「何歌う?最初はやっぱ、テンション上がるのがいいよな」
慣れた手つきでタッチパネルを操作しながら、ノリノリでマイクを握る。
「待ってよ。先に話だけさせて」
「……わかったよ」
重いマイクが、鈍い音を立てながら机の上に置かれる。
この話はそこまで緊張するものじゃない。
耳に入れておいてほしい、というレベルなだけだから、そんなに身構えなくてもいいのに。
「僕さ、カップルコンテストに出ることになって」
「うん。知ってる。クラスの奴らもそれでたまに盛りあがってるからな」
「……え、そうなの?」
やっぱりクラス内にいわゆるリア充がいるというのは、話のタネにもってこいなのか。
不本意にも目立ってしまっていることが澪にとって吉と出ているのなら、それは効果絶大ということだろう。
「今のところ、年下のギャル系がみんなの予想らしい」
「なんで?」
「人に興味無さそうなのに恋人がいるってことは、グイグイ来られて断れなかったんじゃないかって結論になったらしい」
どちらかと言うと澪は清楚系で、ギャルとは程遠い。
強そうに見えて弱い。でも、弱そうに見えて強い子だ。
「なんか僕の印象って、わかってたけど根暗だよね」
「俺は真面目で優しい、いいやつだって知ってるけどさ。知らない人からしたらちょっと陰キャっぽく見えるのかもな」
まあ、そうだよね。
澪と並ぶに相応しいとは到底思えない。
あの子はまさに高嶺の花なのだ。
はじめて会ったときから、今に至るまで。
ふっと笑える意外な部分はあるけど、元からある可愛らしい美人さんという柱は変わらない。
だからこそ、僕は澪に相応しくならなければいけないのに。
その努力の仕方がいまいちよくわからなくて、自分の見た目や振る舞いは見て見ぬふりをしていた。
「それで?」
「え?」
「カップルコンテストに出ることになった話は?」
そうだった。
稔と話していると、つい話が脱線してしまう。
それだけ盛り上がれる仲だということでもあるのだけど。
「そう。立花澪さんって子と出るんだけど、大声で言えない事情があって」
「事情?」
「うん。澪、夏休み前に友達に嫌がらせでカップルコンテストに出場させられることになって。友達の僕が、彼氏の役をすることになったんだ」
また脱線する前にと、一息で話し切った。
ざっくり話したにしては、いい感じにまとまっていると思う。
澪の事情も、最小限の情報で収められた。
「じゃあ、実際付き合ってるわけじゃないってこと?」
探りを入れるように、成り下がって聞いてくる。
身体も小さく屈むような体勢で、見上げるように僕を見た。
「うん。それに、僕は恋愛なんて向いてないって、前も言ったでしょ?」
一瞬嬉しそうにしたかと思えば、今度は複雑そうに顔を若干歪める。
「そうだった」
「手始めに紹介とか、しといたほうがいい?」
「いや、前正門のとこで隣にいたあの可愛い子だろ?顔見たから、そういうのはいいわ」
手をヒラっと振って、机に置いたマイクを持ち直した。
「まぁ、そういう事情なら、俺はお前らに票入れようかな」
「いやいや、いいよ。むしろ入れないほうに傾いてくれるかと思ったんだけど」
今度は僕が、顔の前で何度も手を振る。
手首から先が飛んでいくんじゃないかと思うほど。
「はたから見たら、ちゃんとお似合いに見えるんじゃないの?まぁ、そういうの抜きにしてただの観客として観に行くよ」
タッチパネルをいじりながら、ありえないことを口にする。
周りから見て、僕と澪がお似合いなわけがない。
そんなことありえない。
「正気?僕、澪は高嶺の花レベルだと思ってるからね」
きっと、病気じゃなかったら。
明るくて優しい澪とは声を交わさずに話している今でも会話が楽しくて、一緒にいて居心地がいいのだから、澪の周りには男女問わず人が集まってくるに違いない。
そんな想像は、割と正解に近いように感じる。
「自分じゃ気付いてないかもしれないけど、祐朔は結構いい男だよ」
