「無」能力だけど有能みたいです〜無能転移者のドタバタ冒険記〜②《激闘の章》

 ここは闘技場。試合の方は既に始まっていた。
 ドラバルトとファルスは、試合をみていたが飽きてくる。
 そのため自分たちの番がくるまで、闘技場の中をみて歩くことにした。

 そして現在、二人は通路を歩きながら話をしている。

 「俺が狙われている。ならば……ここを歩いていれば、襲ってくる可能性はあるな」
 「だろうな。それを分かっていながら……なんで、ウロウロしている?」
 「フッ、それが分かっていて……ジッとしていられるかっ!」

 そう言いドラバルトは、ジーっと無作為にみつめた。

 「確かにそうだな。オレも同じ立場だったら、そうするだろう」
 「そういう事だ。だが、思ったよりもくいついてこないな」
 「そういえば……そうだが、油断はするなよ」

 ドラバルトはそう言われ頷く。
 そうこう話をしながら二人は通路を歩いていた。


 ――場所は、美鈴の居る観覧席へ移る――

 美鈴とミィレインは、覗き窓から試合を観戦していた。

 「うわぁー、みんな強いなぁ」
 「そうね……でも、あの二人ニャら簡単に倒せると思うわ」
 「うん、そうだね。早く二人の対戦みたいなぁ」

 そう言い美鈴は、ワクワクしながら試合をみている。
 と、その時……通路側で物音がした。
 それに気づき美鈴とミィレインは、扉の方へ視線を向ける。

 「なんの音だろう?」
 「ミスズ、気をつけて! なんか嫌な感じがするわ」

 ミィレインはそう言い警戒をした。

 「うん、ウチも嫌な予感しかしない」

 そう言うと美鈴は、いつでも能力が使えるように身構える。
 すると扉が、ガチャガチャと音がした。
 美鈴は普通じゃないと思い、即座にメニュー画面を開き操作する。その後、全体と攻撃を選びスロットを回した。

 ――バキッ!!――

 それを待ってくれる訳もなく、もの凄い音をたてて扉が破壊される。……恐らく、どんなことをしても扉が開かなかったのだろう。
 ミィレインは美鈴の前にくると、即座に水の防壁を張った。
 すると運よくスロットが停止する。そして、出たのは【攻】だ。
 その間、部屋の中に入って来たのは魔王崇拝派の二人である。……因みに、見張りが通路側に三人いた。

 「考えてる暇がない! ミィレイン退いて!!」

 そう言われミィレインは、右側にズレる。
 それを確認すると、向かいくる二人に両手を翳した。
 ……因みに、どちらも覆面と黒装束である。その一人は可愛らしい雰囲気の女性、もう片方が背の高い痩せ型の男だ。

 《攻撃無効!!》

 美鈴はそう言い放った。すると、魔王崇拝派の二人の全身が眩く光る。
 その言葉を聞くも魔王崇拝派の二人は、言っていることが理解できない。そのため、美鈴とミィレインへと攻撃を仕掛けようとした。
 背の高い男はミィレインを殴ろうとするが、狙いがずれて当たらない。それを何度も繰り返すが無理だ。

 「クソッ……なんで当たらない!?」

 片や可愛い雰囲気の女性は、両手に電気の球を溜めると美鈴へ何発も放った。だがその電気の球は美鈴に当たらず、四方八方へ飛び壺や壁や床などを破壊する。

 「これは……いったい、何をしたのかしら」

 そう言い可愛い雰囲気の女性は、覆面のしたから美鈴を睨んだ。

 「何って、ウチは能力を使っただけだけど」
 「能力……異能力ね。どんな能力か知らないけれど、使わせなければいいだけかしら」

 可愛い雰囲気の女性はそう言い戦闘態勢に入る。
 そして背の高い男も、攻撃体勢に入った。
 それをみた美鈴とミィレインは身構える。
 そしてその後も美鈴とミィレインは、魔王崇拝者である二人の相手をしていたのだった。
 ここは闘技場の通路。
 ドラバルトとファルスは、通路を走っていた。そう、何かを破壊したような音が微かに聞こえてきたからだ。

