「無」能力だけど有能みたいです〜無能転移者のドタバタ冒険記〜②《激闘の章》

 ここは闘技場の美鈴とミィレインが居る特別観覧席。

 あれからドラバルトはマルバルトの居る主催者専用観覧席へ向かった。
 主催者専用観覧席までくるとドラバルトは、マルバルトに会い何があったかを説明する。
 それを聞いたマルバルトは、自分の部下と共に美鈴の居る特別観覧席に向かった。

 そして現在、美鈴とミィレインとドラバルトとファルスとマルバルトは話をしている。
 その周辺では、数名のマルバルトの配下の者が部屋の片づけをしていた。

 「なんてことだ。部下が数名……やられていた。まさか、こんなことに……」

 マルバルトは険しい表情で一点をみつめる。

 「父上……その様子では、もしかしてこうなることを予想してたのか?」
 「ああ、魔王崇拝派と女神崇拝派が動くとすれば今日だと思っていたからな」
 「……まさか、二つの派閥が存在しているのか?」

 驚きファルスはそう問いかけた。

 「そうなる……困ったことにな」
 「それじゃ、ウチを狙ったのって?」
 「恐らく、魔王崇拝派の者たちだろう」

 それを聞き美鈴は首を傾げる。

 「んー……いまいち分からない。どうして魔王崇拝派が、ウチの命を狙うの?」
 「もしかして、ミスズが女神に召喚された勇者だからか?」
 「ドラバルト、そういう事なんだろうな」

 それを聞きドラバルトは、怒りを露わにした。

 「それだけで、ミスズの命を狙ったと云うのか……許せん!! そいつらは、どこに居るんだ!?」
 「落ち着かんか、ドラバルト! そのことも踏まえ、話せばならんことが他にもある」
 「他にも……俺を狙っているヤツらのか?」

 そう言いドラバルトはマルバルトをみる。

 「既に狙われたのか?」
 「いや、まだ狙われていない。ただ大会の様子が、おかしいように感じた」
 「そういう事か……それは当たっている。この大会には、数名の女神崇拝派が参加しているからな」

 ドラバルトはそれを聞き複雑な思いを抱いた。

 「俺の居なかった期間、いったい何が起こったと云うんだ」

 そうドラバルトが言うとマルバルトは、何が起きたのかを説明する。

 「……馬鹿げてる。たかが、好きごのみだけのために……派閥ができただと」
 「そうなるな。だが、女神崇拝派は規模が大きい」
 「それって、他の地域にも多数の信者がいるってこと?」

 そう美鈴が聞くとマルバルトは、コクッと頷いた。

 「じゃあ……魔王崇拝派は、ここだけなのか?」
 「ドラバルト、それは分からん。だが、少ないのは確かだ」
 「それで、どっちの派閥も誰が指揮をとっているのか知っているってことか?」

 そうファルスに問われマルバルトは、少し悩んだあと話し始める。

 「ああ……勿論だ。それにドラバルト……魔王崇拝派の指揮をとっている者は、お前も知っている」
 「それは、いったい誰なんだ?」
 「ミャルモだ。お前が覚えているか分からぬがな」

 それを聞きドラバルトは、一気に血の気が引いた。

 「まさか……でもなんで?」
 「ドラバルト、知ってるの?」
 「ああ、ミスズ……俺の妹だ」

 それを聞き美鈴とミィレインとファルスは驚く。
 そしてその後も美鈴たちは、マルバルトから話を聞いていたのだった。
 美鈴を襲った魔王崇拝派の一人がドラバルトの妹であるミャルモ・バッセルだった。
 それを聞いた美鈴は、複雑な気持ちになる。
 片やドラバルトは、なんでだと思い頭を抱えていた。

 そして美鈴たちは現在、そのことについて話をしている。

 「ドラバルトの妹が、ウチの命を狙った……」
 「そうらしい……すまん、ミスズ。まさか、ミャルモが……」
 「うむ……ミャルモは、母親のリャルモと別に暮らしている。それ故に、居場所は分かっていても監視ができんのだ」

