧くんから見た立花さんの性格は……」
ペラっと持っている資料をめくり、読み始める。
____僕から見た澪は、まず、優しい。
桜のような笑顔が眩しい。
人を想う心が暖かくて、僕の人間関係にも親身になってくれる。
強がっていて、でも弱いところをつつくと涙脆い。
たまに出る大胆な行動は、壁を感じさせなくて僕を笑顔にしてくれる。
僕にとって、足りない何かを補ってくれるような、そんな存在だ。
……なんて。我ながら、すごく恥ずかしいを書いていた。
これでよかったのか、自問自答してもあまりいい答えにたどり着けないけど、ステージの下の観客の人達が誰も引いていないようでほっとする。
僕の中の依存心が、そのまま文章になって表されているような感じだから、もうちょっと控えめに書くべきだったかもと不安だった。
「素敵な他己紹介ですね。続いて、立花さんから見た朝霧くん。
祐朔先輩は、気遣いのできるあたたかい人です。いつも私のことをまっすぐ見てくれていて、ときには私の盾に、ときには道しるべになってくれる人です。
ふとした瞬間に不安そうな顔をするけど、それは心を許してくれているってことだろうから嬉しくて、愛おしいです。
一緒にいると楽しくて、嫌なことがあってもそんなことなかったように忘れさせてくれる。
祐朔先輩は魔法使いみたいな人です」
驚いた。次々に僕の耳に、澪から見た僕が入ってくる。
そんな風に受け取ってくれていたんだとか、そんな風に思ってくれていたんだとか。
例えそれが、この場を乗りきるためのお世辞だとしても、照れずにはいられない。
「二人とも真っ赤ですね。どれくらいお互いを思っているのか、聞かなくてもわかるほどです。さて、次は……」
司会者の気遣いなのか、僕らには質問タイムがなかった。
きっと実行委員で主に関わっていた人は澪の声のことを多少は把握しているだろうから。
それでも否応なく巡ってきた質疑応答には僕が率先して答えて、ついにこのステージの最終にしてメインイベントになった。
ステージ前方中央で、告白の再現をする。
再現を始める前に、この衣装を選んだ理由を聞かれていた。
どうやらトップバッターのカップルは、去年の出し物だったクラス劇で、主演のロミオとジュリエットを務めたらしい。
衣装はどこかへしまわれたまま居場所がわからないから新調したらしいけど、練習などで一緒にいる時間がお互いを無意識に意識していたとのこと。
なんだかどこかの芸能人みたいなことを言っているなと思いながら、どこか自分に重なるような、そんなことないような。
不思議な気持ちに包まれていた。
「ジュリエット、あなたとこの先の未来を描いていきたいです」
「私もあなたと二人で、ずっと宝物にできるような未来を歩んでいきたいです」
そんな、なんだか一癖ある告白を披露して、会場は拍手に包まれていた。
幼なじみだというカップルはお互い恋を自覚した幼稚園児の格好を、親が警察官同士というカップルは二人でポリスのコスプレをしていた。
小学五年生の頃から付き合い始めて、交際八年目というまるで熟年夫婦のようなカップルは、このまま結婚したいという願望からウェディング風のドレスとタキシードに身を包んでいた。
こういう人たちを見ると、僕たちも同じような路線を走っていたことに対する安心感がある。
いざ届いた衣装を着用して、ちょっと本気すぎるかと心配していたけど、これくらいがちょうど良かったみたいだ。
「お二人のテーマは人魚姫とのことですが、どうしてそれを選んだんですか?」
「僕たちの出会いは図書室で、澪が借りていた人魚姫の絵本が僕たちを繋いでくれたからです」
人魚姫症候群だとか、人魚姫と呼ばれて苦しめられていた過去だとか、そういうのも含めてこの友達以上恋人未満のような期間限定の関係にたどり着いたから、というのも澪のなかにあるんだろう。