 そして現在、ドラバルトとファルスは音がした方へと走り向かっている。

 「あの音は、何かを破壊した音だ」
 「ああ、オレも微かに聞こえた」
 「ファルス、なんか嫌な予感がする……急ぐぞ!」

 そうドラバルトが言うとファルスは頷いた。

 ✶✲✶✲✶✲

 ここは美鈴とミィレインが居る特別観覧席。
 あれから美鈴とミィレインは、魔王崇拝派の二人と戦いを続けている。と言っても、ほぼ美鈴とミィレインはみているだけだ。

 そして美鈴は現在、メニュー画面をみていた。
 魔王崇拝派の二人は、あらゆる攻撃を美鈴とミィレインにしている。だが、当たらないようだ。

 (あと五分か。効いている時間が分かるようになったから、能力を続けて出せるんだよね)

 そう思い美鈴は、メニュー画面を操作し始める。
 すると、見張りをしていた魔王崇拝派の一人が部屋に入ってきた。

 「二人共、まずいわ……ドラバルト様が誰かとこっちに向かって来てる」

 それを聞き魔王崇拝派の二人は、攻撃をやめる。

 「悔しいですわ。ですが、ここは撤退するしかありません。次は、必ず仕留める……首を洗って待っているといいのかしら」
 「そういう事です。では、早く逃げましょう」

 それを聞き可愛い雰囲気の女性は頷いた。
 その後、魔王崇拝派の二人は扉へと駆けだす。

 「待って! なんでウチのことを狙うの?」

 美鈴はそう問いかける。
 すると、可愛い雰囲気の女性は立ちどまった。そして振り返ると、美鈴へ視線を向ける。

 「なぜ狙われたか? 自分の胸に聞いてみたらどうかしら」
 「分からないから、聞いてるんでしょ!」

 それを聞くも可愛い雰囲気の女性は、仲間と共に部屋から走り出ていった。

 「いったいなんなのよ。あーあ、ツボ割っちゃった。これ……あとで弁償だよね」
 「そうニャるわね。これ……相当な金額がとぶわよ」

 そう言われ美鈴は苦笑する。

 「とりあえず片づけよっか」

 美鈴はそう言い片付け出した。
 それをみたミィレインも片付け始める。

 ✲✶✲✶✲✶

 美鈴とミィレインが片付けをしていると、息を切らしドラバルトは部屋に入ってきた。

 「ハァハァハァ…………ミスズ……いったい、これは何があったのだ!?」

 そう言いドラバルトは、周囲をみたあと美鈴のことが心配になり視線を向ける。

 「これは……酷いな。ミスズ、何があった?」

 ファルスは部屋に入るなり、余りにも部屋の中が酷かったためそう問いかけた。

 「ドラバルトにファルス、んー……実はね――」

 そう言い美鈴は、ミィレインとさっきまで何があったのかを説明する。

 「……覆面に黒装束、なんで狙われたのだ?」
 「ドラバルト、それが分からないの。逃げる間際に聞いたけど、自分の胸に聞けって……どう考えても心当たりがなくて」
 「なるほど……ドラバルトだけではなく、ミスズも狙われているという事だな」

 ファルスはそう言うと、真剣な表情で考え始めた。

 「えっ! ドラバルトもなの?」
 「ミスズ、ああ……断言はできんが……そうらしい」

 そう言うとドラバルトは、険しい表情で無作為に睨んだ。
 そしてその後も美鈴たちは、片付けながら話をしていたのだった。
 ここは闘技場の美鈴とミィレインが居る特別観覧席。

 あれからドラバルトはマルバルトの居る主催者専用観覧席へ向かった。
 主催者専用観覧席までくるとドラバルトは、マルバルトに会い何があったかを説明する。
 それを聞いたマルバルトは、自分の部下と共に美鈴の居る特別観覧席に向かった。

