次の日、私はトーストを焼き、昨日の晩ご飯の残りのスープを温めながら、待ち時間にスマホで料理サイトを検索していた。
【不眠症 料理 レシピ】
それで検索するといろんなものが出てくる。
【不眠症対策にはホットミルク!】【眠れない夜にはココア!】【鶏肉とミルクを使った薬膳スープ!】
なるほど、結構いろんなものが出てくるんだなあ。
それにしても。私はクラスメイトの上杉くんのことを本気で知らないから、彼に眠ってもらわないと困る。私も夢魔として人生終わらせる気はこれっぽっちもないんだから。
ただ、なあ。
「お母さん、お母さんはお父さんのこと好きだったの?」
私は洗濯をしていたお母さんに聞きに行くと、お母さんはキョトンとした。
「そうねえ。最初は夢をかじらないと死ぬくらいしか思ってなかったから、なんとか寝るタイミングに押しかけていって夢をかじったくらいにしか思ってなかったけど」
「うーん、やっぱり……」
「でもねえ。夢をかじった以上は、その人の一部分に土足で入り込んじゃった訳じゃない。さすがに申し訳なくっていろいろと世話焼いてたら、なんとなく放っておけなくなって好きになったのよ」
最初が夜明けまでに夢をかじらないと人間としての生涯終わるってところから、普通の高校生の恋愛になっていて、思わず拍子抜けした。
そうかあ……そうかあ。
「……その人のこと、きちんと知った上で夢をかじるんだったら、失礼じゃないかな?」
「あら? もう見つかったの? お母さん夢魔になってから夢かじるまで、一年はかかったんだけど」
「……うん」
お父さんは「なんかトースト焦げてるぞー」と言われ、私は慌てて台所に引き返した。
スープは多少吹きこぼれていたものの無事だったものの、トーストは真っ黒に焦げ付いてて、とてもじゃないけれど食べれるものじゃなかった。
それでも私は真っ黒のパンをかじり、スープを飲んで学校に向かうことにした。
とりあえず、上杉くんのことをきちんと知って、さりげなく彼に不眠症治すようなアドバイスをしよう。そう心に誓った。
****
心に誓ったはずなのに、早くも打ちひしがれている。
「もう、なつくんまた寝なかったの!? 体に悪いからやめなさいってあれほど言ったでしょう!?」
クラスでも評判のほんわかした雰囲気。サイドツインにまとめた髪型は、下手をするとあざとくなるのに、彼女にはそれがひどく似合った。上杉くんを「なつくん」と呼んでプリプリと怒っているのは山下《やました》さん。ものすごく可愛い子だった。
そしてそれを「まあまあ」と笑っていなしているのは、ショートカットに制服の袖を袖まくりしている、いかにも体育会系とか最近あまり見なくなった熱血漢という出で立ちの男子。遠山《とおやま》くんだった。
「人生悩んでるときなんて、なかなか寝付けないもんだからさ。体に悪いから寝ろって一刀両断にしてやるなよ、それは夏輝《なつき》が可哀想だ」
「もう! わかってるけど……体に悪いんだから」
「ごめんなあ、織菜《おりな》も彼方《かなた》も」
ふたりのやり取りに、上杉くんはへらりと笑う。夜にマンションのベランダで見たときはそこまで思わなかったけれど。日の下で見る彼はあまりにも顔色が悪く、たしかに山下さんでなくてもガミガミ怒りそうな血色のよろしくなさだ。
それに山下さんは「もう、なつくん」と溜息をついた。私がそんな三人を観察している間に、予鈴が鳴った。私も席に戻る。
どうしようかな。なにを言って渡そうかな。不眠症対策で調べたところ、不眠症に効くチョコというものがあるらしくて、それをコンビニで買ってきたのだけれど、どうやって渡すべきかタイミングを見失っていた。
どうしよう。私、本当に上杉くんと接点がなさ過ぎて、いきなり「不眠症なんだって? 不眠症に効くチョコレートをあげよう」なんて言ったら、普通に不審者だ。
そうひとりでぐるんぐるんと考え込んでいたら、一時間目、二時間目と終わってしまった。三時間目は移動授業であり、席順は自由だ。
ここは友達は誰も取っておらず、私だけだしなあと思いながら授業を受けに行ったら、ちょうど斜め前に上杉くんが遠山くんと一緒に座っているのが見えた。どうしたもんか。「不眠症だって聞こえたからこれどうぞ」と渡す? いくらクラスメイトとはいえ接点のない女子からもらったら困らない? 「間違って買っちゃったの。よかったらどうぞ」と渡す? それ普通に友達に渡すだろうから変だ。
どうしよう。私はひとりでどうしたものかと考え込んでいたら、なんと遠山くんのほうから「おっ、いいもの持ってるな!」といきなり声をかけてきた。
遠山くんともあまり接点はないものの、彼は基本的にクラスメイト全員に気を配っているタイプだから、うちのグループでも「今時あそこまで裏表ない男子いないよ」と評判がいい。私は思わず面食らっていたら、遠山くんは私が筆記用具と一緒に持ってきていたチョコレートを指差したのだ。
