「おはよ」


 自習室のドアを押し開けて、ひと足早く着いていた彼の背中に笑いかける。

 一番前の、一番端っこの席。
 学ランを背中にかけ、机にぐったりと突っ伏して肩を上下させている。前髪の間から覗く目は伏せられているのに、どこか強気な印象を受けた。その姿から目を離せなくて、ドアも閉めずに見入ってしまう。

 窓からこぼれるお昼過ぎのあたたかい日差しが、彼の髪をきらきらと明るい金茶色に染め上げる。
 まるで、彼のまわりに光の水たまりが落ちているように。


「……入らねえの?」
「え」


 むくりと体を起こして、彼は目を軽くこすりながらこちらを振り返った。未だ自習室の前で立ち止まるわたしに、怪訝そうに視線を向けながら。

 起きてたの? え、ずっと?
 というか、こっちを、みている。


「あ、うん、うん。はいるはいる」


 かあぁぁぁ、と顔が熱くなってくるのがわかった。
 いそいそとドアを閉めて、彼の後ろの席に鞄を置く。おそらく真っ赤っかになってしまった顔を見られないよう、俯いたまま椅子を引く。


「矢渕」


 不意に教室に響く、優しくて明るい声。それが彼の声ということは、当然わかる。耳の奥で響き続ける心臓の音とともに、緊張が心を締め付ける。
 ゆっくりと顔をあげると、彼――平桜成は、口の端をゆるく持ち上げて、ふっと笑った。


「矢渕、おはよ」