 そして現在、美鈴とミィレインとドラバルトとファルスとマルバルトは話をしている。
 その周辺では、数名のマルバルトの配下の者が部屋の片づけをしていた。

 「なんてことだ。部下が数名……やられていた。まさか、こんなことに……」

 マルバルトは険しい表情で一点をみつめる。

 「父上……その様子では、もしかしてこうなることを予想してたのか?」
 「ああ、魔王崇拝派と女神崇拝派が動くとすれば今日だと思っていたからな」
 「……まさか、二つの派閥が存在しているのか?」

 驚きファルスはそう問いかけた。

 「そうなる……困ったことにな」
 「それじゃ、ウチを狙ったのって?」
 「恐らく、魔王崇拝派の者たちだろう」

 それを聞き美鈴は首を傾げる。

 「んー……いまいち分からない。どうして魔王崇拝派が、ウチの命を狙うの?」
 「もしかして、ミスズが女神に召喚された勇者だからか?」
 「ドラバルト、そういう事なんだろうな」

 それを聞きドラバルトは、怒りを露わにした。

 「それだけで、ミスズの命を狙ったと云うのか……許せん!! そいつらは、どこに居るんだ!?」
 「落ち着かんか、ドラバルト! そのことも踏まえ、話せばならんことが他にもある」
 「他にも……俺を狙っているヤツらのか?」

 そう言いドラバルトはマルバルトをみる。

 「既に狙われたのか?」
 「いや、まだ狙われていない。ただ大会の様子が、おかしいように感じた」
 「そういう事か……それは当たっている。この大会には、数名の女神崇拝派が参加しているからな」

 ドラバルトはそれを聞き複雑な思いを抱いた。

 「俺の居なかった期間、いったい何が起こったと云うんだ」

 そうドラバルトが言うとマルバルトは、何が起きたのかを説明する。

 「……馬鹿げてる。たかが、好きごのみだけのために……派閥ができただと」
 「そうなるな。だが、女神崇拝派は規模が大きい」
 「それって、他の地域にも多数の信者がいるってこと?」

 そう美鈴が聞くとマルバルトは、コクッと頷いた。

 「じゃあ……魔王崇拝派は、ここだけなのか?」
 「ドラバルト、それは分からん。だが、少ないのは確かだ」
 「それで、どっちの派閥も誰が指揮をとっているのか知っているってことか?」

 そうファルスに問われマルバルトは、少し悩んだあと話し始める。

 「ああ……勿論だ。それにドラバルト……魔王崇拝派の指揮をとっている者は、お前も知っている」
 「それは、いったい誰なんだ?」
 「ミャルモだ。お前が覚えているか分からぬがな」

 それを聞きドラバルトは、一気に血の気が引いた。

 「まさか……でもなんで?」
 「ドラバルト、知ってるの?」
 「ああ、ミスズ……俺の妹だ」

 それを聞き美鈴とミィレインとファルスは驚く。
 そしてその後も美鈴たちは、マルバルトから話を聞いていたのだった。
 美鈴を襲った魔王崇拝派の一人がドラバルトの妹であるミャルモ・バッセルだった。
 それを聞いた美鈴は、複雑な気持ちになる。
 片やドラバルトは、なんでだと思い頭を抱えていた。

 そして美鈴たちは現在、そのことについて話をしている。

 「ドラバルトの妹が、ウチの命を狙った……」
 「そうらしい……すまん、ミスズ。まさか、ミャルモが……」
 「うむ……ミャルモは、母親のリャルモと別に暮らしている。それ故に、居場所は分かっていても監視ができんのだ」

 そう言いマルバルトは、つらそうな表情で俯いていた。

 「だが、そもそも……なぜ母上と別に暮らしているのです?」
 「ドラバルト……実はな。昔、お前のことで喧嘩したのだ」
 「そういう事か……俺のせいで。でも、それならなんで……ミャルモが魔王崇拝派を指揮している?」

 そうドラバルトに聞かれマルバルトは、ハァーっと溜息をつく。

 「リャルモは、お前を庇って出ていったのだ。そして、ミャルモは……お前をしたっておった。ここまで言えば分かるな」
 「じゃあ父上は……」
 「いや、お前を庇いたい気持ちはある。だが立場上、どちらにもつけぬ」