 そう言いマルバルトは、つらそうな表情で俯いていた。

 「だが、そもそも……なぜ母上と別に暮らしているのです?」
 「ドラバルト……実はな。昔、お前のことで喧嘩したのだ」
 「そういう事か……俺のせいで。でも、それならなんで……ミャルモが魔王崇拝派を指揮している?」

 そうドラバルトに聞かれマルバルトは、ハァーっと溜息をつく。

 「リャルモは、お前を庇って出ていったのだ。そして、ミャルモは……お前をしたっておった。ここまで言えば分かるな」
 「じゃあ父上は……」
 「いや、お前を庇いたい気持ちはある。だが立場上、どちらにもつけぬ」

 そう言いマルバルトは、つらい表情を浮かべる。

 「それで、別居という事か……」
 「ああ……こればかりは、どうにもならんからな」
 「大変だね。ウチにできることがあればいいんだけど」

 それを聞きマルバルトは、美鈴に視線を向けた。

 「うむ……ミスズは、どっちの派閥につきたいのだ?」
 「どっちって……。ウチはスイクラムが嫌い、だからって……魔王を良いと云うのも違うと思う。だから……どっちの派閥も嫌かな」
 「なるほど……だが恐らく女神崇拝派は、ミスズを担ぎ上げるだろうな」

 そう言われ美鈴は、ムッとする。

 「ウチは、そうなったとしても断る。それで、どっちの派閥に狙われたとしても……女神も魔王も嫌だから」
 「ワハハハハッ……ミスズらしい。そうだな……まずは、ミャルモをどうにかする必要がある」

 そうドラバルトが言うと美鈴たちは頷いた。
 その後ドラバルトとファルスは、順番がまわってくるので控室へ向かう。
 それを確認するとマルバルトは、美鈴を見据える。

 「ミスズ……単刀直入に聞く、ドラバルトをどう思っている?」
 「そうだなぁ……乱暴なところはあるけど、優しいなぁと思える時もある」
 「そうか……そうだな。では、好きか嫌いでなら……どっちだ?」

 そう聞かれ美鈴は、ニコッと笑った。

 「それなら、好きかな」
 「それは、男としてか?」
 「……それはないと思う。ウチには、好きな人が居るから……」

 そう言い美鈴は、遠くをみつめる。

 「なるほど……その者は、ミスズの世界の者か?」
 「ううん……違います。この世界に来て出逢った人……スイクラムのせいで、離ればなれになっちゃったけどね」
 「……そのことをドラバルトは知っているのか?」

 そう問われ美鈴は、コクリと頷いた。

 「ドラバルトに逢った時に話しました」
 「そうなのだな……もしドラバルトが、ミスズのことを女性として好きと言ったらどうする?」
 「……」

 それを聞き美鈴の思考が停止する。そう、思ってもいなかったことを言われたからだ。

 「どうした? まあ……本人から聞いた訳ではないがな。ドラバルトのミスズへの接し方が、そのように感じたのだ」

 そう言いマルバルトは、少し考えたあと再び口を開いた。

 「フゥ……ドラバルトも、自分の気持ちには気づいておらんみたいだが」
 「待ってください。もしそうだとしたら……でも……どう応えたらいいか……」
 「うむ、今どうしろという事ではない。ただ、ミスズの気持ちを聞いておきたかっただけだ」

 そう言いマルバルトは、ニコリと笑う。
 しかし美鈴は、なぜか不思議な感覚に襲われていた。

 (ウチはエリュードが好き。だけど、なんだろう……。マルバルトさんに言われてから変だ。どうしよう……真面にドラバルトの顔をみれるかなぁ。
 ……と、いうか。まだドラバルトが、ウチのことを好きって決まった訳じゃない。そう、そうだよね……マルバルトさんの思い過ごしかもしれないし)

 そう思い美鈴は、気持ちを入れ替える。
 そしてその後も美鈴は、部屋の片づけが終えるまでマルバルトと話をしていたのだった。
 ここは美鈴とミィレインが居る特別観覧席。
 あれから片づけが終わるとマルバルトと配下の者は、部屋を出て主催者用観覧席へ戻っていた。勿論、警備を強化してだ。
 それと因みに、ただ片づけただけで部屋の中は至る所が破壊されている。

