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 茜色の夕日……水色の空がオレンジ色に染まり始める。時間が経ち全てがオレンジ色となった世界で、私は涙を流した。海風が私の髪を後ろに流すと、風に乗って潮の香りが強くなる。子供の頃から嗅ぎ慣れたこの匂いを嗅ぐと、小さな頃を思い出す。あの頃もずつと空太は私の隣にいたな……。昔を懐かしみながら、今朝の出来事を思い出す。

「お前何がしたいの?そう言う態度ムカつくんだけど?」

 朝言われた空太の言葉が、何度も頭の中で響いては消える。

 嫌われてしまっただろうか?

 私の態度は空太を苛つかせてしまった。

 でもどうしたらいいのか分からない。

 私は空太が大好きすぎて、離れたくないのに、空太を私から解放するためには離れなければいけない。

 空太は私が好きなわけじゃない。

 私が泣きながら告白したから、同情もあっただろう。

 空太の弱みにつけ込んで、私を利用して欲しいと思ったのは自分のくせに、今更自分を好きになってもらいたいなんて、何を言っているんだろう。

 空太の中では私はただの幼馴染みのままなんだから。

 私との想いの差は縮まらない。

 このまま同情で付き合うのには限界がある。

 きっと空太は後悔する。

 私と付き合ったことを後悔して離れたいと思うだろ。

 空太からそれを言われるぐらいなら、自分から離れなければ……そう思うのに、離れたくなくて言葉が出ない。空太を前にすると、何も言えなくなってしまう。

 むしろ好きという感情が暴れ出てしまい、抑えられなくなってしまう。

 好き……。

 好き……。

 大好きだよ。

「空太……」

 空太の名前を呼ぶと、茜色の空が急に陰った。

「何?」

 ハッと顔を上がると夕日を背に空太が立っていた。

「空太?」

「ん?」

 バクバクとなる心臓を抑えて空太を見つめていると、空太も防波堤に腰を下ろした。

「お前いつもここで何してんの?」

「あっ……えっと……」

 空太が話しかけてくれたのに、涙が出そうになってしまう。

「最近そんな顔しかしないな」

「……ごめん」

「またごめんか……。何で謝んの?」

 空太の語気からが苛立っているのが分かる。

 ごめんね空太……。

 今日で最後だから……。

 こうして空太の隣にいるのは最後だから許して。

 グッと手を握りしめて覚悟を決めると、気持ちが落ち着いてきた。

 最後だからきちんと話をしないと……。

「空太……私ね。空太のことが大好きなんだ」

「ん……知ってる」

「へへへっ……だよね。だからね……空太とお別れしようと思う」

 別れを口にして、一気に悲しみが込み上げる。唇がワナワナと震えて、喉が詰まり、声が震える。

「空太と……一緒に……っ……いた時間は……私にとってっ……ぐっ……かけがえのないものだった……同情でも……利用でもっ……えくっ……側に入れて……すっごく幸せだった……っ」

「お前、何言って……」

 私は空太の言葉を遮ってもう一度、別れの言葉を告げる。

「空太……これが最後……大好きだったよ。別れよう」

 笑いながらそう告げたつもりだったが、くしゃりと私の笑顔は歪んだ。それと同時に、瞳からはボロボロと涙が溢れ出していた。

 止まれ……止まれ……涙なんか流したら、空太が困るだけだ。

 最後の瞬間は笑顔がいいのに、涙が止まらない。

 そんな私を見た空太が唇を噛みしめた。それから顔を伏せると、グッと力を込めるのが分かった。

「……んだよ。何だよそれ。大好きだったって……過去形かよ。別れようって何だよ」

 空太はイライラしながら私に言葉をぶつけてきた。

「最近何かを悩んでると思ったら……勝手に終わらせようとすんな!お前、俺のこと見てたんだろ。なら分かるだろ!」

 そう言った空太の顔を見ると、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 どうしてそんな顔をするの?

「……んで、分んねーんだよ!」

 苛立ちながら空太は私を引き寄せると、強く抱きしめてきた。

「ふざけんな!お前は俺の隣にいないとダメなんだ。これからも……その先もずつだ!」

 そう言った空太の声は震えていた。

 うそ……。

 空太がこんなことを言うなんて……。

 信じられない……。

 だって……空太は私なんて見ていないと思っていた。

 それでも記憶をたどっていけば、空太の笑顔が思い描かれる。普段滅多に笑わない空太は私の前だと笑ってくれる。

 その答えは……。

「空太……それって……」

 しびれを切らしたみたいに空太が声を荒げた。

「あ゛ー!もう!俺は茜が好きだ!」

 そう言って空太は勢いよく立ち上がると、私の前に手を差し出した。

「茜が好きだ!俺と付き合って下さい!」

 空太からの突然の告白に、茜は両手で口元を覆い、息を呑む。

 うそ……。

 ホントに……?

 うそじゃないよね……?

  あまりにも突然で、声が出しにくい。嬉しいのに、それを旨く表現できない。それでも私は声を絞り出し、何とか
空太に思いを伝える。
 
「空太……私……っ……空太の……んっ……隣にいても……っ……いいの?」

「ばかっ……たりめーだろ!」

 茜色の涙が頬をつたい、ポロポロとこぼれ落ちていく。しかし今の涙は悲しみの涙では無い。

 感動と喜びの涙を流しながら、私は笑った。

「空太……っ……好き、大好き!」

「知ってる」

 先ほどまで茜色に染まっていた空は、徐々に群青色へと変化を始めていた。そんな中で、私達のシルエットは寄り添うように重なり合う。

 茜色はもう悲しみの色では無い。

 ハッピーエンドの恋の色に変わった。