 そう言いマルバルトは、つらい表情を浮かべる。

 「それで、別居という事か……」
 「ああ……こればかりは、どうにもならんからな」
 「大変だね。ウチにできることがあればいいんだけど」

 それを聞きマルバルトは、美鈴に視線を向けた。

 「うむ……ミスズは、どっちの派閥につきたいのだ?」
 「どっちって……。ウチはスイクラムが嫌い、だからって……魔王を良いと云うのも違うと思う。だから……どっちの派閥も嫌かな」
 「なるほど……だが恐らく女神崇拝派は、ミスズを担ぎ上げるだろうな」

 そう言われ美鈴は、ムッとする。

 「ウチは、そうなったとしても断る。それで、どっちの派閥に狙われたとしても……女神も魔王も嫌だから」
 「ワハハハハッ……ミスズらしい。そうだな……まずは、ミャルモをどうにかする必要がある」

 そうドラバルトが言うと美鈴たちは頷いた。
 その後ドラバルトとファルスは、順番がまわってくるので控室へ向かう。
 それを確認するとマルバルトは、美鈴を見据える。

 「ミスズ……単刀直入に聞く、ドラバルトをどう思っている?」
 「そうだなぁ……乱暴なところはあるけど、優しいなぁと思える時もある」
 「そうか……そうだな。では、好きか嫌いでなら……どっちだ?」

 そう聞かれ美鈴は、ニコッと笑った。

 「それなら、好きかな」
 「それは、男としてか?」
 「……それはないと思う。ウチには、好きな人が居るから……」

 そう言い美鈴は、遠くをみつめる。

 「なるほど……その者は、ミスズの世界の者か?」
 「ううん……違います。この世界に来て出逢った人……スイクラムのせいで、離ればなれになっちゃったけどね」
 「……そのことをドラバルトは知っているのか?」

 そう問われ美鈴は、コクリと頷いた。

 「ドラバルトに逢った時に話しました」
 「そうなのだな……もしドラバルトが、ミスズのことを女性として好きと言ったらどうする?」
 「……」

 それを聞き美鈴の思考が停止する。そう、思ってもいなかったことを言われたからだ。

 「どうした? まあ……本人から聞いた訳ではないがな。ドラバルトのミスズへの接し方が、そのように感じたのだ」

 そう言いマルバルトは、少し考えたあと再び口を開いた。

 「フゥ……ドラバルトも、自分の気持ちには気づいておらんみたいだが」
 「待ってください。もしそうだとしたら……でも……どう応えたらいいか……」
 「うむ、今どうしろという事ではない。ただ、ミスズの気持ちを聞いておきたかっただけだ」

 そう言いマルバルトは、ニコリと笑う。
 しかし美鈴は、なぜか不思議な感覚に襲われていた。

 (ウチはエリュードが好き。だけど、なんだろう……。マルバルトさんに言われてから変だ。どうしよう……真面にドラバルトの顔をみれるかなぁ。
 ……と、いうか。まだドラバルトが、ウチのことを好きって決まった訳じゃない。そう、そうだよね……マルバルトさんの思い過ごしかもしれないし)

 そう思い美鈴は、気持ちを入れ替える。
 そしてその後も美鈴は、部屋の片づけが終えるまでマルバルトと話をしていたのだった。
 ここは美鈴とミィレインが居る特別観覧席。
 あれから片づけが終わるとマルバルトと配下の者は、部屋を出て主催者用観覧席へ戻っていた。勿論、警備を強化してだ。
 それと因みに、ただ片づけただけで部屋の中は至る所が破壊されている。

 美鈴は現在、そろそろファルスの番だと思い窓から試合会場をみていた。

 「次、ファルスの番かぁ」
 「そうね。まぁ簡単に勝つでしょうけど」
 「うん、ファルスは強いから」

 そう言い美鈴は、ミィレインをみる。

 ✲✶✲✶✲✶

 その頃ファルスは、入場口で待機していた。そのそばには、対戦相手と思われる黄緑色の髪で体格のいい竜人族の男が居てファルスを睨みみている。

 (……オレを警戒しているのか? まあそうだろうがな。ドラバルトと一緒にいるのだから、魔王と関係していると思われてもおかしくない)

