「チャンスは残り三回です」どこか楽しげに声は告げた。

「……ふざけないでよ。三回で足りる訳ないでしょうが」

 私は思わず頭を抱えた。

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 初夏。まだ梅雨の明けない七月はじめの頃だった。
 私の元に、唐突に変なスイッチが転がり込んできた。スイッチとしか言いようがないそれは、バスの停車ボタンによく似ていた。

「【死に戻りカウンター】……なんだか胡散臭いな」

 死に戻りってなんだろう。私は胡散臭いそれを、見なかったことにして捨てようとしたものの、ふと目の前に男の子がいるのが目に入った。
 同じ学校の男の子は、目が虚ろになっていて、ガードレールを跳び越えて、坂に真っ逆さまに落ちていく……落ちちゃ駄目ぇ……! 私は慌ててその子の手を掴んだ。腕が痛い、千切れそう。落ちた男の子は小さく首を振る。

「……離して」
「嫌! 目の前で人が死ぬとこ見たくない!」

 人間、もっとなんでもかんでも見ないことにするもんだと思われがちだけれど、そんなことはなかった。意外といざというとき良心が働く。実際に男の子は私を巻き添えにする気はなかったし、実はいい子なんだろう。

「離して」
「い・や……!」

 でも、私は普通の女子高生で、男子高校生を担ぎ上げるほどの筋力はなかった。私はとうとうガードレールを跳び越えてしまった。

「あっ」

 ふたりとも真っ逆さまに落ちていってしまった。
 痛い痛いギシギシする痛い痛いギシギシする痛い痛い……。
 それがあまりにも呆気ない一回目の【死に戻りポイント】だった。

 それからというもの、私は一度死に、死に戻った場所に戻っては人助けをするようになった。あの男の子がガードレールを跳び越えたのは、なんてことない。テストの答案が下に落ちかけたのを手を伸ばしただけで、自殺ではなかったんだ。
 だいたいの人助けは上手くいった。生き返る際に、体がバランバランに砕ける音と、それを無理矢理くっつける音さえ聞かなかったことにしておけば、人に感謝されるし、私も人が死ぬところを見なくて済むし、概ね満足だった。
 そんな【死に戻り】が日常になった中、どうしても助けられない人がいることに気付いた。
 彼と最初に出会ったのは、たしか五十五回目の死に戻りで、交通違反ではねられたおばあさんを助けたときだった。
 よかった。おばあさん。荷物持ってあげて迂回したら、道路を渡るなんて無茶なことしなくなったから。
 いいことをしたと思いながら帰っていると、彼はぼんやりと橋の上から川を見ていることに気付いた。
 なにかあるのかな。私はなにげなく彼に近付いていったら、彼はいきなり川に向かって落ちてしまったのだ。
 え、なんで。私は慌てて一緒に川に落ちていく。ここの水位はあまり高くなく、橋から落ちたらコンクリートに激突して死ぬ。水のせいでじわじわ死ぬよりはマシだよなあ。私はそう諦めて、スイッチを押した。

【死に戻りスイッチ】は死に戻るときにも条件がある。
 ひとつ。死ななかったらやり直せない。
 ひとつ。死ぬ十分前くらいにしか戻れない。
 ひとつ。回数制限がある。【死に戻りスイッチ】はスイッチを押すごとに数字が表示され、その数がどんどん減っていくんだ。最初は四桁あったはずの数字も、今は三桁で、順調に数を減らしていっている。どれだけこの町に死亡事故が多いかって話だけれど。
 私が【死に戻りスイッチ】を押したとき、橋の前に立った。落ちようとしている彼に「待って!」と声をかけた。彼は虚ろな目でこちらを見てきた。

「誰?」
「私は、同じ学校の……!」

 どうにか川に落ちるのを止めさせるために、私は彼の手を引いて公園に行った。
 もうそろそろ梅雨も明け、夏休みに入る。今年も猛暑を通り越して酷暑のせいか、蝉はいまいちやる気がない。
 投げやりな蝉の鳴き声をBGMに話をしてみたら、彼は隣のクラスの金川くんだった。学校に来たのは久し振りらしい。
 そういえば、保健委員の子が言っていた気がする。最近不登校になった子が多いと。多分金川くんもそのタイプなんだろう。
 それから、私が助ける人はほぼ、金川くんになってしまった。
 彼はなにかあるたびに死ぬ。いきなりビルから貯水槽の蓋が降ってきて死んだり、いきなりベランダから鉢植えが降ってきて頭をかち割られたり。はたまた工事で開きっぱなしだったマンホールに落ちて死んだり。いくらなんでもレパートリーが多過ぎる。
 彼を助けるたびに、「なんで!?」と「またか!?」が同時に点滅する。金川くんはかなり困った顔をしていた。
 夏休みがはじまり、スーパーのフードコートでジュースを飲みながら話をするのが、私たちの休みの潰し方となっていた。

「昔から、運がおかしいんだ」
「運がおかしい? 運が悪いんじゃなく?」
「たとえば、宝くじを買うと一発で100万円とか当たったりする」
「それはすごいね」
「でもそのあと、立て続けに家電が壊れたり、家が燃えたりして、もらったお金は全部消える」
「……それはすごいね」

 金川くんいわく、運の乱気流がひど過ぎて、周りにも迷惑をかけ続けていると落ち込み、学校に行かなくなったらしい。でも親から言われてしぶしぶ出て、この運の乱気流に人を巻き込み続けて申し訳なさが続くと、自棄になって川に飛び降りようとする衝動が出るらしい。その親とも今は離れて暮らしていると。
 たしかに自分ひとりが運の乱気流に巻き込まれるんだったらともかく、人を巻き込み続けたら困るよね。日常生活にもろに支障が出ている。
 私は少し考える。ちょうど私の手元には【死に戻りスイッチ】があり、彼が死んでも私が死ねば、少し前にやり直せる。
 もしかすると、彼の運の乱気流もどうにかなるんじゃないだろうか。

「ならさ、夏休みの間だけでも、私と一緒に遊ぼうよ」
「……はあ?」
「巻き込まれなかったらいいんだよね? 私は運がいいし。巻き込まれないし。今もちょうど生きてるでしょう? なら、なんの問題もないよね?」
「……その内、君も諦めると思うよ」
「諦めないよ。だってさあ、寂しいじゃない。そういうの」

 誰も巻き込まないようにひとりで死にたいって。多分そんなの寂し過ぎる。だって、誰も運の乱気流なんて知らないから、感謝もされないもの。なんかいなくなったと思うだけ。
 感謝もされないことするくらいだったら、自分で楽しいことだけすればいいじゃない。
 こうして私と金川くんの、運の乱気流へのチャレンジの幕が上がったのだ。