でも僕の中で、これが一番人魚姫という衣装に納得した理由だった。
「おぉー!」
いちいち大袈裟な反応をされるから、終盤に近づくにつれて疲れてくる。
やっぱり自分に合わないことをするのは、得るものはあるけど疲れるほうが大きい。
ひとしきり話が終わって、ステージの前方には僕と澪だけが取り残される。
カチンと、どこから仕入れてきたのかわからないカチンコを鳴らされて、周りの視線がぐわっと僕たちに集中するのがわかる。
大丈夫。試行錯誤して、しっかり脳内練習をしてきたんだから。
"あの日、一目見たときからずっと。心の底から好きなんです"
ド定番過ぎず、まっすぐ。それを意識して考えた、初めての告白の言葉。
ただのセリフの一つに過ぎないとはいえ、公開告白というものはこんなにも緊張するものなのか。
ドクドクと逸る心臓を、バレないように必死に呼吸をして抑えようと試みるもあまり上手くいかない。
時間が流れれば流れるほど、待たされている人たちの注目度は上がっていく。
「____好き」
僕が覚悟を決めて歯と歯の間から酸素を取り入れたとき、静かな空間にその二文字が響く。
「えっ?」
会場がザワつく。
戸惑う僕は、澪より先に周りを確認してしまった。
直前で付けられた使い回しのイヤホンマイクを付けている人は、当たり前だけどステージ上を見ても、近くにいる見える範囲の観客を見てもいなかった。
「あ、う……」
ばはばはと、確実に向かいにいる澪から響く声色と息の音が耳に届いていた。
茹でダコのように真っ赤になった澪は、慌ててマイクを取り外してステージから降りて走り出してしまった。
「澪、待って!」
裾の長いドレスでよくそんなに走れるなと内心感心しつつ、僕もマイクを置いて澪の後を追う。
ピシッとした格好は、どうしても走りづらい。
格好が格好だからか、走る僕たちを来場客が目で追っている。
「澪、待ってって!」
逃げ切ったと思ったのか、立ち止まって後ろを振り向いた澪をラストスパートで追いかける。
僕の姿を確認した澪は焦った顔つきを見せて、また走り出した。
でもすぐに、ドレスの裾を踏んでしまったのか、グラッと倒れかかってしまう。
思わず腕を伸ばし、ギリギリで澪を捕まえた。
「危な……」
走っていたせいか、心拍数はいつも以上に上昇して少し息苦しい。
澪ももう諦めたのか、二人して体育館の壁を背もたれにして地面に腰掛ける。
「ねぇ、いつから声出るようになったの?言ってよ」
呼吸が落ち着いて目が合ったとき、つい言い詰めるように聞いてしまう。
驚かせてしまったのか、澪は僕からわかりやすく目を逸らし、ぼそっと呟いた。
「……です」
「ん?」
『さっき、私もびっくりしたんです』
せっかく声が出たっていうのに、これまでと同じように目も合わせずにスマホを突きつけられる。
「そうなの?」
「……はい。気付いたら、その、……先輩が驚いていて……」
それで声が出たことに気づいたんだ。
「よかった。声が出るってことは、治ったんだね。人魚姫症候群」
……そうだ。
声が出たことを聞くよりも、何よりも。
まずは言うことがあるじゃないか。
「おめでとう。僕も嬉しいよ」
笑顔で話す僕の祝いの言葉を聞く澪は、なぜかあまり嬉しそうじゃなかった。
「……今日は、早退して病院に行ってきます」
「うん、わかった」
病院に行くと言われたらさすがに引き止められなくて、声を取り戻した人魚姫の後ろ姿を見えなくなるまで目で追いかけた。
着替えが終わったかと思ったら、立ち止まって深呼吸をする暇もなくマイクを手渡され、入場順並ばされたかと思ったらもう、屋外ステージの椅子に座っていた。
「今年のカップルコンテスト出場者の皆様です!」
楽しそうな司会者の声が響く。
周りの人の衣装も、澪と同じように半袖だったりして、見ていて少し背筋がゾクゾクっとするような人が多い。