 そう思っているとファルスの番がまわってきた。そのため入場口から会場へ向かう。
 そのあとを黄緑の髪の男が追った。

 ✶✲✶✲✶✲

 ここは試合会場。観覧席から、ドッと歓声が上がる。
 そうファルスの相手は、ナンバースリーの実力者だ。

 名前はカブルディグ・ドヴィス、年齢不詳。女神崇拝派の一人で、ドドリギア支部の最高幹部である。
 因みにナンバーワンは、ドラバルトだ。いや、本来ならガブルディグはナンバーツーだった。
 だがドラバルトが生きていたため、ナンバースリーに降格されたのである。
 ……ってことは、ここでファルスが勝ったら……更に降格だね。

 そしてファルスとガブルディグは、お互い身構え睨み合っていた。


 ――場所は、控室へと移る――

 あれからドラバルトは、覗き窓から試合会場をみていた。
 だが、控室に人が増えたことに違和感を覚える。

 (……さっきまで、こんなに居なかったはず。それに、人数的に……どうみても出場者よりも多いな。フッ……ってことは、そういう事だ)

 そう思いドラバルトは、警戒しつつ窓の外をみていた。
 するとファルスの試合が開始される。
 それと同時に数十人もの男たちが、ドラバルトへ攻撃を仕掛けていった。

 「戯けが……フッ、甘いわっ!」

 そう叫びドラバルトはそのままの体勢で、即座に両手を上に掲げる。

 《雷竜(ゲソチュツ)放電(ロツゲソ)乱撃(カソベニ)っ!!》

 そう唱えると一瞬の内に両手のひらに電気が集まり、それと同時に周囲へと無作為に放たれた。
 それに気づくもドラバルトを狙う者たちは、逃げることもできず。

 ――うわぁぁぁぁぁぁぁ……――

 真面に電撃を浴びそう叫び、バタバタと倒れる。
 するとドラバルトは、振り返り状況を確認した。

 「この程度の人数で、俺を殺せると思ったのか? ふざけているとしか思えん」

 そう言い倒れている者たちを見据える。
 その後、何事かと通路側で待機していた警備の者たちが慌てて入ってくる。
 それをみてドラバルトは、更に呆れた表情を浮かべた。
 その後、警備の者たちは救援を呼び床に倒れている者たちを救護室へ連れていく。
 それを確認するとドラバルトは、溜息をついたあと再びファルスの試合をみる。
 そしてファルスの試合をみながらドラバルトは、色々と思考を巡らせていたのだった。
 ここは試合会場。
 開始の合図のあとファルスは、ガブルディグと対峙していた。
 お互い攻撃するタイミングを伺っている。

 (……とりあえずは、力を抑えてある。これなら、気絶程度ですむだろう)

 そう思いながらファルスは、どこから攻めるか考えていた。

 (なんなんだ……隙がねぇ。どこから攻めりゃいいってんだよ……バケモンか、コイツ)

 そう考えガブルディグは、ファルスの隙を探る。

 (ほう……思ったよりも、攻めてこない。時間が勿体ないな……そうなると、コッチから動くか)

 そう思いファルスは、ガブルディグへと突進した。

 「動きが雑だっ!」

 そう言い放つとガブルディグは、素早く右に動きファルスを掴もうとする。
 するとファルスは、ガブルディグの視界から消えた。
 そうファルスは、即座に上にジャンプしていたのである。それと同時に、空中で逆さになりガブルディグの両腕を掴んだ。
 その後、両腕を掴んだまま地面に着地する。

 ――グギッ!!――

 何かが折れたような音が微かに響いた。

 「うがあぁぁあああー……」

 そう叫ぶ声が辺りに響き渡る。そうガブルディグは、肩の付け根から見事に腕が折れてしまったのだ。
 そして両腕は、後ろに反っている。それだけではなく、地面に倒れ動けなくなっていた。
 それをみた審判は、ファルスが勝ったことを告げる。
 それを聞きファルスは、入場口へと歩き出した。

 (フゥー……手加減した方がよかったのか? もう少し楽しみたかったが……)

 そう思いながらその場をあとにする。


 ――場所は移り、控室――

 その頃ドラバルトは、ファルスの試合をみて歓喜の余り壁を破壊していた。……って、おいっ!