テレビの画面が変わり、稔が立ち上がった。
見たことのないタイトルが表示されたかと思うと、知らない歌詞が並び始める。
「僕は、下の下を生きてるような、それが似合うような人間だと思うけどな」
聞いているのか、聞いていないのか。
愛だの、愛おしいだの、愛してるだの。
聴いていて恥ずかしくなりそうなほどの愛が出てくるラブソングを歌いきった稔は、スッキリした顔をしていた。
「盛り上がる曲にするんじゃなかったの?」
「話の内容的に、これがテンション上がるかなって」
しれっとした顔で、僕にマイクを手渡す。
「あと、一番上とは行かなくても、中の上よりも上だと思うよ」
「それ、ちゃんと聞いてたんだ」
今度は僕がタッチパネルを操作する。
最近の曲はあまり知らなくて、とりあえず履歴をスクロールして聞いたことのある曲名を探した。
「俺は、祐朔のことちゃんと見てるからな」
「はぁ?」
照れ隠しで笑うと、稔も照れたように顔を背けていた。
「なんで稔も赤くなるんだよ」
「……意外と恥ずかしかったんだよ」
はぁー、と顔を手で仰ぎながら、ちょっと貸してとまだ曲を選んでいる僕からマイクを奪い取る。
「ちょっと歌うわ」
手早く曲を選んだかと思えば、いきなり立ち上がった。
「この曲を、祐朔様に捧げます」
ご丁寧に、胸に手を当ててお辞儀をされる。
さっきの言葉よりも今の方が、何倍も恥ずかしいと思うのだけど、僕だけ?
「あ、どうも」
僕の返事を聞くと、執事風の発言に照れる様子もなく、思い切り息を吸って僕の知らないバラードを歌い始める。
そのあともふざけながら何曲か歌っていたら、フロントから連絡が来て、終わる時間になってしまった。
「話、カラオケじゃなくても良かったよな」
八割ほど稔が歌っていて、僕は横に揺れたり、手拍子をしたり。
普通に楽しかったけど、親友と来るとしてもカラオケは不向きだとよくわかった。
僕は知らない曲が多すぎる。
歌を聴く習慣がないと、こうも大変なのかと過去の自分に嫌味を吐く。
「たしかに。でもよかったよ。祐朔の童謡メドレー」
そう。僕が行き着いた先は子ども向け番組でよく耳にする、懐かしさを感じる歌だった。
「次までには、ちゃんと歌える曲見つけとくから」
「それは楽しみだな」
期待していないな、これは。
はは、と笑ってどこか遠くを見つめて、涼しい風を感じながら歩くのを見ると、この場のノリであることはなんとなくわかる。
「大事な話、聞かせてくれてありがとう」
駅前で立ち止まる。
先に口を開いたのは、稔だった。
「こちらこそ。もうひとつの方は、文化祭が終わったら話すから」
「え、まだあんの?」
目を丸くして亀のように首が前に出てくる。
どうやら稔は、これで僕の話は終わりだと思い込んでいたらしい。
「うん。聞いてほしい話があるんだ。ちゃんと、話せるように整理しておくから」
「俺も、ちゃんと話せるようにしておくよ」
何気に初めて稔と指切りをして、僕は改札を通った。
ピピッと鳴るICカードをかざしたときの音がいつもより清々しい。
心がすっきりして、吸う息すべてが美味しく感じる。
僕は意外と、そういう面では単純な人間らしい。
ホームに止まる電車に乗りこみ、どうしたら僕の家のことをきちんと話せるか考えた。
きっと稔も澪も優しいから、僕の話に顔を歪ませながらも聞いてくれる。
その気持ちに僕まで巻き込まれてしまったら、それこそまた話が前後したり後回しになってしまうから。
相手がどんな顔をしていようと、自分の気持ちを話し切ることが何よりも頑張るべきところだ。
もう僕らは高校生で、それなりに大人で。
あの頃みたいに期待をするのをやめたとて、物分りのいいふりをしてその行き場のない気持ちを頭の片隅に置いていたとしても、やはり恐れるものは変わらないのだから。
この際、本気でぶつかってみようじゃないか。
木端微塵になっても構わない。
こんな覚悟、滅多に決められないのだから。