「あれ……遠山くん、チョコレート好きなの?」
「うん、運動前にはカロリー摂らないと駄目だしな。晴れてたらすぐチョコが溶けて寂しいから、今の時期に一番ちょうどいいな」
「……どうぞ」
私はチョコレートの袋を破って中身を取り出すと、慌てて上杉くんがこちらまで走ってきた。
「こら彼方! クラスメイトからカツアゲするんじゃない! あー……夢野さん、ごめん」
そこで私は思わず目を見開いた。
今まで、彼からいい匂いがするなんて思ったことはなかった。男の子はいつも汗のにおいがするし、気を遣っている男子は制汗剤のにおいがすると思っていたのに。私は幽体離脱しているときよりは淡いとはいえども、濃いローズマリー、胡椒、りんごの匂いがして、口の中がよだれで満ちる。
私が黙り込んだのに、上杉くんは心配そうにこちらを見た。
「あれ、夢野さん。もしかしてそのチョコ。好物だった? こら彼方!」
「ああすまん夢野さん! 別に本当に滅多に接点のないクラスメイト同士交流できたらと思っただけだったんだが!」
違う、そうじゃない。でも上杉くんにはチョコを受け取ってほしい。
でも今しゃべったらよだれが垂れる。そんなだらしない顔は見られたくない。私はなんとか口の中の唾液を飲み干すと、やっと口を開いた。
「いや、最近眠れないから、不眠症対策チョコを買ったんだけど……よかったら一緒に食べる? おいしいかどうかまでは知らないんだ」
私はでたらめが過ぎることを言うと、なぜか遠山くんはドヤッとした顔をして上杉くんを見た。上杉くんはポーカーフェイスのままだ。
「それなら遠慮なくいただこう! ほら夏輝も食べる食べる」
「ああ。うん。でも夢野さんの分残る?」
「私も今食べちゃうから……多分消化して時間かからないと、眠気が押し寄せてこないから」
次の授業のチャイムが鳴る前に急いで食べようと、私たちはそれぞれチョコを配って、一緒に食べはじめた。
なるほど、本当に遠山くんはチョコが好きなんだろう。心底おいしそうに食べてくれた。対して一番食べてほしかった上杉くんだけれど。食べながらなんとも言えない複雑な顔をしていた。彼からしてみれば、いきなり「不眠症に効くチョコですけど一緒に食べましょう」と言われて、いきなり自分の症状当てられたことが複雑だったのかもしれない。
私もチョコを頬張る。なんとなくあっさりとしたチョコって感じで、これが本当に不眠症に効くのかは未知数だった。
【不眠症 料理 レシピ】
それで検索するといろんなものが出てくる。
【不眠症対策にはホットミルク!】【眠れない夜にはココア!】【鶏肉とミルクを使った薬膳スープ!】
なるほど、結構いろんなものが出てくるんだなあ。
それにしても。私はクラスメイトの上杉くんのことを本気で知らないから、彼に眠ってもらわないと困る。私も夢魔として人生終わらせる気はこれっぽっちもないんだから。
ただ、なあ。
「お母さん、お母さんはお父さんのこと好きだったの?」
私は洗濯をしていたお母さんに聞きに行くと、お母さんはキョトンとした。
「そうねえ。最初は夢をかじらないと死ぬくらいしか思ってなかったから、なんとか寝るタイミングに押しかけていって夢をかじったくらいにしか思ってなかったけど」
「うーん、やっぱり……」
「でもねえ。夢をかじった以上は、その人の一部分に土足で入り込んじゃった訳じゃない。さすがに申し訳なくっていろいろと世話焼いてたら、なんとなく放っておけなくなって好きになったのよ」
最初が夜明けまでに夢をかじらないと人間としての生涯終わるってところから、普通の高校生の恋愛になっていて、思わず拍子抜けした。
そうかあ……そうかあ。
「……その人のこと、きちんと知った上で夢をかじるんだったら、失礼じゃないかな?」
「あら? もう見つかったの? お母さん夢魔になってから夢かじるまで、一年はかかったんだけど」
「……うん」
お父さんは「なんかトースト焦げてるぞー」と言われ、私は慌てて台所に引き返した。
スープは多少吹きこぼれていたものの無事だったものの、トーストは真っ黒に焦げ付いてて、とてもじゃないけれど食べれるものじゃなかった。
それでも私は真っ黒のパンをかじり、スープを飲んで学校に向かうことにした。
とりあえず、上杉くんのことをきちんと知って、さりげなく彼に不眠症治すようなアドバイスをしよう。そう心に誓った。
****
心に誓ったはずなのに、早くも打ちひしがれている。
「もう、なつくんまた寝なかったの!? 体に悪いからやめなさいってあれほど言ったでしょう!?」
クラスでも評判のほんわかした雰囲気。サイドツインにまとめた髪型は、下手をするとあざとくなるのに、彼女にはそれがひどく似合った。上杉くんを「なつくん」と呼んでプリプリと怒っているのは山下《やました》さん。ものすごく可愛い子だった。