 美鈴は現在、そろそろファルスの番だと思い窓から試合会場をみていた。

 「次、ファルスの番かぁ」
 「そうね。まぁ簡単に勝つでしょうけど」
 「うん、ファルスは強いから」

 そう言い美鈴は、ミィレインをみる。

 ✲✶✲✶✲✶

 その頃ファルスは、入場口で待機していた。そのそばには、対戦相手と思われる黄緑色の髪で体格のいい竜人族の男が居てファルスを睨みみている。

 (……オレを警戒しているのか? まあそうだろうがな。ドラバルトと一緒にいるのだから、魔王と関係していると思われてもおかしくない)

 そう思っているとファルスの番がまわってきた。そのため入場口から会場へ向かう。
 そのあとを黄緑の髪の男が追った。

 ✶✲✶✲✶✲

 ここは試合会場。観覧席から、ドッと歓声が上がる。
 そうファルスの相手は、ナンバースリーの実力者だ。

 名前はカブルディグ・ドヴィス、年齢不詳。女神崇拝派の一人で、ドドリギア支部の最高幹部である。
 因みにナンバーワンは、ドラバルトだ。いや、本来ならガブルディグはナンバーツーだった。
 だがドラバルトが生きていたため、ナンバースリーに降格されたのである。
 ……ってことは、ここでファルスが勝ったら……更に降格だね。

 そしてファルスとガブルディグは、お互い身構え睨み合っていた。


 ――場所は、控室へと移る――

 あれからドラバルトは、覗き窓から試合会場をみていた。
 だが、控室に人が増えたことに違和感を覚える。

 (……さっきまで、こんなに居なかったはず。それに、人数的に……どうみても出場者よりも多いな。フッ……ってことは、そういう事だ)

 そう思いドラバルトは、警戒しつつ窓の外をみていた。
 するとファルスの試合が開始される。
 それと同時に数十人もの男たちが、ドラバルトへ攻撃を仕掛けていった。

 「戯けが……フッ、甘いわっ!」

 そう叫びドラバルトはそのままの体勢で、即座に両手を上に掲げる。

 《雷竜(ゲソチュツ)放電(ロツゲソ)乱撃(カソベニ)っ!!》

 そう唱えると一瞬の内に両手のひらに電気が集まり、それと同時に周囲へと無作為に放たれた。
 それに気づくもドラバルトを狙う者たちは、逃げることもできず。

 ――うわぁぁぁぁぁぁぁ……――

 真面に電撃を浴びそう叫び、バタバタと倒れる。
 するとドラバルトは、振り返り状況を確認した。

 「この程度の人数で、俺を殺せると思ったのか? ふざけているとしか思えん」

 そう言い倒れている者たちを見据える。
 その後、何事かと通路側で待機していた警備の者たちが慌てて入ってくる。
 それをみてドラバルトは、更に呆れた表情を浮かべた。
 その後、警備の者たちは救援を呼び床に倒れている者たちを救護室へ連れていく。
 それを確認するとドラバルトは、溜息をついたあと再びファルスの試合をみる。
 そしてファルスの試合をみながらドラバルトは、色々と思考を巡らせていたのだった。
 ここは試合会場。
 開始の合図のあとファルスは、ガブルディグと対峙していた。
 お互い攻撃するタイミングを伺っている。

 (……とりあえずは、力を抑えてある。これなら、気絶程度ですむだろう)

 そう思いながらファルスは、どこから攻めるか考えていた。

 (なんなんだ……隙がねぇ。どこから攻めりゃいいってんだよ……バケモンか、コイツ)

 そう考えガブルディグは、ファルスの隙を探る。

 (ほう……思ったよりも、攻めてこない。時間が勿体ないな……そうなると、コッチから動くか)

 そう思いファルスは、ガブルディグへと突進した。

 「動きが雑だっ!」

 そう言い放つとガブルディグは、素早く右に動きファルスを掴もうとする。
 するとファルスは、ガブルディグの視界から消えた。
 そうファルスは、即座に上にジャンプしていたのである。それと同時に、空中で逆さになりガブルディグの両腕を掴んだ。
 その後、両腕を掴んだまま地面に着地する。

