貴方の隣で咲く花

無機質なチャイムの音で目が覚める。四限は古典で私は意識を飛ばしていたようだ。
「最悪寝ちゃった。板書取れてないよ。」
「葵衣。」
咄嗟に顔をあげるとそこには颯先輩がいらっしゃった。眠い頭は一瞬で覚めて立ち上がって一礼する。
「颯先輩お疲れ様です。どうされましたか?」
「葵衣一緒に飯どう?」
一緒に飯と言われ人の少ないC棟の裏について行くと大体性的な目で見られてしまう。服の中に手を入れられ触られる。触られるだけならまだいいのだが先輩の気まぐれでそのまま外で抱かれる日もある。
 ノーと言えるものならノーと言ってみたい。「俺とするのは嫌なの?」と言いながら腰に手を回して息が止まるような全身がぐちゃぐちゃになるようなキスをして、私の身体の力が抜けたらそれで終わりだ。
 少し背伸びをして耳打ちをした。
「ごめんなさい…今日は生理中なんでできないです。また後日にしてもらえると助かります。」
「そっかー。じゃあ口でやって。」
本当に私身体だけの都合のいい女なんだと胸が苦しくなる。体調を心配する素振りを見せてくれたのは付き合って2ヶ月の時までだ。
「口、ですか。」
お弁当を食べることも昼休み中に休息することも諦めて先輩を満足させることだけに徹しなければと無理やり笑顔を作る。「喜んで」と言うために口を開くと背後に人の気配を感じた。
「立花先輩? 1組になんの用ですか。今日はミーティングないと思うんですけど。」
ここで助け舟を出したのは晃太だった。訝しげな表情で先輩に近付いてきた。
「葵衣ほんっと申し訳ないんだけど先生からこの間のアンケート結果の整理頼まれちゃって手伝ってくれない? マジで葵衣にしか頼めないや。」
「あ、はい。やります。」
勢いに押されて断れなかった。私っていっつもそうだ。ふと見上げると先輩は怖いくらい真顔で晃太を見ていた。
「俺は葵衣の顔見に来ただけだからアンケート結果の整理頑張れよ。」
「ありがとうございます。また一緒にお昼させてください。」
先輩の去る影が見えなくなるまで私は取り繕った笑顔を崩すことが出来なかった。少しでも嫌そうな顔をしている所を見られたくなかった。
「ごめん出しゃばった。」
「助けてくれてありがとう。」
「いいって堅苦しい。」
顔は笑っていたものの、小さく手招きをしてきたので更に近寄ると耳打ちをしてきた。
「さっき危なかったんだろ?」
「どうして分かるの。」
貴方はあははっと白い歯を覗かせながら爽やかに笑う。その心もよく分からなくて更に首をきょとんと傾げた。
「表情見ていたら分かるよ。焦ってて怖がってるからきっと良くないことなんだろうなぁって思っただけ。だからアンケート結果の整理なんてありません! 」
「ありがとう。怖かった。あのままついて行けばどうなっていたか…。」
それを聞いて晃太は小さく息を吐いた。
「…DVされてる?」
怪訝そうな表情の中に心配の色が見える。この際だから言ってしまおうかと思い、腕を取って教室前の廊下に連れ出した。教室の扉を閉めて眉尻を下げる。
「DVなのか分からない…。」
「分からない?」
アザができるほど殴られたり蹴られたりしている訳じゃない。モラハラもされていない。これを強制的な性暴力として捉えてしまうのは少し違う気がする。
 先輩との行為を拒めない私の心の弱さが問題だ。触られたら嫌だと言うことも、「次はない。」と決めて二度と身体を許さないことも出来ない。
「まだ好きだから。」
瞬きするくらいほんのちょっといいから先輩を喜ばせて幸せにしたい。しかしあの人は私に大好きと言いながら、本命の女は私ではない。男バスのマネージャーだ。他にもその収まることの知らない性的欲望を満たしてくれる人は居る。
「きっと晃太の思う先輩の様子ではないと思う。」
そう言うことしか出来なかった。
 部活でも人望に厚く技術力もキャプテンに相応しいものだ。そんな先輩がこんなつまらない方だと知ったら貴方はどんな反応をするだろうか。
「そっか…。悩んでたら1人で抱えんなよ。男バスは立花先輩のことよく分かってるから特に力になれるかも。」
「ありがとう。晃太は優しいね。」
「こんなんで優しいなんて思ってたらどうするんだ。」
「なんで? 晃太は優しい人でしょ。」
貴方は誰よりも優しい人だ。バスケが好きで人を思える。本当に素敵な人だ。
「んなわけ。でも優しく見えるなら嬉しいな。」
首の後ろを書きながら照れ隠しに笑っているように見える。
「晃太飯しよー!」
教室の外から黒越くんが晃太を呼んだ。相変わらずすらっと背が高くて格好いい人だ。
「悪ぃ今行く。んじゃ。」
ずるい人だ。胸が傷んだ。こんな優しい人を私のことで悩ませてしまっている事実が耐えられない。