 (やはりファルスは強い……本当に何者なんだ? ヒュウーマンにしては、強すぎる。それに……前から、神の臭いがしていた。
 それは美鈴やミィレインのせいもあるのかと。だがこの三日間、二人っきりになり……ファルスから神の臭いが強く……)

 そう思考を巡らせながら試合会場を眺めている。

 「んー……まあ、俺たちに悪意を持っている訳じゃない。それならば、なんであろうとも構わないか」

 そう言いドラバルトは、ニヤリと口角を上げた。

 「何が構わないって? というか、ここで何かあったのか……」

 ファルスはそう言いながら部屋の中に入ってくる。

 「いや、なんでもない。んー……あるか。さっき俺を狙ってきたから、返り討ちにしてやった」
 「ああ、なるほど。そのためか、至る所が破壊され焦げているのは……」
 「そういう事だ。それはそうと、対戦相手がかなり減るかもしれん」

 それを聞きファルスは首を傾げた。

 「どういう意味だ?」
 「恐らく俺を襲ったヤツラの中に対戦相手も居ただろうからな」
 「あーそういう事か。じゃあ下手をすれば、すぐにドラバルトとあたる可能性もあるって訳だな」

 そう言うとファルスは、ニヤッと笑みを浮かべる。

 「そうなる……今から、対戦が楽しみだ」

 ドラバルトはそう言いファルスを見据えた。

 「ああ、オレも同じだ」

 それを聞きドラバルトは、ニヤリと口角を上げる。
 そしてその後も二人は、自分たちの順番がくるまで話をしていた。
 ここは闘技場。そして美鈴とミィレインが居る特別観覧席だ。
 あれから美鈴とミィレインは、ファルスの試合をみて興奮していた。

 「ファルス、やっぱり凄いね。だけど腕を折られた人……大丈夫かな?」
 「どうかニャ? でも、折れてるだけだから治ると思うけど」
 「そうだね……あっ! なんだろう?」

 そう言い美鈴は、窓の外に魔道具で映し出された文字を読んでみる。

 「……何があったのかな? トーナメント表が変わるって書いてある」
 「本当ね。んー……もしかしたら、ドラバルトの方で何かあったのかもしれニャいわ」
 「それって、ドラバルトの命が狙われたってこと?」

 美鈴は心配になった。

 「そうでしょうね」
 「大丈夫かなぁ」
 「ドラバルトニャら大丈夫だと思うわよ」

 そう言われ美鈴は首を振る。

 「心配なのは、ドラバルトにやられた人たち」
 「あー……そっちねぇ。確かに、ただじゃすまニャいでしょうね」
 「そうだよなぁ。んー……そうなると、トーナメント表が変わるのって……殆どの出場者はドラバルトを狙って」

 それを聞きミィレインは、コクッと頷いた。

 「なんだかなぁ……なんで、こんなことが起きるんだろうね。争って勝ったとしても……虚しさしか残らないと思うんだけど」
 「それ本心? ミスズは、スイクラム様を恨んでるのよね?」
 「うん、そうだね。だけど、ウチは武力でどうこうしたい訳じゃない。……って、言っても同じかぁ。どのみち、どんな形でも争うことになるだろうし」

 そう言い美鈴は、俯き悲しい表情を浮かべる。

 「ええ、恐らく綺麗ごとじゃすまニャいでしょうね」
 「そうだよなぁ……相手が女神だし、ハハハ……」

 美鈴はそう言うと苦笑する。
 その後も美鈴とミィレインは話をしていた。


 ――場所は、控室へ移る――

 あれからドラバルトとファルスは、窓の外から試合会場をみながら話をしていた。

 「トーナメント表の変更か……何人減る?」
 「どうだろうな……オレには分からん。それはそうと、お前は……このままでいいと思っているのか?」
 「何がだ?」

 そう問い返されファルスは、フゥ―っと息を吐くと話し始める。

 「二つの派閥を、このままにしておくのかってことだ」
 「ああ、そのことか。確かに、このままにしておけんだろうな。しかし、今の俺に何ができる……」
 「でも、このままだと……大きな争いが起きるぞ」