 ――グギッ!!――

 何かが折れたような音が微かに響いた。

 「うがあぁぁあああー……」

 そう叫ぶ声が辺りに響き渡る。そうガブルディグは、肩の付け根から見事に腕が折れてしまったのだ。
 そして両腕は、後ろに反っている。それだけではなく、地面に倒れ動けなくなっていた。
 それをみた審判は、ファルスが勝ったことを告げる。
 それを聞きファルスは、入場口へと歩き出した。

 (フゥー……手加減した方がよかったのか? もう少し楽しみたかったが……)

 そう思いながらその場をあとにする。


 ――場所は移り、控室――

 その頃ドラバルトは、ファルスの試合をみて歓喜の余り壁を破壊していた。……って、おいっ!

 (やはりファルスは強い……本当に何者なんだ? ヒュウーマンにしては、強すぎる。それに……前から、神の臭いがしていた。
 それは美鈴やミィレインのせいもあるのかと。だがこの三日間、二人っきりになり……ファルスから神の臭いが強く……)

 そう思考を巡らせながら試合会場を眺めている。

 「んー……まあ、俺たちに悪意を持っている訳じゃない。それならば、なんであろうとも構わないか」

 そう言いドラバルトは、ニヤリと口角を上げた。

 「何が構わないって? というか、ここで何かあったのか……」

 ファルスはそう言いながら部屋の中に入ってくる。

 「いや、なんでもない。んー……あるか。さっき俺を狙ってきたから、返り討ちにしてやった」
 「ああ、なるほど。そのためか、至る所が破壊され焦げているのは……」
 「そういう事だ。それはそうと、対戦相手がかなり減るかもしれん」

 それを聞きファルスは首を傾げた。

 「どういう意味だ?」
 「恐らく俺を襲ったヤツラの中に対戦相手も居ただろうからな」
 「あーそういう事か。じゃあ下手をすれば、すぐにドラバルトとあたる可能性もあるって訳だな」

 そう言うとファルスは、ニヤッと笑みを浮かべる。

 「そうなる……今から、対戦が楽しみだ」

 ドラバルトはそう言いファルスを見据えた。

 「ああ、オレも同じだ」

 それを聞きドラバルトは、ニヤリと口角を上げる。
 そしてその後も二人は、自分たちの順番がくるまで話をしていた。
 ここは闘技場。そして美鈴とミィレインが居る特別観覧席だ。
 あれから美鈴とミィレインは、ファルスの試合をみて興奮していた。

 「ファルス、やっぱり凄いね。だけど腕を折られた人……大丈夫かな?」
 「どうかニャ? でも、折れてるだけだから治ると思うけど」
 「そうだね……あっ! なんだろう?」

 そう言い美鈴は、窓の外に魔道具で映し出された文字を読んでみる。

 「……何があったのかな? トーナメント表が変わるって書いてある」
 「本当ね。んー……もしかしたら、ドラバルトの方で何かあったのかもしれニャいわ」
 「それって、ドラバルトの命が狙われたってこと?」

 美鈴は心配になった。

 「そうでしょうね」
 「大丈夫かなぁ」
 「ドラバルトニャら大丈夫だと思うわよ」

 そう言われ美鈴は首を振る。

 「心配なのは、ドラバルトにやられた人たち」
 「あー……そっちねぇ。確かに、ただじゃすまニャいでしょうね」
 「そうだよなぁ。んー……そうなると、トーナメント表が変わるのって……殆どの出場者はドラバルトを狙って」

 それを聞きミィレインは、コクッと頷いた。

 「なんだかなぁ……なんで、こんなことが起きるんだろうね。争って勝ったとしても……虚しさしか残らないと思うんだけど」
 「それ本心? ミスズは、スイクラム様を恨んでるのよね?」
 「うん、そうだね。だけど、ウチは武力でどうこうしたい訳じゃない。……って、言っても同じかぁ。どのみち、どんな形でも争うことになるだろうし」

