ワイ子(仮名)と私――本名は書けないのでゼットと名乗らせてもらう――は男漁りが好きだ。マッチングアプリで出会った男たちを食う。食い漁る。もちろん、相手は選ぶよ。こっちは選ばれるだけの価値がある女だからね。年齢は二十代。文句は言わせないよ。言う奴もいやあしないって。だから、よっぽどのことがないと、チェンジってことはない。
 だけど、食えない奴らがいるにはいる。つまり、私たちを選ばなかった連中だ。
 その一人がエックス(仮名)だ。年は五十代。太った小男だ。眼鏡を掛けていて、頭は禿げていた。本当のブ男だ。姿形は最悪と言っていい。だけど、金はあった。うなるほど持ってるって感じだった。
 え、どうして金持ちだった分かるんだって? 収入なんか嘘かもしれないし、身に付けているものだって、高級品に見せかけた偽物かもしれないだろう! と言われたら、こう答えることにしている。
 分かる人間には分かるんだってね。まあ、分かるのは私じゃなくてワイ子なんだけどさ。ワイ子は、金の臭いを嗅ぎつける。独特の嗅覚があるんだ。私には、ぜんぜん分からないけど、あの時もマッチングアプリのプロフィール欄を見て、言い切った。
「こいつ、カネある」
 私は爪を齧った。
「そう、でも、キモくね?」
「カネにキモいも何もないよ」
 カネにキレイも汚いもないということだろう。そんなわけで私たちはエックスと会った。場所は某ホテル。スイートルームだった。
「よく来てくれた、礼を言うよ」
 いや、カネが目当てなんで礼なんか言われても、と正直に喋りたくなったけど、カネを貰うまでは愛想良く笑っていた方が良い。
「それじゃ、早速、初めてをくれ」
 私たちは初めてでも何でもないけれど、未経験な振りをして、そういう行為を始めた。エックスは、それを見て、何かブツブツ言っていた。よく聞こえなかったけど、神に祈りを捧げているように感じた。
 行為を終えると、エックスは約束のカネをくれた。帰り際にボソッとした声で訊いてきた。
「君ら、本当は初めてじゃないんだろ?」
 見れば分かるだろうと思ったけど、初めてだと嘘をついた。エックスは、私たちをじっと見て、こう言った。
「もしも君たちが処女だったら関係を持つつもりだった。だけど、違った気がしたから、見るだけにした。僕の純潔を捧げる気になれなかったのさ。すまない」
 何を言ってんだ、このキモ童貞! と思ったけど、口には出さず帰る。結構な額を貰えたから、また呼ばれたら行ってもいいと考えないこともなかったけど、それっきりで、もうお呼ばれはなかった。ちょっと残念ではある。ちょっとだけね。でも、まあ、私たちを抱こうとしなかったというのは変な奴だから、縁を切るのが正解。きっと不能者なんだよ。
 ダブリュー(仮名)という男も異常だった。これは霊能者を自称する三十代前半か、後半くらいの、見ようによってはイケメンに見えないこともないタイプで、マッチングアプリはあまり利用したことがないと聞いてないのに話す滑稽な人間だった。
「君たちにね、除霊の手伝いを頼みたいんだ。女性のサポートが要るんだよ。普通は自分独りで出来るんだけど。なんか手ごわい相手でね。危険なことを頼んでいるんじゃない。裸で寝ているだけでいいんだ」
 私とワイ子は、ダブリューが修行場と呼ぶマンションの一室で全裸になり、板場に敷かれたマットレスの上に横になった。別室に人の気配があった。そこにいる人が、戸の隙間から、こちらを見ているような気がした。
 ところで、そのダブリューだが、彼は白いブリーフ一枚と、なぜか花柄のブラジャーだけの格好で、板場に直に座っていた。そして変な呪文を一心不乱に唱えた。何を言っているのか、さっぱり分からない。そのうち、変なことが起きた。部屋に霧が出てきたのだ。最初は火事かと思った。煙だと思ったもので。次に、加湿器からの水蒸気かと思った。でも、そんなものは最初からなかった。その部屋は家具が何も置かれていない殺風景な空間だったのだ。
 霧はだんだん濃くなってきた。私はダブリューの許しを得ず体を起こした。しかし、ずっと寝ていろと言われたわけでもないから、どうでもいいのだろう。私は最初に、霧の中を蠢く何かを見た。それから、ダブリューを見た。その体から青い色の液体が流れ、床を濡らしているのを見て、怖くなった。隣で寝ているワイ子に「逃げよう」と言おうとしたら、ワイ子の姿が見えない。さっきまで隣で寝ていたはずのに!
 私は悲鳴をあげた……ような気がしたけど、声が出ていない。喉が詰まったような感じで、声が出ないのだ。怖さが絶頂に達した。立ち上がる、いや、立ち上がったつもりだったけど、体が動かない。これが金縛りか、と思った。金縛りにあったのなんて、初めてだよ。
 泡を食っていたら霧の中にいた何かと、目が合った。それは髪の短い若い女だった。十代の小娘といった感じだったけど、その表情は硬い、凄く強張っていて、見ていると、とにかく怖い。元は可愛らしい子かもしれないけど、その印象は、この世のものではないといっていい。その目は赤かった。白目がないのだ。黒目はハッキリしない。その目が私を見ている。失神できるものなら失神したい。だけど、そういう経験も、私にはない。貧血で倒れたこともない。長時間の学校集会で意識を失って倒れる練習をしていた同級生が思い出される。どうでもいいな、そんなこと。
 失神はしなかったけれど、意識が遠くなって、そのうちに寝てしまった。起きたらダブリューとワイ子が服を着て談笑していた。
「あ、おはよ」
 おはよじゃねえよ。私は服を着るのも忘れ、先ほど体験した奇怪な現象について話した。
 ダブリューが言った。私が見たものは、生霊だと。
「依頼者から除霊を頼まれたのだけれど、簡単に行かなくて、補助のためにあたしらが雇われたんだって」
 聞いてもいないのにワイ子が説明した。とても偉そうな口調だった。元からだが。
 女性の生霊は除霊されて消えたそうで、私らは謝礼を貰って帰った。もう大丈夫だから怖いことはないと言われたけど、それから数日間、私は悪夢にうなされた。思い出すと今も怖い。
 ブイ(仮名)という男も変だった。この男は年齢不詳だ。マスクとサングラスで顔を隠していたから、どんな人相か分からない。筋金入りの変態で、自分は排泄物を食べるのが好きなんだけど、それを美人に見てもらうのが最高に好きなんだと言っていたので、約束の場所に行かなかった。カネは手に入らなかったけど、別に後悔はしていない。