 そう言われドラバルトは、キッと下唇を噛んだ。

 「そうだな……お前の言う通りだ。だが、どうすればいい?」
 「オレも分からん。だが、あとで話し合わないか?」
 「……そうする方がいいか」

 そう言いドラバルトは、目を細めファルスを見据えた。

 「それはそうと……まだ時間がかかるのか?」
 「ファルス、確かに遅いな。トーナメント表を変えるだけで、これほどまでに時間がかかるのか?」

 そうドラバルトが言うとファルスも変だと思い考える。
 それと同時に、いきなり扉が開いた。それに驚き二人は、身構え振り返る。そこには、マルバルトの配下の者が息を切らし立っていた。

 「ハァハァハァ……た、大変です! マルバルト様が…………し、至急……主催者専用観覧席の方に来て下さい!!」

 それを聞きドラバルトは、何事が起きたのかと驚き駆けだす。
 片やファルスは、何か違和感を覚える。そのため警戒をしつつ、ドラバルトのあとを追った。
 ここは美鈴とミィレインが居る特別観覧席。
 美鈴はミィレインと話をしていた。
 すると通路側で何か揉めるような声が聞こえてくる。

 「なんだろう?」
 「何か揉めてるみたいね。ミスズ、二度も同じヤツが襲ってくるとも思えニャいけど……警戒した方がいいかも」

 そう言われ美鈴は、コクリと頷いた。
 そうこうしていると扉が開き、一人の男が入ってくる。その男は、女神崇拝派のドドリギア支部長であるモドルグ・ドラセルゼだ。

 「貴女がミスズ様でしょうか?」

 そう言いながらモドルグは、ミスズの方へと向かってきた。

 「……」

 そう聞かれるも美鈴は、何も言わずモドルグを凝視する。

 「警戒されているのですね。ご安心ください、ミスズ様のことを護るために来たのですから」
 「護るって……誰からですか?」
 「決まっていますよ……貴女の命を狙う魔王崇拝派からにね」

 そう言いモドルグは、手を美鈴に差し出した。
 だが、ミスズはその手を取らない。

 「その必要は、ありません。ウチは、護ってもらわなくても……自分の力でなんとかします」
 「自分の力だけで、どうにかする? それは、困りましたね。貴女には、我々の指揮をとって頂きたかったのですが」
 「そういう事かぁ……元々ウチを担ぎ上げて、自分たちが優位に立ちたいだけ。そういうの……ウチ一番、嫌いなんだよね。悪いけど、断ります」

 それを聞きモドルグは、顔を引きつらせる。

 「これは……思っていたよりも、交渉が難航しそうだ」
 「分かったら、帰ってくれませんか? それに、こんなことはやめてください! 同じ種族で二派に別れて争うなんて……悲しいです」
 「フッ、それをなくすために一つにするのですよ」

 そう言いモドルグは、ミスズを見据える。

 「それって……一つの思考にするってことだよね」
 「まあ……そうですね、そうとも言えますか」
 「人それぞれ思考がある……だから考えの違う人も居るのって当たり前なんだよね。それを一つの考えにするって間違ってると思う」

 それを聞きモドルグは、呆れた表情を浮かべる。

 「だから争いがあるのでは?」
 「確かにそうだね。だけど……それは、どちらも理解し合わないからだと思う。それだけじゃない……お互い間違いを認めないからだよ」
 「……間違い、ですか。何を根拠にそう思うのですか?」

 そう言われ美鈴は、ハァーっと溜息をついた。

 「そもそも、なんでウチが女神側だと思ったの?」
 「それは、どういう事でしょうか。言っている意味も分かりませんし、先程の問いと関係があるのでしょうか?」
 「あるよ。ウチは、そもそも……女神スイクラムに殺されそうになったのっ!」