 そう言い美鈴は、俯き悲しい表情を浮かべる。

 「ええ、恐らく綺麗ごとじゃすまニャいでしょうね」
 「そうだよなぁ……相手が女神だし、ハハハ……」

 美鈴はそう言うと苦笑する。
 その後も美鈴とミィレインは話をしていた。


 ――場所は、控室へ移る――

 あれからドラバルトとファルスは、窓の外から試合会場をみながら話をしていた。

 「トーナメント表の変更か……何人減る?」
 「どうだろうな……オレには分からん。それはそうと、お前は……このままでいいと思っているのか?」
 「何がだ?」

 そう問い返されファルスは、フゥ―っと息を吐くと話し始める。

 「二つの派閥を、このままにしておくのかってことだ」
 「ああ、そのことか。確かに、このままにしておけんだろうな。しかし、今の俺に何ができる……」
 「でも、このままだと……大きな争いが起きるぞ」

 そう言われドラバルトは、キッと下唇を噛んだ。

 「そうだな……お前の言う通りだ。だが、どうすればいい?」
 「オレも分からん。だが、あとで話し合わないか?」
 「……そうする方がいいか」

 そう言いドラバルトは、目を細めファルスを見据えた。

 「それはそうと……まだ時間がかかるのか?」
 「ファルス、確かに遅いな。トーナメント表を変えるだけで、これほどまでに時間がかかるのか?」

 そうドラバルトが言うとファルスも変だと思い考える。
 それと同時に、いきなり扉が開いた。それに驚き二人は、身構え振り返る。そこには、マルバルトの配下の者が息を切らし立っていた。

 「ハァハァハァ……た、大変です! マルバルト様が…………し、至急……主催者専用観覧席の方に来て下さい!!」

 それを聞きドラバルトは、何事が起きたのかと驚き駆けだす。
 片やファルスは、何か違和感を覚える。そのため警戒をしつつ、ドラバルトのあとを追った。
 ここは美鈴とミィレインが居る特別観覧席。
 美鈴はミィレインと話をしていた。
 すると通路側で何か揉めるような声が聞こえてくる。

 「なんだろう?」
 「何か揉めてるみたいね。ミスズ、二度も同じヤツが襲ってくるとも思えニャいけど……警戒した方がいいかも」

 そう言われ美鈴は、コクリと頷いた。
 そうこうしていると扉が開き、一人の男が入ってくる。その男は、女神崇拝派のドドリギア支部長であるモドルグ・ドラセルゼだ。

 「貴女がミスズ様でしょうか?」

 そう言いながらモドルグは、ミスズの方へと向かってきた。

 「……」

 そう聞かれるも美鈴は、何も言わずモドルグを凝視する。

 「警戒されているのですね。ご安心ください、ミスズ様のことを護るために来たのですから」
 「護るって……誰からですか?」
 「決まっていますよ……貴女の命を狙う魔王崇拝派からにね」

 そう言いモドルグは、手を美鈴に差し出した。
 だが、ミスズはその手を取らない。

 「その必要は、ありません。ウチは、護ってもらわなくても……自分の力でなんとかします」
 「自分の力だけで、どうにかする? それは、困りましたね。貴女には、我々の指揮をとって頂きたかったのですが」
 「そういう事かぁ……元々ウチを担ぎ上げて、自分たちが優位に立ちたいだけ。そういうの……ウチ一番、嫌いなんだよね。悪いけど、断ります」

 それを聞きモドルグは、顔を引きつらせる。

 「これは……思っていたよりも、交渉が難航しそうだ」
 「分かったら、帰ってくれませんか? それに、こんなことはやめてください! 同じ種族で二派に別れて争うなんて……悲しいです」
 「フッ、それをなくすために一つにするのですよ」

 そう言いモドルグは、ミスズを見据える。

 「それって……一つの思考にするってことだよね」
 「まあ……そうですね、そうとも言えますか」
 「人それぞれ思考がある……だから考えの違う人も居るのって当たり前なんだよね。それを一つの考えにするって間違ってると思う」

 それを聞きモドルグは、呆れた表情を浮かべる。

 「だから争いがあるのでは?」
 「確かにそうだね。だけど……それは、どちらも理解し合わないからだと思う。それだけじゃない……お互い間違いを認めないからだよ」
 「……間違い、ですか。何を根拠にそう思うのですか?」

