キリヤ公国英雄戦記物語

マギアンティア世界統一暦・1555年・12月20日・午前11時04分頃・マギアンティア世界・中央世界第一文明圏・ユーラシアン大陸東側・アマテラス列島地方・第三連合地方・キリヤ公国連合国加盟国・アマテラス織田自治神皇国・キリヤ公国本国・織田家ら二家二重従属臣従国家・宗・対馬・壱岐支藩王国・対馬州国・対馬諸島地域・対馬諸島南部地域・主要都市所在島・海栗島・主都・対馬市 居城・対馬館城にて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 それから4日後の事である。

 夏休み旅行中の宗・義美・義智から、故郷であるで宗・対馬・壱岐支藩王国・対馬州国・海栗島・主都・対馬市 居城・対馬館城に、少し早めのお土産が送られて来て居た。


 ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!

「ご隠居さ~まっ!!大殿さま~っ!!義智さまから大量のお土産が~っ!!」と先触れを担当して居る下級武士が対馬港から対馬館城へと駆け込んでやって来て居た。


 ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!

「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ・・・・んはっ!!おおっ!!此処に居らましたかっ!!義智からのお土産とお手紙。それに旅先でのお写真にござりまするっ!!」と慌てて居たのか、館内を隈なく探して、離れに居たのを見つけた近習さんは、先触れ武士から受け取ったお土産を一足早く、持って来られる量を見せようと運び込まれたフルーツセットと宗・義美からの手紙や写真が手渡された。


「ほっほっほっほっ、義美からの土産とな?どれどれ・・・・・・」

「おおっ!!これは近頃流行りの果物では無いか?」

「父上、我が国にへと新トウキョウからの輸入物にも高値で取り引きされて居る果物がこんなにもっ!!」

「勇治さまからの贈り物だそうだっ!!」

「それは重畳至極なりっ!!義実は知己と見聞を広げ、知人友人を得たようじゃっ!!」

「旅に出かけさせたのは正解だったようですな?」

「最初は遠慮して渋って居ったが、本国政府や連合加盟諸国の要人らと繋がりを持てる絶好の機会じゃ、高額な旅費を無料(タダ)で払って貰える事を遠慮するよりも、これを何かの役に立てる事こそ、恩返しに成ると言うもの。」


「然り、我らはアマテラス神皇国地方の隅っこの島国。新トウキョウが転移して来たとは言え、今までは中間貿易での収益と自給自足の暮らしが殆んどでしたからな。」

「然様、他国との交流なんぞ微々たる日々であったが、この先はそうも行って居られんっ!!」

「それに見よっ!!この手紙には果物を含めた苗木や作物などの種子に加えて、酒造技術力の伝授も供与される事に成ったと書かれて居るのじゃぞっ!!」

「義美の奴めは、我らが小さき島国にっ!!産業技術と新たな農産物を齎してくれおったっ!!」

 この時の宗家は、代々アマテラス神皇国他方を経由して来るゲルニアン帝国・竜珠王国・大華天帝国・クーロン・ガリアナ王国と言った国々との中継貿易を行って栄えて来たが、キリヤ公国連合国の台頭により、その存在価値が失われ掛けて居たのである。

 それが義美がひょんなことから勇治とのやり取りで得たお土産が、このアマテラス神皇国地方の小さき果ての島国に新たな産業を齎したのであった。


 宗・対馬・壱岐支藩王国の初代支藩王・宗・義美・義智は、対馬国州の近代化を齎した偉大な藩祖王として名を遺すの事に成ったと言う。



マギアンティア世界統一暦・1555年・12月20日・午後13時04分頃・マギアンティア世界・中央世界第一文明圏・ユーラシアン大陸東側・アマテラス列島地方・第三連合地方・キリヤ公国連合国加盟国・奥州独立自治王国・北アマテラス北方三方列島地方内・北海島国州・海中央地方・シャッコロ平原・北海島国州・州都・シャッコロ市・東部地区・シャッコロ集落地区・旧アイヌル民族集落・シャッコロ集落村・シャッコロ集落村町・シャッコロ族酋長館にて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