そしてそれを「まあまあ」と笑っていなしているのは、ショートカットに制服の袖を袖まくりしている、いかにも体育会系とか最近あまり見なくなった熱血漢という出で立ちの男子。遠山《とおやま》くんだった。
「人生悩んでるときなんて、なかなか寝付けないもんだからさ。体に悪いから寝ろって一刀両断にしてやるなよ、それは夏輝《なつき》が可哀想だ」
「もう! わかってるけど……体に悪いんだから」
「ごめんなあ、織菜《おりな》も彼方《かなた》も」
ふたりのやり取りに、上杉くんはへらりと笑う。夜にマンションのベランダで見たときはそこまで思わなかったけれど。日の下で見る彼はあまりにも顔色が悪く、たしかに山下さんでなくてもガミガミ怒りそうな血色のよろしくなさだ。
それに山下さんは「もう、なつくん」と溜息をついた。私がそんな三人を観察している間に、予鈴が鳴った。私も席に戻る。
どうしようかな。なにを言って渡そうかな。不眠症対策で調べたところ、不眠症に効くチョコというものがあるらしくて、それをコンビニで買ってきたのだけれど、どうやって渡すべきかタイミングを見失っていた。
どうしよう。私、本当に上杉くんと接点がなさ過ぎて、いきなり「不眠症なんだって? 不眠症に効くチョコレートをあげよう」なんて言ったら、普通に不審者だ。
そうひとりでぐるんぐるんと考え込んでいたら、一時間目、二時間目と終わってしまった。三時間目は移動授業であり、席順は自由だ。
ここは友達は誰も取っておらず、私だけだしなあと思いながら授業を受けに行ったら、ちょうど斜め前に上杉くんが遠山くんと一緒に座っているのが見えた。どうしたもんか。「不眠症だって聞こえたからこれどうぞ」と渡す? いくらクラスメイトとはいえ接点のない女子からもらったら困らない? 「間違って買っちゃったの。よかったらどうぞ」と渡す? それ普通に友達に渡すだろうから変だ。
どうしよう。私はひとりでどうしたものかと考え込んでいたら、なんと遠山くんのほうから「おっ、いいもの持ってるな!」といきなり声をかけてきた。
遠山くんともあまり接点はないものの、彼は基本的にクラスメイト全員に気を配っているタイプだから、うちのグループでも「今時あそこまで裏表ない男子いないよ」と評判がいい。私は思わず面食らっていたら、遠山くんは私が筆記用具と一緒に持ってきていたチョコレートを指差したのだ。
「あれ……遠山くん、チョコレート好きなの?」
「うん、運動前にはカロリー摂らないと駄目だしな。晴れてたらすぐチョコが溶けて寂しいから、今の時期に一番ちょうどいいな」
「……どうぞ」
私はチョコレートの袋を破って中身を取り出すと、慌てて上杉くんがこちらまで走ってきた。
「こら彼方! クラスメイトからカツアゲするんじゃない! あー……夢野さん、ごめん」
そこで私は思わず目を見開いた。
今まで、彼からいい匂いがするなんて思ったことはなかった。男の子はいつも汗のにおいがするし、気を遣っている男子は制汗剤のにおいがすると思っていたのに。私は幽体離脱しているときよりは淡いとはいえども、濃いローズマリー、胡椒、りんごの匂いがして、口の中がよだれで満ちる。
私が黙り込んだのに、上杉くんは心配そうにこちらを見た。
「あれ、夢野さん。もしかしてそのチョコ。好物だった? こら彼方!」
「ああすまん夢野さん! 別に本当に滅多に接点のないクラスメイト同士交流できたらと思っただけだったんだが!」
違う、そうじゃない。でも上杉くんにはチョコを受け取ってほしい。
でも今しゃべったらよだれが垂れる。そんなだらしない顔は見られたくない。私はなんとか口の中の唾液を飲み干すと、やっと口を開いた。
「いや、最近眠れないから、不眠症対策チョコを買ったんだけど……よかったら一緒に食べる? おいしいかどうかまでは知らないんだ」
私はでたらめが過ぎることを言うと、なぜか遠山くんはドヤッとした顔をして上杉くんを見た。上杉くんはポーカーフェイスのままだ。
「それなら遠慮なくいただこう! ほら夏輝も食べる食べる」
「ああ。うん。でも夢野さんの分残る?」
「私も今食べちゃうから……多分消化して時間かからないと、眠気が押し寄せてこないから」
次の授業のチャイムが鳴る前に急いで食べようと、私たちはそれぞれチョコを配って、一緒に食べはじめた。
なるほど、本当に遠山くんはチョコが好きなんだろう。心底おいしそうに食べてくれた。対して一番食べてほしかった上杉くんだけれど。食べながらなんとも言えない複雑な顔をしていた。彼からしてみれば、いきなり「不眠症に効くチョコですけど一緒に食べましょう」と言われて、いきなり自分の症状当てられたことが複雑だったのかもしれない。
私もチョコを頬張る。なんとなくあっさりとしたチョコって感じで、これが本当に不眠症に効くのかは未知数だった。