 そう言われ美鈴は、ハァーっと溜息をついた。

 「そもそも、なんでウチが女神側だと思ったの?」
 「それは、どういう事でしょうか。言っている意味も分かりませんし、先程の問いと関係があるのでしょうか?」
 「あるよ。ウチは、そもそも……女神スイクラムに殺されそうになったのっ!」

 それを聞いたモドルグは驚き仰け反る。

 「ま、まさか……あり得ない。我らが女神が……そんな酷いことをするなんて」
 「嘘じゃないよ。実際に何度か殺されそうになったからね」
 「それが本当だとして、なぜそのようなことに?」

 そう言いモドルグは、不思議に思い首を傾げた。
 美鈴はそう問われて、ここまでの間に何があったのかを話せる範囲で説明する。
 その説明をモドルグは、真剣に聞いていた。
 美鈴の話をモドルグは聞いていたが、ふと疑問に思った。

 「……その話が本当だとして、なぜスイクラム様はそれほどまでに勇者を召喚したのでしょう?」
 「沢山召喚してた理由は、自分の好みに合う勇者をみつけてたみたい。ただ召喚された他の人は、元の世界に戻してもらえたらしいけどね」
 「だが……ミスズ様だけが、ダサくて女と云うだけで殺されそうになった。それも何度も……」

 そう言いモドルグは思考を巡らせる。

 「うん……だけどね。最初は、ヴァウロイとエリュードに助けてもらった。二度目はドラバルトで、三度目がファルスに……」
 「ドラバルトがミスズ様を助けた? 待ってください……そんなことあり得ませんっ!」
 「なんでそう思うの? ウチはあの時、ドラバルトが居なければ……本当に死んでいたかも。ううん……運よく居た洞窟に転送されたお陰もあるけどね」

 それを聞くもモドルグは、納得いかないでいた。

 「……もしそうだとして、なぜドラバルトがミスズ様を……」
 「なぜかは分からない。自分が助かりたかったからかもしれないし……」
 「そういえば、ドラバルトは別の姿に変えられていたと言っていましたね?」

 そう問われ美鈴は、コクッと頷く。

 「その姿にならないように完全に術を、ウチが解除した。まあ、そのせいでドラバルトは……ウチの下僕になっちゃったんだけどね」

 それを聞いたモドルグは、驚き仰け反る。

 「あ、あり得ない……あのプライドの塊のような男が……。いくら変えられた姿が嫌だったとしても、下僕になってまで元に戻ろうとするのでしょうか」
 「でも、戻るためならウチの下僕になっても構わない……そう言ってくれた」
 「それが本当ならば……今のドラバルトは、魔王と何の関係もない」

 そう言いながらもモドルグは戸惑っていた。

 「うん、多分そうなると思う。でも、女神側って訳じゃないよ」
 「なるほど……そうなると、ミスズ様がどっちに付くかでドラバルトは……」

 モドルグはそう言うと、ニヤリと笑みを浮かべる。

 「ちょ、待って……何を考えてるの?」
 「決まっていますよ。これは何がなんでも、ミスズ様にコッチについて頂かねばと」
 「だから、ウチはどっちにもつかないって言ってるでしょっ!」

 そう言い美鈴は、モドルグを睨んだ。

 「それで、威嚇しているおつもりか? 召喚された勇者だとて、やはり女性ですね……可愛らしい」
 「馬鹿にしているの?」
 「いえ、そんなつもりはありません。ただ、ミスズ様には戦闘など似合わないと思っただけですよ」

 モドルグはそう言いながら美鈴に近寄ろうとした。
 するとそれをみていたミィレインは、美鈴の前までくる。その後、即座に水の壁を目の前に張った。

 「水の守護精霊か……それが現れているという事は、勇者に近い存在。やはり、ほっとけませんね」
 「それって、どういう事? もしかして……ミィレイン、知ってたの?」
 「そうねぇ……でもミスズは、それを望んでいニャいみたいだったから……敢えて言わニャかったのよ」

