ヒカリサザンカ


「はあっ!? ちょ、それズル過ぎるから!」

 素直な性格が《《うり》》のあなたは、いとも容易く挑発に乗ってしまう。「ねえ、ちょっと待ちなさいよー! 卑怯者ー!」彼の背中にありったけの不満をぶつけながら、あなたも駆けだす。

 他に人けのない長閑(のどか)な芝生広場を、二人の自由な影が颯爽と過ぎ去っていく。非難の色を滲ませていたあなたの雄叫びは、彼に追いつき首に手を回して抱きしめる頃、子どもみたいにはしゃぐ笑い声に変わっていた。

 ちぐはぐなダンス。もし誰かに見られていたら、恥ずかしさのあまり身悶えしてしまうかな。どちらからともなく手を握り、くるくるくるくる、滑稽なパレード。息を弾ませて戯れ合うあなた達は、恐らく競争していたことなど忘れているに違いなかった。

「ねえ、昴っ。あたしね――」

 高揚のあまり上擦った調子で、あなたは雨宮くんの顔を覗き込む。続く言葉はなかった。彼の瞳の奥に住んでいる自分の表情(カオ)を見つけた途端、紡ぎかけた声の糸は途切れ、宙に溶けてしまった。

(あたし、何を言いかけたんだっけ?)

 彼の額に滲んだ汗は頬を伝い、それが顎から滴り落ちるより早く、あなたは補足する。「ううん。やっぱり何でもない。……ネクタイ、曲がってるよ」

 いきなり落ち着いた態度を取るあなたに、彼はパチパチ瞬きすると小首を傾げた。

「茜さん、どうかした? お腹でも痛い?」

 やけに真剣な雰囲気で的外れな心配をするものだから、あなたは可笑しくなって噴きだす。お腹を抱えて笑い続けるあなたを、彼は不思議そうに眺めている。

 その時、ひんやり沁みる風が吹いて行った。虫たちのオーケストラ。川のせせらぎ。真っ赤な砂漠のような雲。太陽を追いかける鳥の群れ。夜の帳を纏った星々。あなたと雨宮くんにとって特別な季節を、それらが大切そうに運んできて。

 どこからともなく、シチューの甘い香りがただよい始めていた。



         To be continued …