鈴の音が満ちる夜

絶え間なく鳴り響く電話。
つけっぱなしの非常灯。
点滅を繰り返すSOSボタン。
あちこちで休むことなく交信を続ける無線機。

殺伐とした空気が支配するこの場所は、この国の巫女がすべて所属する国家組織——夕霧(ゆうぎり)
陰陽師の国家組織・蓬生(よもぎう)、呪術師の国家組織・松風(まつかぜ)と連携しながら、(けがれ)と呼ばれる異形を祓うために存在している。

穢は現世に悪影響を及ぼし、人々を脅かす存在だ。

夕霧に所属するのは、十四歳前後の少女たち。
それは、穢を祓った際に発生する黒水晶——通称・魔眼石(まがんじゃく)を浄化できるのが、幼い少女たちだけだからである。
多くの少女は夕霧を卒業すると、蓬生や松風へと進む。
優秀な巫女は、夕霧の教師育成機関・篝火(かがりび)や、異形対策組織・梅枝(うめがえ)へと配属される。

彼女たちは学校へ通うこともなく、昼夜を問わず穢を祓い続ける。

その理由は単純だ。
橋姫(はしひめ)」——最も多くの穢を祓った巫女に与えられる称号。
この称号を得た者には、"どんな願いでも叶える"権利が与えられる。

巫女になる理由は、人それぞれだ。
由緒ある巫女の家系に生まれた少女。
その才能を見出され、スカウトされた少女。
そして——
願いのために、すべてを捨てた少女。

巫女たちは、和歌を用いて穢を討つ。
体内に宿る霊力を、長年の思いが込められた和歌に乗せ、放つのだ。
和歌にはランクがあり、最も制御が難しく、使い手がほぼいないとされるのが——国歌(こっか)

その国歌を唯一扱える少女がいた。
彼女の名は——
蓮月(はづき)朱華(はねず)

夕霧のエースにして、今年度の橋姫に最も近いと目される存在。
幼少期、夕霧へと至るための育成機関・早蕨(さわらび)にいた頃の彼女は、目立つ存在ではなかった。
そんな彼女が、なぜここまで急激に力をつけたのか——
いま、夕霧内で最も噂されている話題のひとつである。

だが、その彼女が——裏切った。
夕霧を。
日本を。
…ひいては、全世界を。

その報せが届いた瞬間——何かが崩れる音がした。
私の中で、今まで積み上げてきたものが、一つ一つ、丁寧に、大切に積み重ねてきた"何か"が、音を立てて崩れていく。

——そして、その代わりに。

果てしなく大きな力が、目覚め始めたのを感じた。