高貴な家柄でありながらモブにも優しく接し誰からも愛される学園のヒロインは言った。
「わたしが偽物のお嬢様だって証拠があるのなら、出して」
 転校してきた大金持ちの美少年は一枚の写真を見せた。
「悪役令嬢時代の君だ。今より派手なメイクだが、顔立ちは変わっていない」
 写真から目をそらしヒロインは言った。
「こんなの他人の空似でしょ。証拠にならない」
 美少年は数枚の書類を出した。
「君の身分証明書類をすべて集めた。どれも精巧な偽造品だった。君は架空の人間になりきって、この学園に潜伏しているんだ」
 頬を引き攣らせてヒロインが言う。
「それ全部あなたが用意した偽の書類でしょ? わたしを陥れようって考えたって、無駄よ。もうバカな話はやめて」
 彼女は美少年に背を向け、屋上の手すりに体を預けた。美少年は、その横に立った。
「バカな真似をしているのは、そっちだろ。教えてくれ、どうして僕を裏切った?」
 そのセリフを聞き、ヒロインは両手で口元を抑えた。
「そんな……そんな、まさか!」
 美少年がグスッと笑う。
「そのまさかだよ。まさか、捨てた男が再び現れるなんて思わなかっただろ?」
「まさか……だって、ぜんぜん顔が違う」
「整形したんだよ。イケメン美少年に変えてくれってオーダーしたら、こうなった。悪くないだろ?」
 昔とは似ても似つかない男の顔をまじまじと見つめ、ヒロインは言った。
「ええ、そうね……うん、すごく素敵になった」
「ほめてくれてありがとう。そのお礼と言っちゃなんだが、僕から盗んだカネはくれてやるよ」
 そう言われ、ヒロインは息を呑んだ。
「今の言葉……本当?」
「ああ」
 ヒロインは思い出していた。この男の実家は、超大金持ちなのだ。自分が騙し取ったカネなんか微々たるもの……と考え彼女は、自分がとても哀れに思えてきた。
 男は繰り返し言った。
「カネを取り返そうと思って来たんじゃない。その点は安心してくれ」
 不審そうに男を見て、ヒロインは言った。
「それじゃ、わたしの前に現れたのは、どうして? 復讐に来たの? それとも――」
「最初は、復讐するつもりだった」
 恋人に自分のカネを持ち逃げされ、男は強いショックを受けた。その衝撃から立ち直ると、女を見つけ出して復讐しようと思い立った。被害額より大金を費やして、行方を追う。見つかった。某お金持ち学校に入学している……何のために? その理由が分からない。彼は美容整形で姿かたちを変え、同じ学校へ転校した。そして秘密裏に調査を開始した。
「調べて分かった。君は、この学校で何かを企んでいる、とね。そして気付いた。僕のカネを奪ったのは、その企みの資金にするためだったと」
 ヒロインは俯いた。
「あなたには、悪いことをしたと思ってる」
 男は両手を軽く挙げた。
「今さら謝られても困る」
「でも」
「もういいんだ」
「許して」
「許されたいなら事情を話してくれ」
 ぽつりぽつりとヒロインは語った。この学校は元々、自分の親が運営していたものだった。それが悪い奴らに乗っ取られてしまった。学校を取り返すため、カネが欲しかった。だから、大金持ちの御曹司に近づいて、カネを奪った。
 男は小さく笑った。
「言えばあげたのに。いや、カネより、この学校を買い取って君にプレゼントしてあげたよ」
 ヒロインは首を横に振った。
「そんな簡単にはいかない。だって、奴らは売ってくれないもの。だから、わたしは、この学校の経営陣の弱みを握ろうと思って、いろいろ調べているの」
「そっちの方が難しいって」
 そう言って彼は懐から様々な写真を出して見せた。
「学校の経営陣の弱みを調べたら、色々と出てきた。黒い交友関係、不倫、変態趣味、違法なギャンブルーー各種スキャンダルを取り揃えましたって感じだ。これを使えば、この学校を安く買い戻せると思う」
 渡された数十枚の写真を凝視して、ヒロインは言った。
「これさえあれば、この学校を取り戻せる」
 それから彼女は、男に尋ねた。
「これを貰っていいの?」
「ああ、どうぞ」
「……目的は何?」
「僕の目的かい? 君への好意ってことじゃダメかな」
「わたし、あなたに酷いことをしたのよ」
「裏切りは女のアクセサリーみたいなものだって、ルパン三世が言ってた」
 そうだとすると、私は峰不二子か、とヒロインは思った。悪くない。