 それを聞いたモドルグは驚き仰け反る。

 「ま、まさか……あり得ない。我らが女神が……そんな酷いことをするなんて」
 「嘘じゃないよ。実際に何度か殺されそうになったからね」
 「それが本当だとして、なぜそのようなことに?」

 そう言いモドルグは、不思議に思い首を傾げた。
 美鈴はそう問われて、ここまでの間に何があったのかを話せる範囲で説明する。
 その説明をモドルグは、真剣に聞いていた。
 美鈴の話をモドルグは聞いていたが、ふと疑問に思った。

 「……その話が本当だとして、なぜスイクラム様はそれほどまでに勇者を召喚したのでしょう?」
 「沢山召喚してた理由は、自分の好みに合う勇者をみつけてたみたい。ただ召喚された他の人は、元の世界に戻してもらえたらしいけどね」
 「だが……ミスズ様だけが、ダサくて女と云うだけで殺されそうになった。それも何度も……」

 そう言いモドルグは思考を巡らせる。

 「うん……だけどね。最初は、ヴァウロイとエリュードに助けてもらった。二度目はドラバルトで、三度目がファルスに……」
 「ドラバルトがミスズ様を助けた? 待ってください……そんなことあり得ませんっ!」
 「なんでそう思うの? ウチはあの時、ドラバルトが居なければ……本当に死んでいたかも。ううん……運よく居た洞窟に転送されたお陰もあるけどね」

 それを聞くもモドルグは、納得いかないでいた。

 「……もしそうだとして、なぜドラバルトがミスズ様を……」
 「なぜかは分からない。自分が助かりたかったからかもしれないし……」
 「そういえば、ドラバルトは別の姿に変えられていたと言っていましたね?」

 そう問われ美鈴は、コクッと頷く。

 「その姿にならないように完全に術を、ウチが解除した。まあ、そのせいでドラバルトは……ウチの下僕になっちゃったんだけどね」

 それを聞いたモドルグは、驚き仰け反る。

 「あ、あり得ない……あのプライドの塊のような男が……。いくら変えられた姿が嫌だったとしても、下僕になってまで元に戻ろうとするのでしょうか」
 「でも、戻るためならウチの下僕になっても構わない……そう言ってくれた」
 「それが本当ならば……今のドラバルトは、魔王と何の関係もない」

 そう言いながらもモドルグは戸惑っていた。

 「うん、多分そうなると思う。でも、女神側って訳じゃないよ」
 「なるほど……そうなると、ミスズ様がどっちに付くかでドラバルトは……」

 モドルグはそう言うと、ニヤリと笑みを浮かべる。

 「ちょ、待って……何を考えてるの?」
 「決まっていますよ。これは何がなんでも、ミスズ様にコッチについて頂かねばと」
 「だから、ウチはどっちにもつかないって言ってるでしょっ!」

 そう言い美鈴は、モドルグを睨んだ。

 「それで、威嚇しているおつもりか? 召喚された勇者だとて、やはり女性ですね……可愛らしい」
 「馬鹿にしているの?」
 「いえ、そんなつもりはありません。ただ、ミスズ様には戦闘など似合わないと思っただけですよ」

 モドルグはそう言いながら美鈴に近寄ろうとした。
 するとそれをみていたミィレインは、美鈴の前までくる。その後、即座に水の壁を目の前に張った。

 「水の守護精霊か……それが現れているという事は、勇者に近い存在。やはり、ほっとけませんね」
 「それって、どういう事? もしかして……ミィレイン、知ってたの?」
 「そうねぇ……でもミスズは、それを望んでいニャいみたいだったから……敢えて言わニャかったのよ」

 それを聞き美鈴は戸惑う。

 「なるほど……知らなかったようですね。ですが、スイクラム様は……気づいていないのでしょうか?」
 「どうだろう……もし気づいていたら、更に狙ってくるかもしれない」
 「そうだとすれば、スイクラム様は余程ミスズ様のことを嫌っているという事ですね。でも、信じられません……どうしても」

 そう言いモドルグは、更に分からなくなり混乱する。
 そしてその後も美鈴とモドルグとミィレインは、結論が出るまで話をしていたのだった。