「まずは事前に集めたお互いから見た性格の発表と共にメンバー紹介をしていきましょう!」
そんな威勢のいい司会者の他己紹介がマイク越しに学校中に響く。
澪は僕のこと、なんて書いてくれたんだろう。
わくわくする気持ちを抑えようと思いつつ、手もとがそわそわと動いてしまう。
「続いて朝霧祐朔・立花澪カップル。朝霧くんから見た立花さんの性格は……」
ペラっと持っている資料をめくり、読み始める。
____僕から見た澪は、まず、優しい。
桜のような笑顔が眩しい。
人を想う心が暖かくて、僕の人間関係にも親身になってくれる。
強がっていて、でも弱いところをつつくと涙脆い。
たまに出る大胆な行動は、壁を感じさせなくて僕を笑顔にしてくれる。
僕にとって、足りない何かを補ってくれるような、そんな存在だ。
……なんて。我ながら、すごく恥ずかしいを書いていた。
これでよかったのか、自問自答してもあまりいい答えにたどり着けないけど、ステージの下の観客の人達が誰も引いていないようでほっとする。
僕の中の依存心が、そのまま文章になって表されているような感じだから、もうちょっと控えめに書くべきだったかもと不安だった。
「素敵な他己紹介ですね。続いて、立花さんから見た朝霧くん。
祐朔先輩は、気遣いのできるあたたかい人です。いつも私のことをまっすぐ見てくれていて、ときには私の盾に、ときには道しるべになってくれる人です。
ふとした瞬間に不安そうな顔をするけど、それは心を許してくれているってことだろうから嬉しくて、愛おしいです。
一緒にいると楽しくて、嫌なことがあってもそんなことなかったように忘れさせてくれる。
祐朔先輩は魔法使いみたいな人です」
驚いた。次々に僕の耳に、澪から見た僕が入ってくる。
そんな風に受け取ってくれていたんだとか、そんな風に思ってくれていたんだとか。
例えそれが、この場を乗りきるためのお世辞だとしても、照れずにはいられない。
「二人とも真っ赤ですね。どれくらいお互いを思っているのか、聞かなくてもわかるほどです。さて、次は……」
司会者の気遣いなのか、僕らには質問タイムがなかった。
きっと実行委員で主に関わっていた人は澪の声のことを多少は把握しているだろうから。
それでも否応なく巡ってきた質疑応答には僕が率先して答えて、ついにこのステージの最終にしてメインイベントになった。
ステージ前方中央で、告白の再現をする。
再現を始める前に、この衣装を選んだ理由を聞かれていた。
どうやらトップバッターのカップルは、去年の出し物だったクラス劇で、主演のロミオとジュリエットを務めたらしい。
衣装はどこかへしまわれたまま居場所がわからないから新調したらしいけど、練習などで一緒にいる時間がお互いを無意識に意識していたとのこと。
なんだかどこかの芸能人みたいなことを言っているなと思いながら、どこか自分に重なるような、そんなことないような。
不思議な気持ちに包まれていた。
「ジュリエット、あなたとこの先の未来を描いていきたいです」
「私もあなたと二人で、ずっと宝物にできるような未来を歩んでいきたいです」
そんな、なんだか一癖ある告白を披露して、会場は拍手に包まれていた。
幼なじみだというカップルはお互い恋を自覚した幼稚園児の格好を、親が警察官同士というカップルは二人でポリスのコスプレをしていた。
小学五年生の頃から付き合い始めて、交際八年目というまるで熟年夫婦のようなカップルは、このまま結婚したいという願望からウェディング風のドレスとタキシードに身を包んでいた。
こういう人たちを見ると、僕たちも同じような路線を走っていたことに対する安心感がある。
いざ届いた衣装を着用して、ちょっと本気すぎるかと心配していたけど、これくらいがちょうど良かったみたいだ。
