「病院? どこか悪いの?」

「いや、どこも悪くないよ」

 イリーシャはふとマサキが操作しているパソコンを覗き込んだ。
 これまではレイのパソコンを借りていたマサキも引越しに際して動画編集用のパソコンを買っていた。

 普段は編集作業をしたりゲートや覚醒者の情報を集めたりしている。
 ただ四六時中パソコンの前にいるわけじゃなく、イリーシャが動画を見て日本語や文化を勉強するのにも使われている。

 どこで買ったのかデカデカと日本美人と書かれたTシャツを着ているイリーシャはパソコン画面に病院が映し出されていることが気になった。
 イリーシャはマサキの体が悪いのではないかと少し心配している。

「人を探してるんだ」

「人? お医者さん?」

「医者……というか研究者だな」

「…………何で病院見てるの?」

 イリーシャは首を傾げる。
 研究者なら研究所でも調べればいいと思ったのだ。

「病院がヒントなんだ。大学病院に付属する研究室でモンスター関連の研究をしているはずなんだけど……」

 ホームページを覗いてみても責任者の名前と顔写真はあっても一々末端の研究者の顔まで載せていない。
 もうちょっと簡単に見つかると思っていたのに意外と難しそうである。

「どんな人?」

「毒を薬に変えてくれる人さ」

「毒を薬に……?」

 回帰前毒王と呼ばれる覚醒者がいた。
 あらゆる毒に耐性があり、自らも毒を使い、生み出して多くのモンスターを毒殺した。

 ただ毒王が生み出したものは毒だけではない。
 毒に強いという特性と医師免許を持った研究者であったという知識を使って、モンスターの毒に対する解毒薬や素材を利用した薬などの研究も行っていたのだ。

 マサキも毒王と繋がりがあった。
 なぜなら毒を使っていたから。

 マサキの瞬間拘束で動きを止めて毒を与えるという攻撃は毒に耐性のないモンスターに有効だった。
 そのために毒王の毒を使っていたのだ。

「ただ簡単なことじゃなかったけどな……」

「何の話?」

「こっちの話さ」

 毒王は良い人ではなかった。
 お金もなかったマサキが毒を使いたいのなら協力しろと言われて色々なことをやらされた。

 毒王ほどではないにしろ毒耐性がついたので結果的には良かったけれども、毒耐性がつくほどのことをさせられたのである。
 マサキが回帰前に使った命力丹も毒王が作ったものだ。

 ダンジョン産の霊薬を無理やり改造した劇薬であった。
 そのおかげで今がある。

「ともかくこの人がいれば俺も少しは強くなれるかもしれないんだ」

 毒王を探しているのだが、理由は毒が欲しいからではない。
 マサキは薬が欲しかった。

 もちろん体が悪いなどの理由ではない。
 治療薬ではなく霊薬が欲しいのである。

 霊薬とは覚醒者の能力を引き上げてくれる不思議な薬のことでダンジョンから報酬として得られたり、ダンジョンから採れる貴重な素材から作られたりする。
 一般的に霊薬は貴重なものである。

 通常の市場に出回るようなものではなく、出たとしてもすぐに誰かが買ってしまう。
 潜在能力が低いマサキは強くなる可能性が極端に低い。

 回帰前の知識があるので潜在能力にのみ囚われることはないのも理解しているが、才能の壁はどうしても立ちはだかってしまう。
 壁を突破するためにも霊薬が必要である。

 それがこれからマサキが生きるためにも、そしてレイやイリーシャと共に戦うためにも必要なのだ。
 毒王は霊薬を様々生み出してきた。

 その中の一つがマサキが以前レイと一緒に挑んだゲートダンジョンで採った実を使ったものなのである。
 そのまま摂取すると覚醒者にとって毒になる実は後に毒だったと騒ぎになり、残されていたものが毒王の手に渡る。

 毒王は毒成分を取り除いて霊薬として効果を高めた薬を作り出した。
 ついでに実の毒に対する解毒薬も作っていた。

「その人の名前は?」

 マサキが強くなれるのならとイリーシャもマサキの話に興味を持った。

「姫咲一輝(キサキカズキ)って人だ」

「キサキカズキ……」

 イリーシャはスチャッとスマホを取り出した。
 必要だろうと新しく買ったもので、こちらはマサキが持っているデカいスマホとは違う普通のものである。

「……出ない」

 試しにキサキカズキを検索にかけてみたけれどそれっぽい人はいない。
 SNSすらやっていない。

 もちろんそんなことはマサキも確認済みである。

「もうちょっと情報あればいいんだけどな」

 マサキはため息をついた。
 カズキと回帰前に関係はあったがパーソナルな話はあまりしなかった。

 ビジネスライクな関係で友達ではなかったのである。
 だからパーソナルな情報はあまり知らない。

 ただキサキカズキは神様のリストに載っていた。
 強力な毒を扱っていたのだからもしかしてと思っていたのだが、本当に神様のお気に入りだったようだ。

「まあヒントはあるから地道に探すか」

 パーソナルな話はしなかったけれども、毒王とまで呼ばれるほど有名になった人なのだから噂ぐらいは広まっていた。
 人付き合いが嫌いで他者に対して冷たかった毒王も色々な噂があった。