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 体育祭当日。

 クラスカラーであるオレンジ色のポンポンを手に、私達はクラス応援のためのダンスを披露する。元気いっぱいに両手を広げて、大きな声で応援すれば、皆が私達を見てくれた。その中に空太もいて私達を見てくれていた。しかし私と視線は合わない。空太が熱心に見つめる先には瑠璃がいる。それでも自分を見て欲しくて、その瞳に映り込みたくて、元気いっぱいに最高の笑顔を振りまいた。

「一組ファイト!」

 私の声で皆のフォーメーションが変わり、最後に思いっきりジャンプ!

 これでもかと楽しげに笑顔で演技終了。すると沢山の拍手が私達に向けられた。私達は一礼して一組の場所へと戻ると、皆が頑張ったと言いながら迎えてくれた。そんな中で私は俯き、手にしているオレンジ色のポンポンを見つめていた。

「茜、疲れちゃった?」

「瑠璃……えっと……うん。疲れちゃったみたい」

「毎日頑張ってたもんね。でもまだ応援残ってるでしょ。ほら、もうすぐ空太くんの出番だよ」

 そう。

 もうすぐ200メール走だ。

 空太順番が近づき、校庭がざわめき出す。位置に着いた空太がふーっと息を吐き出し、真剣な表情で視線を前に向けると「パンッ」と言う合図で走り出す。グンっと加速した空太は速度を落とすこと無く走り続ける。今日一番の歓声が校庭をこだまする。しかし私の耳に歓声の音は聞こえない。空太の一瞬を見逃さないよう集中すると、キーンッという耳鳴りの世界で音が消えた。空太の姿を目に焼き付けるように、両手を握り絞めて……。

 100メール……200メール……音の無い世界で空太が走り続ける。

 そしてゴールテープを切った。

 珍しく嬉しそうな顔をした空太が右手を空に突き上げた。私も自分の事のように嬉しくて、体が熱くなった。

 やっぱり空太は格好いい。

 私は興奮から体の熱を抑えられず、空太に会いたくて空太の姿を探した。

 今すぐに空太に会いたい。

 お疲れ様、頑張ったね、格好良かったって言いたい。

 私は空太の姿を探したが、空太はもう校庭にはいなかった。……と言うことは、きっとあそこに違いない。私は校舎の隅にある水飲み場までやって来た。するとそこに空太はいた。空太は走った後、必ず水飲み場で頭を冷やす。寒くても暑くてもそれは変わらない。今も頭から水をかぶっていた。

「空太お疲れ様。格好良かったよ」

「ああ……茜か」

 私は持っていたタオルを渡すと、空太はそれを受け取り顔を拭きだした。

「タオルありがとな。洗って返す」

「良いよそのままで」

 そう言ってタオルを受け取った時、少し離れた場所で瑠璃の声がした。

「茜!空太くん!」

 小走りに走ってくる瑠璃が小石につまずいた。危ないと私が走り出そうとした横を、何かが通り過ぎた。

 空太だ。

 空太は転びそうになった瑠璃を支え、照れくさそうに頬を染めている。

 私はそれを目にして、ドロリとした嫌な感情が湧き上がる。大好きな瑠璃に対して憎悪で体が震えた。嫌いに何てなりたくないのに、感情が抑えられない。

 空太のそんな顔、見たこと無いよ。

 私以外にそんな顔……。

「ハッ……ハッ……っ……ハッ……」

 呼吸が上手く出来ない。

 苦しい。 

 心臓が握りつぶされたみたいに、ギュッと締め付けられる。私は右手で胸を服ごと鷲づかみにして、痛みに耐えた。

 空太……瑠璃から離れて。

 お願いだから、二人とも離れてよ。

 私は二人を見ていることが出来ずに背を向けた。

 二人から逃げるように校舎内に駆け込み、教室の隅で両膝を抱え込む。ここは学校だ。ここで泣けば皆に心配をかけてしまう。ゆっくりと深呼吸をしながら悲しみを逃がし、心を落ち着かせようと試みるが上手くいかない。

 ダメだ。

 泣くな。

 我慢しろ。

 そう思っていても瞳に涙が集まり出し、感情を抑えることが出来なかった。

 辛く悲しい思いが、涙となってこぼれ落ちていく。

「ふっ……うっ……っく……」

 両手で口元を覆い、誰にも気づかれないように、声を殺して泣いた。ひとしきり泣いて、空太への思いが、涙と共に溢れ出てしまう。

「やだよ……空太……っ……まだっ……くっ……私の……隣にいてよ……」

 胸の奥に苦い思いが広がり、更に涙が溢れる。涙を拭うために手を動かすが、それが間に合わないほど、涙が瞳から流れ落ちていく。

 お願いだから……。

 空太の隣を歩く事を許してよ。

 静かな教室、何も書かれていない黒板、少し乱れた机。

 薄暗い教室の片隅で、私の初めての体育祭は幕を閉じた。