昨日のことを悟志に話したところ、食いつきは良かったが、じゃあ行こうかという話には別段ならなかった。
 それはそうだ。
 昨日開いていたからと言って、今日また開いているとは限らない。
 鍵なんて持っていなかったから俺は開けたまま帰ったが、その後で、教員か警備員が閉めて回るはずだ。

 そうして放課後、悟志はそのまま部活へ行き、俺はと言うと――

「開いてる……」

 教室、というよりあのノートの方が何となく気になって、また足を運んでみた訳だったが、今日も鍵は開いていた。
 それも昨日と同じように、ほんの一センチ程度、開いた状態で。
 教員か警備員が閉めているだろうという、通常考えられることがしっかりとなされているのであれば、これは誰かが開けているということになる。
 もし閉め忘れているのであれば、それはそれで報告もしなければならない。

 俺は、特に迷うこともなく、その扉を開けた。
 中は相変わらず真っ暗で、カーテンも昨日同様に閉め切られたままだ。
 入口すぐの所には机、そしてノートが置かれていて、昨日勝手に使った椅子も、俺が立ち上がった時そのままの角度で佇んでいる。多分。
 見た感じ、誰かが動き回ったような形跡はない。

「ノートは――」

 表紙を捲る。
 追記は、ない。

「……はぁ」

 何を真剣になって考えているのか。
 開いているのはたまたま昨日誰かが忘れたとかで、だから別に誰も入ってはいないだけだろう。
 仮に何かあったとしても、俺に関係のない話なんだから、考える必要だってないことだ。

 それなのに――

 引っかかる。
 このノートが真新しいという点が、いやに引っかかるのだ。

 これが、ただの空き教室であったのなら別だ。誰でも自由に出入り出来る教室であれば。
 しかしここは、現在名目上は『立ち入り禁止』となっている。教師や警備員が中を確認、或いは使用することがあったとしても、こんなノートを、まして表紙にまで『交換日記』と書かれたノートを、果たして置いておくものだろうか。

 誰かは分からない。
 ただ確実に、何かしらの意図を孕んで置かれたものであることは、間違いないのだ。

 それでも、それを暴きたいだなんて思っている訳でも、別にない。
 ただ何となく――そう、本当に何となく、気になって仕方がないのだ。

 期待? 好奇心?

 そんなところだろうとは思うけれど、何を期待し、何に興味を惹かれているのかは、自分でも説明できない。
 ただ本当に、何となく気になるだけなのだ。
 姉の言うことに、内心中てられたのかもしれない。
 俺はきっと、変化ってやつを望んでいるのだ。

「……こんなことしても、な」

 意味はないかもしれない。
 でも、ただ何となく、やってみたくなったから――俺は、鞄からシャープペンシルを取り出すと、短く一文だけ付け加えた。

『幽霊?』

 はいかいいえか、誰とかなんでとか、そんな質問でも良かったけれど。
 幽霊、という単語を選んだのだって、本当にただの気まぐれだ。
 このノートが、いつから置かれているのかは分からない。だから、明日明後日に読まれるものとも限らない。
 だから俺は、そのノートを、上下逆さまに置いておくことにした。
 机は、入口すぐの壁にピッタリくっついている。ノートを動かさずに正面から読もうとするのは難しい。手に取るにしろ机上に置いたままで読むにしろ、まして追記をしようものなら、まず間違いなく、自ずとノートは元置かれていた向きに直される筈だ。

「……いや」

 だから、何を真面目にやっているんだ。
 さっきから頭の中で、色んな声が言い合っていて落ち着かない。
 それもこれも、気まぐれにこんなところへ来てしまったからだ。
 明日、確認したら、これで最後にしよう。
 勝手に書き足してしまった後でアレだけれど、元より俺に向けられたメッセージなわけもないのだから。