鈴の音が満ちる夜

「師匠っ!」

 ゲートを飛び出し、恩師を探して夕霧内を駆け回る。
 通り過ぎる人々が、私の真っ赤な巫女装束を見て驚いているのがわかる。でも、そんなことを気にしている余裕はない。

 しばらく走り回ったものの、師匠の姿は見当たらない。
 最後の望みをかけ、中庭の自動販売機へ向かう。

 ――師匠はよくここでサボっていた。もしかしたら……

 けれど、そんな淡い期待はあっさりと裏切られた。

「はぁ……だから、携帯電話買ってくださいって、いつも言ってるのに……」

 つぶやきながら自動販売機で冷たいお茶を買い、火照った首筋に押し当てる。
 じんわりと冷たさが染み込んで、体がクールダウンしていく。

「ほわぁぁぁぁぁぁ……」

 近くに誰もいないからと、思わず気が抜けてしまう。

「おいおい、流石に緩みすぎだろ。」

「ほぇっ!?」

 驚いて振り向くと、そこにいたのは――

「師匠!? いつからそこに!?」

「ついさっき。」

「もうっ、探したんですよ!? いい加減、携帯電話を買ってください!」

「ごめんごめん。いや〜でもさ、高いじゃん、あれ。」

「国からたっぷり給料もらってるはずですけど!? しかも手当も出ますよね??」

「金なんていくらあっても足りねぇし。手当の申請もめんどくさいし。」

「知りませんよ、そんなの! 無駄遣いしすぎです! 結局、全部師匠のわがままじゃないですか!」

「ははっ、相変わらずだな。」

「師匠こそ。」

 師匠は、のらりくらりとした性格だけど、元・橋姫であり、篝火(かがりび)でもトップクラスの実力者。
 現在は梅枝(うめがえ)、篝火、夕霧(ゆうぎり)の三組織に所属する、多才な人物だ。

「身長もなぁ、もう少しあればなぁ。せっかく可愛いのにもったいない。」

「黙っててください! それ、今はセクハラって言われるんですよ!?」

「お〜こわ。気の強さだけはいっちょ前だな。霊力とは違って。てか、あれ? 遥香、お前なんでそんな濃い巫女装束着てるんだ?」

「それを言いたかったんです! なんか気絶してて、起きたらこうなってて……どうなってるんですか!?」

「いや、知らねぇよ。朱華(はねず)と交換でもしたんじゃね?……って、それはないか。」

「わかってるんじゃないですか。朱華ちゃんと話したことなんて、片手で数えるくらいしかないですし。」

「まぁ、朱華、口下手だからな。」

「そんなレベルじゃないと思いますけど。……って、師匠、あのニュース知りません?」

「ニュース? 朱華がなんか問題起こしたのか?」

「問題なんてもんじゃないです。裏切ったんです、夕霧を。」

「――裏切った?? 朱華が?? 何、宣戦布告でもしたのか?」

「詳しくは知りませんけど……。でも、その報せを聞いてから、私、おかしくなった気がするんです。」

「そうか……ちょっと、梅枝に聞いてくるわ。朱華が裏切ったって話の真偽も含めて。」

「お願いします。……ってか、何でそんなにうきうきしてるんです?」

「だって朱華が反抗とか、想像つかないし。どんな策略かねぇ。」

「策略……。そっか、その可能性もありますね。」

「まぁ、単純に全部嫌になったって可能性もあるけどな。もしそうなら、何で俺に先に言わねぇんだよ、朱華!」

「そっちなんですね。」

「だって、ちょっと面白そうじゃん。」

「師匠……?」

「ちょっとだけ、ちょっと!」

「……流石に、師匠と朱華ちゃん、両方同時に裏切られたら夕霧は終わりですよ。
 蓬生(よもぎう)松風(まつかぜ)、場合によっては篝火も総動員でフルボッコです。」

「あー……そういや、蓬生のエース、亜輝(あかぐ)実稲(みいね)ってやつ、いたよな。あいつと戦ってみたかったんだよな〜。」

「本気です? 巫女は対穢特化ですけど、陰陽師は対人戦も恐ろしいほど強いらしいですよ。」

「やめとくわ。」

「多分、勝てますけどね、師匠なら。」

「マジか! じゃあ喧嘩売ってくる!」

「やめてください。」

「おい、花埜(はなの)! さっさと来い! 水買うのにいつまでかかってんだ……って、遥香ちゃん!? 久しぶり〜!」

玄美(はるみ)さん、お久しぶりです。」

「ごめんね〜、うちのやつが迷惑かけて。ほら、行くぞ。」

「ちょ待って、水まだ買ってないし! それに迷惑とかちゃうし!」

「はいはい、お黙り? じゃあね〜、遥香ちゃ〜ん!」

「はい、また〜!」

 嵐のような人だったな、玄美さん。
 師匠とは、ライバルとして同じ先生のもとで訓練してきた仲間らしい。

 ……私も、朱華ちゃんとそんな関係になりたかったな。
思わずセンチメンタルになってしまう。

―――温かい何かが、頬を伝った気がした。