 それを聞き美鈴は戸惑う。

 「なるほど……知らなかったようですね。ですが、スイクラム様は……気づいていないのでしょうか?」
 「どうだろう……もし気づいていたら、更に狙ってくるかもしれない」
 「そうだとすれば、スイクラム様は余程ミスズ様のことを嫌っているという事ですね。でも、信じられません……どうしても」

 そう言いモドルグは、更に分からなくなり混乱する。
 そしてその後も美鈴とモドルグとミィレインは、結論が出るまで話をしていたのだった。
 ここは闘技場の通路。
 あれからドラバルトとファルスは、マルバルトの配下の者と主催者用特別観覧席へ向かっていた。
 するとマルバルトの配下の者は、いきなり立ちどまる。
 それをみてドラバルトとファルスは静止した。

 「どうした? なぜ立ちどまる」

 そうドラバルトが問いかけるとマルバルトの配下の者は、ニヤリと笑みを浮かべ右手を上げる。
 それと同時に、大きな檻が降ってきた。

 「まずいっ!?」

 そう言いながらファルスは、渾身の力でドラバルトを殴る。
 その声に気づくもドラバルトは、余りにも速かったため何がなんだか分からないままファルスの一撃をくらった。
 そして、そのままマルバルトの配下の者の方へ吹き飛ばされる。

 「グハッ!」

 床に叩きつけられたドラバルトは、マルバルトの配下の者を下にした状態で起きあがった。そして、ペッと口の中の血を吐くとファルスを睨んだ。

 「なんのつもりだぁっ!?」

 そう怒鳴ったあとのドラバルトの表情は、驚きに変わっていた。
 そう、大きな檻の中にファルスが居たからである。

 「これは……どういう事だ?」

 そう言いドラバルトは、自分の下に居るマルバルトの配下の者へ視線を向けた。その後、脇へ退ける。そして、持っていた鎖で拘束した。

 「気絶しているだけか」

 マルバルトの配下の者をみたあとファルスの方へ視線を向ける。

 「ファルス、すまない」
 「それは、構わん。それよりも、この檻をどうにかしないとな」

 そう言いながらファルスは、檻の金属でできた格子に手で触れてみた。

 「ウッ……」

 すると、手を伝い電気が全身を巡る。それと同時に、慌てて持っていた格子を離した。

 「大丈夫か、ファルス!」
 「ああ、問題ない。少し手の一部が焦げたけどな」

 そう言いファルスは、自分の手をみる。……その程度で済むって、流石は神だ。

 「それならばよいのだが……出れそうか?」
 「今すぐには無理かもしれん。ドラバルト、これには……何かあるかもしれない。お前は、マルバルトさんの所へ行け!」
 「そうだな。これが俺を捕まえるだけのことなら、父上は無事なはず」

 そうドラバルトは言い、走り出そうとする。

 「……待て、ドラバルト。もしそうだったなら、ミスズの方へ向かえ」

 それを聞きドラバルトは、立ちどまりファルスの方を向いた。

 「なるほど、それはあり得る……分かった!」
 「オレは、この檻から出たらミスズの方へ向かう」

 それを聞きドラバルトは、コクッと頷き主催者専用観覧席の方へ駆けだす。
 それを確認するとファルスは、グルリと周囲を見回した。

 (行ったか……。うむ、それに誰も居ないな。下手に神の力を使えばバレる。……用心だけはしておくか)

 そう言いファルスは、両手を真上に掲げる。その後、神語で唱え自分の周辺に偽の映像を映し出す結界を張り巡らした。

 「これでいい。さて、破壊するか」

 ファルスはそう言うと、再び両手で格子を握り締める。そして電流が放たれる前に、素早く全身に力を込め両手に熱量を溜めた。それと同時に、高熱のエネルギーを解き放つ……。
 すると高熱により格子は、ドロドロにとろける。

 「これでいいか、じゃあ解除しないとな」

 そう言いファルスは、パチンっと指を弾く。それと同時に、パッと結界が解除された。
 その後ファルスは、檻の外へとでる。

 「さてと……ミスズの所に行くか」

 そう言いファルスは、ミスズが居る特別観覧席へと向かった。
 ここは主催者用観覧席。
 あれからドラバルトはここにくる。そして部屋に入るなり、自分を攻撃してくる者を倒していった。その後、血を流し床に倒れているマルバルトへと駆け寄る。