「お二人のテーマは人魚姫とのことですが、どうしてそれを選んだんですか?」
「僕たちの出会いは図書室で、澪が借りていた人魚姫の絵本が僕たちを繋いでくれたからです」
人魚姫症候群だとか、人魚姫と呼ばれて苦しめられていた過去だとか、そういうのも含めてこの友達以上恋人未満のような期間限定の関係にたどり着いたから、というのも澪のなかにあるんだろう。
でも僕の中で、これが一番人魚姫という衣装に納得した理由だった。
「おぉー!」
いちいち大袈裟な反応をされるから、終盤に近づくにつれて疲れてくる。
やっぱり自分に合わないことをするのは、得るものはあるけど疲れるほうが大きい。
ひとしきり話が終わって、ステージの前方には僕と澪だけが取り残される。
カチンと、どこから仕入れてきたのかわからないカチンコを鳴らされて、周りの視線がぐわっと僕たちに集中するのがわかる。
大丈夫。試行錯誤して、しっかり脳内練習をしてきたんだから。
"あの日、一目見たときからずっと。心の底から好きなんです"
ド定番過ぎず、まっすぐ。それを意識して考えた、初めての告白の言葉。
ただのセリフの一つに過ぎないとはいえ、公開告白というものはこんなにも緊張するものなのか。
ドクドクと逸る心臓を、バレないように必死に呼吸をして抑えようと試みるもあまり上手くいかない。
時間が流れれば流れるほど、待たされている人たちの注目度は上がっていく。
「____好き」
僕が覚悟を決めて歯と歯の間から酸素を取り入れたとき、静かな空間にその二文字が響く。
「えっ?」
会場がザワつく。
戸惑う僕は、澪より先に周りを確認してしまった。
直前で付けられた使い回しのイヤホンマイクを付けている人は、当たり前だけどステージ上を見ても、近くにいる見える範囲の観客を見てもいなかった。
「あ、う……」
ばはばはと、確実に向かいにいる澪から響く声色と息の音が耳に届いていた。
茹でダコのように真っ赤になった澪は、慌ててマイクを取り外してステージから降りて走り出してしまった。
「澪、待って!」
裾の長いドレスでよくそんなに走れるなと内心感心しつつ、僕もマイクを置いて澪の後を追う。
ピシッとした格好は、どうしても走りづらい。
格好が格好だからか、走る僕たちを来場客が目で追っている。
「澪、待ってって!」
逃げ切ったと思ったのか、立ち止まって後ろを振り向いた澪をラストスパートで追いかける。
僕の姿を確認した澪は焦った顔つきを見せて、また走り出した。
でもすぐに、ドレスの裾を踏んでしまったのか、グラッと倒れかかってしまう。
思わず腕を伸ばし、ギリギリで澪を捕まえた。
「危な……」
走っていたせいか、心拍数はいつも以上に上昇して少し息苦しい。
澪ももう諦めたのか、二人して体育館の壁を背もたれにして地面に腰掛ける。
「ねぇ、いつから声出るようになったの?言ってよ」
呼吸が落ち着いて目が合ったとき、つい言い詰めるように聞いてしまう。
驚かせてしまったのか、澪は僕からわかりやすく目を逸らし、ぼそっと呟いた。
「……です」
「ん?」
『さっき、私もびっくりしたんです』
せっかく声が出たっていうのに、これまでと同じように目も合わせずにスマホを突きつけられる。
「そうなの?」
「……はい。気付いたら、その、……先輩が驚いていて……」
それで声が出たことに気づいたんだ。
「よかった。声が出るってことは、治ったんだね。人魚姫症候群」
……そうだ。
声が出たことを聞くよりも、何よりも。
まずは言うことがあるじゃないか。
「おめでとう。僕も嬉しいよ」
笑顔で話す僕の祝いの言葉を聞く澪は、なぜかあまり嬉しそうじゃなかった。
「……今日は、早退して病院に行ってきます」
「うん、わかった」
病院に行くと言われたらさすがに引き止められなくて、声を取り戻した人魚姫の後ろ姿を見えなくなるまで目で追いかけた。



