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 その日の放課後。

「空太、二組の幼馴染みとはどうなんだよ?」

「俺もそれ聞きたかった」

「付き合ってんだろ?」

 クラスの男子達に、空太がからかわれている声が聞こえてくる。私は廊下で空太がどんな風に答えるのか、ワクワクした気持ちで聞き耳を立てていた。

「あ?ただの幼馴染みだけど?」

 何でも無いように言った空太の声が、私の脳裏を何度も反芻(はんすう)する。

 ただの(・・・)幼馴染み……。

 体からサーッと血の気が引き、指先がカタカタと震え出す。息を上手く吸うことが出来ずに、ハッハッと呼吸を繰り返すと、よろけながら私はトイレへと駆け込んだ。

 空太にとって私はただの幼馴染み……。

 彼女なんかじゃ無い。

 ただの幼馴染みのままだった……。

 そう言われてみれば、好きだなんて言われたことが無い。

 いつだって好きだと言っているのは私だけ。

 それでも……それでも……少しずつだけど変化はあった。少しずつ歩み寄ってるっていう確信があったのに……。

 空太に告白してからの日々を思い出す。

 付き合いだして……視線が交わうようになって……肩がぶつかる距離にいれるようになって……夏祭りでのキス……。

 浮かれていたのは私だけ……。

 好きだったのも私だけ……。

 全部、全部、私だけ……。

 空太は私を好きじゃない。

 私の片思い。

 空太にとって自分は、ただの幼馴染み。

 その事実を思い出し落胆した。

 そうだよ。

 そうだった。

 空太が失恋を忘れるために、私を利用してもらったんだ。そうして欲しいと望んだのは私だ。

 空太は私が好きで付き合っているわけじゃない。

 胸がギュッと握りつぶされたみたいに痛くなって、苦しい。

 瞳の奥が熱い。

 じわりと涙が集まり出し、視界が揺らぐ。

 忘れていたわけじゃ無い。

 ずっとモヤモヤしていた。

 不安もあった。

 それでも……と。

 分っていたけど、考えないようにしていた。

 もしかしたら空太も私を……なんて期待していた。

 バカだな……そんなことがあるわけ無いのに……。

 空太は私を好きなんかじゃ無い。

 それに気づいて目の前が真っ暗になった。

 空太が好きなのは今だって……。

 ひゅっと喉が詰まって、鼻の奥がツンと痛くなると、瞳に集まった涙がポタポタと落ちてくる。トイレは音が響くから、口を両手で覆って強く押し当てた。

「……つっ……くっ……っ……ふっ……」

 強く押し当てた口元から、くぐもった声が漏れる。必死で声を抑えると呼吸が乱れて苦しくなった。それでも必死に口元を押さえて声を抑える。

 苦しい……。

 胸が苦しいのか、息が苦しいのか分からなくなってきた。

 押さえた手を緩めて、一気に肺に酸素を送り込むと、ボロボロと涙がこぼれ落ちてくる。

 溢れ出した涙は、止めることは出来ない。

「……うっ……っ……くっっ……ふっ……っ……」

 私はこれからどうしたいい?

 どうすればいい?

 空太の隣にいていいの?

 全てがネガティブな思考になってしまう。

 ダメだ。

 一旦外に出て、頭を冷やそう。

 涙を拭い、顔を見られないように俯きながら校舎を出た。