 「……フゥー、よかった生きてる。だが……これは、どういう事なんだ?」

 そう言いドラバルトは、持っていた回復薬をマルバルトに飲ませた。
 するとマルバルトは、徐々に瞼を開いていく。

 「ウッ……う、うん。……ドラバルト、か」
 「いったい何があったのです!」

 ドラバルトはそう言い、マルバルトを心配する。

 「すまん……まさか部下の中に、女神崇拝派の者が居るとは思わなかった。それも……一人ではない」
 「なぜ父上を狙う必要が……」
 「ドラバルトを裏切るように言われたのだ」

 マルバルトはそう言い無作為に一点をみつめた。

 「もしかして、それを断ったのですか?」
 「勿論だ。自分の子供を裏切る訳がないだろ!」
 「そのせいで父上は……」

 そう言うとドラバルトは、苦痛の表情を浮かべる。

 「ドラバルト、そんな顔をするな……お前らしくないぞ」
 「そうだな。それで、父上を狙った女神推進派の者たちは?」
 「もしかしったら、ミスズの所に向かったかもしれん」

 それを聞きドラバルトは、マルバルトをみた。

 「やはりそうか……父上、申し訳ないが……俺はミスズの下に向かう」
 「ああ、私は大丈夫だ。早く行けっ!」

 そう言われドラバルトは、頷き駆けだす。そして部屋を出ると、美鈴の下へ急ぎ向かった。
 それを確認するとマルバルトは、ゆっくりと立ち上がる。その後、部屋の中を見渡した。

 (ドラバルトがやったのか? 数名の者が倒れている。見た限り……死んでいない。なるほど……里を出て、かなり成長したようだな)

 そう思いながらマルバルトは、目を細め笑みを浮かべる。そのあと、ゆっくりと歩き出し部屋の片づけを始めた。

 ✲✶✲✶✲✶

 ここは美鈴とミィレインが居る特別観覧席。
 美鈴とミィレインは、あれからずっとモドルグと話をしている。

 「何度も言うけどね。ウチは女神崇拝派や魔王崇拝派の、どっちにもつく気なんかないから」
 「それは困ります。ミスズ様がスイクラム様を嫌いなのは分かりました。ですが貴女には……勇者として……いいえ、女性ですので聖女ですね」
 「あーえっと、ねぇ。勇者の次は、聖女? どんなに良い言葉を並べても、ウチはその気にはならないよ」

 そう言い美鈴は、モドルグを睨んだ。

 「ああ……ここまで頑固な女性をみたことがない」

 モドルグはそう言い、美鈴の手をとる。そして、ウットリしながら美鈴をみた。
 そこにファルスが部屋の中に入ってくる。と同時に、今ある光景をみて目が点になる。
 そうモドルグが美鈴の手にキスをしていたからだ。
 因みに美鈴は、いきなりのことで困惑していた。勿論、顔は真っ赤である。

 「ハッ、これはいったいどうなっている?」

 その声を聞き美鈴とミィレインとモドルグは、ファルスの方をみる。

 「これは……ミスズ様のお仲間ですね。確か……ファルスでしたか」
 「ああ、そうだが……ミスズをどうするつもりだ?」
 「どうもしませんよ。ただ、ここまで芯の強い女性にはあったことがありません。そのためかは分かりませんが、好きになってしまったかもしれない」

 それを聞き美鈴は、更に困惑する。そう美鈴は、今でもエリュードが好きだ。
 だが先程マルバルトに、ドラバルトは美鈴のことを好きかもしれないと言われた。
 そして今、モドルグの口から好きになってしまったかもしれないと言われる。
 それらが美鈴の頭をグルグルと駆け巡り、どうしたらいいのか分からなくなっていた。

 一方ファルスはそれを聞き、なぜか今までにない感情を抱いていることに気づく。

 (なんだ……この怒りにも似た感情は……)

 そう思いファルスは、無意識にモドルグを睨んでいた。