それから4日後の事である。

  
 アイヌル民族解放血盟団による反乱内戦勃発が終わってから凡そ2ヶ月が経った奥州独立自治王国・北アマテラス北方三方列島地方内・北海島国州の中央地域である海中央地方にあるアイヌル民族集落・シャッコロ集落村は、今ではアイヌル民族の伝統的な地域を保存した地区を除き、アマテラスとアイヌルの伝統的な建物がミックスしたような街並みが広がる地方都市であり、州都と成って居た。

 それでもシャッコロ集落村の在る村落地域昔のままの風景を残しつつ、田畑と狩猟が出来るだけの環境保全が為されて居る村落として残されて居た。

 まぁ、都会に成ったら成ったで、染まるのが早いのが人情と言うもので、アイヌル民族の人々らは、今ではすっかり文明社会に馴染んでしまって居た。


 そんなシャッコロ市・東部地区・シャッコロ集落地区・旧アイヌル民族集落・シャッコロ集落村・シャッコロ集落村町・シャッコロ族酋長館に、この地を故郷として居るトゥクルをリーダーとする第二侍女隊120名の名義で、勇治からのお土産として、マルク・セイーユ農園で獲れた果物の他にも苗木や種芋に、農産物の種が送られ、オマケ各種のお酒が送られ来たのである。

 ブロロロロロロッ!!キキイイイィィィィィーーーーッ!!バタンッ!!


 ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!

ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!ドタバタッ!!


「酋長さまあああああぁぁぁぁーーーーっ!!トゥクルたちから、郵便物が届きましたぞおおおおおぉぉぉぉぉぉーーーーーーーっ!!」と、宛名がシャッコロ集落村・酋長と各族長一家へと明記されて居た事から、シャッコロ集落地区郵便局で働いて居た出身部族の青年は、軽トラで駆けつけて来たのであった。


「これこれ、そう騒ぐでないわっ!!」

「あっ!?サインをお願いします。」

「ふむふむ・・・・・ほほう、トゥクルたちから残暑見舞いの贈り物とな?」

「夏の贈り物のことをお中元と言うらしいです。勇治さまの故郷の習慣らしいですな。」


 お中元は、中元(ちゅうげん)は、道教に由来する年中行事で三元の1つ。仏教では盂蘭盆節(うらぼんせつ)と呼ぶ。

 もともと旧暦の7月15日に行われていたが、現代の日本では新暦の7月15日または8月15日に行われる。この時期に、世話になった人々に贈り物をする習慣を特に「お中元」とも呼ぶ。


 中国では、旧暦7月15日を鬼節と呼び、旧暦7月を鬼月として、祖先の霊が下界に出てくると考えいる。 清明節(春)や重陽節(秋)のように、現世の子孫が亡くなった祖先に敬意を表するのとは異なり、亡くなった祖先が生きている人に会いに来るとされる。

 その15日目には、天界・地獄・現世の世界がつながり、道教および仏教においては、故人の苦しみを浄化するための儀式を行う。
 鬼月の本質は死者への崇拝であり、伝統的に子孫の親孝行は死後も祖先に及ぶとされて居る。

 清明節と鬼節の違いは、清明節では同世代と若い世代を含めたすべての故人に敬意を払うのに対し、鬼節では古い世代にしか敬意を払わない点である。
 中元においては、紙製の船や灯篭を川に流すことがあるが、これは祖先の失われた霊に道しるべを与えるという意味があるが、今ではその意味を理解している日本人が殆んど居ないと思われる。


「意味は如何であれ、世話になった人々に贈り物をする習慣か?」

「しかしながら、この量は・・・・・」

「後からかなりの贈り物が届くとあるのう。」と呟く酋長は、軽トラいっぱいに詰め込まれた果物の段ボール箱を見上げて居た。

「他の集落にも軽トラが向かって居る所です。わたしは此処の出身なので駆けつけて参りましたっ!!」

「先ずは各集落のものたちを集め、ご先祖と神々の感謝を行い神事を執り行い、公平に分配するとしよう。」

「すまぬが、手配わ頼む。」

「承知いたしました。」と言った酋長の補佐人は、早速各集落のものたちへの電話連絡に取り掛かる。

 後に特別な感謝祭が執り行われ、トゥクルたちが中央政府で無事に過ごし、キリヤ公国と連合加盟諸国とアイヌル民族への貢献と友好が確固たるものに成って居る事を報告。

 序でに貧しい暮らしをして居る自分達への仕送りが作物の苗木や種がやって来た事で、これで暮らし向きが楽に成ると感激する事に成ったのであった。