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 次の日、体育祭は水曜日だったため今日は木曜日で通常授業だ。何だかだるいと思いながら、私は今日も空太の隣を歩いて登校した。さすがに今日は一人で登校しようかと思ったが、私は空太の隣にいることを選んだ。いつかこの幼馴染みの隣を奪われる日が来る……それまではと、私は必死だった。

 もうすぐ空太の隣は私では無い誰かに取られてしまう。

 そう思うとまた胸がズキリと痛み、締め付けられた。

 そっと空太の横顔を盗み見ては、涙で瞳が潤むのを必死で我慢する。

 私はいつまで空太の隣を歩けるのだろう……。

 いつかは離れなければならない時が来ると、それは分かっている……。

 それでも……。

「空太……もう少しだけ一緒に……」

 隣を歩く空太には聞こえない、小さな声で呟く。

 まるで願いを込めるように、一緒にいさせて欲しいと呟いて、辛くて苦しくて胸を押さえた。

 空太に暗い顔を見せたくなくて俯いていると、突然背中に何かが飛びついてきた。

「茜!おはよう。空太くんもおはよう」

 空気を変えるような爽やかな声。

「瑠璃?!ビックリした。おはよう」

 瑠璃に挨拶をしながら空太を見ると「はよ……」そう言って、すぐに緩んだ顔を背けた。前を向く空太の耳が赤くなっているのが見える。

 わかりやすいな……。

 そんな顔を見せられたら上手く笑う事なんて出来ないよ。

 思わず苦笑してしまう。

 引きつった笑顔になってしまっただろうか?
 
 そんな私を見て、瑠璃が心配そうに覗き込んだ。

「茜どうした?大丈夫?何かあった?」

「へへ……ごめん。大丈夫、何でも無いから」

「そう?」

「ところで今日の昼休みに話があるんだけど……良いかな?」

「話?良いけど?」

 ニッコリと瑠璃が嬉しそうに笑った。

 一体何の話だろう?


 それから昼休み、人の少ない校庭の隅でお弁当を食べ終えると、頬を染めた瑠璃が話し出した。

「私、彼氏が出来ました!」

 ドクンッと心臓が大きく跳ね、そこからドキドキと忙しなく動き出す。

 うそ……。

 まだそんな関係にはなっていないって思っていたのに……。

 喉の奥が詰まって、声を出すことが出来ない。

 私は何て言えばいい?

 良かったね?

 頑張れ?

 お幸せに?

 どうしたらよいか分からず固まっていると、瑠璃の口からとんでもない言葉が飛び出した。

和哉(かずや)先輩と付き合えるなんて夢みたい!」

 私はポカンとしてから、何とか言葉を絞り出した。

「えっ……和哉……先輩?」

「そう!サッカー部の先輩で二年生なの。実は中学の頃から好きで、この学校にも先輩を追いかけてきたんだ」

 空太の名前では無いことにホッとしつつも、驚きである。

「そんな話全然してなかったじゃない」

「だって、絶対振られると思ってたんだもん。でも体育祭の帰りに、告白したらOKしてくれて……もう嬉しくって」

 ふふふっと思い出し笑いをしている瑠璃を見て、私も一緒に笑ってしまった。 

 しかし問題はここからである。

 瑠璃に彼氏が出来たのなら、空太の想いはどうなるのだろうか?

 失恋の痛みは私が一番よく知っている。

 空太の悲しそうな顔を思い浮かべると、ズンと心が重くなった。