和邇が小さな木戸から出ていくのを見てから、部屋に戻る。
風呂に入り、出てきて宿題をやり明日の病院の時間を確認した。
9:15に受付の一番まで。
父親からは返信はない。
寝ようと思い、ベッドに入る。
この狭いベッドに和邇と一緒に寝たとは思えなかった。
スマホが震え、見ると三厨から次のバスケの予定の話、玉田からは個人的に、明日検査終わったら連絡してと来ていた。
玉田はいつも優しい。ラーメン屋でも、「熱いですよ」とカウンターに丁寧にどんぶりを置きながら毎回言う。ラーメンは熱いに決まっているのだ。それでも玉田は毎回言っていた。
和邇からは何もない。さっき帰ったばっかりだ。
新しくメッセージが来た。
『バイト終わった』
少し考えてから、自分の部屋から出て玄関へ行った。
ニャーンと声がして足元にまとわりついた茶トラを玄関から出して、自分も外に出る。
木戸を開け、門の外を見るとオレンジ色の小さな光がボウッと膨らんだ。
「おつかれ」
「疲れた。癒やして、アオ」
リョーマを家に上げて、シャワーを浴びているのをベッドで待っていると眠気に負けてしまった。
「アオ」
「ごめん眠い」
ベッドに裸のリョーマが入ってきて、くっつく。温かくていい気持ちだった。
「……明日病院で大きい検査があるんだ。行きたくない」
「どんな」
「MRIとほかにも色々。お父さんが来ないからまた色々言われる」
「俺は明日は夕方まで予定ない。一緒に病院行く」
「本気?俺、リョーマのフルネームも誕生日も知らない。どこに住んで、どんな人かも…」
「本気。名前は森涼真。誕生日は1月20日。実家は…」リョーマ改め涼真の自己紹介は延々と続いた。
「ハハ、たくさん教えてくれてありがとう」
「明日一緒に行っていいか」
「うん」
7時のアラームで起きる。
涼真は裸でぐっすり寝ていて、なぜか自分も裸だった。肌寒くて抱きついて、ほんの少し笑った。
「なんだよ、何かおかしいか」
「涼真にすごく詳しくなった。例えば…苦手なものは虫」
「虫が大好きよりいいだろ」裸同士で抱きしめ合い、キスして、朝からいちゃついた。
「何時に出る」
「8時に出れば間に合う」
「1時間あるな」
1時間後にいちゃつきながら門から出て、病院へ行った。
憂鬱な説明も、少し紛れた。結果説明のある次回は必ず父親を連れて来いと言われ、途方にくれる。
もう半年会っていない。
12時までかかって全ての検査が終わり、待っていた涼真と院内のカフェで食事をして、学校へ行った。
門のところで別れ、あっさり帰って行く涼真の後ろ姿を見ながら、今までに感じた事のない気持ちになった。
「おはようございます」
6時間目だがお構い無しにおはようと言いながら教室に入る。
「六郷、遅刻か」
「ハイ。病院行ってました」
席に着く前にチラと後ろの席の和邇をみたが、机に突っ伏して熟睡していた。
「和邇を起こせ」先生が言った。
「起きろ」
肩を揺すると、ピクとした後にゆっくりと頭が持ち上がった。
「おはよ」
「六郷だ。いつ来た?」
「今。起きて授業聞こうぜ」
前を向き、筆記用具を出し教科書とノートを広げる。
六時間目が終わった瞬間に後ろから、和邇が抱きついてそのまま引きずられて和邇の膝に乗せられた。
「頭大丈夫?」
「検査は終わった。大丈夫かは2週間後に聞きに行く」
「お父さん来たんだ。タバコのニオイがする」
ドキリとした。涼真のタバコの匂いだ。
「鼻いいな。病院のドトールでご飯食べて来た」
「コーヒーの匂いもする。キスしていい?」
「駄目」
「しちゃう」迫って来た唇を手でふさぎ、膝から降りて席に着いた。
「和邇は頭おかしい」
「頭の検査してるのはそっち」
「確かに」
自分にはもう家族はいなかった。
一緒に病院へ行くとかそういう次元ではない。
おはようやおやすみと言う相手もおらず、食事は何時の間にか冷蔵庫に入っていて、洗濯物も何時の間にか畳まれて籠に入り、部屋の前に置かれていた。
ありがたいといえばありがたいが、自分にとっては、もう家族というものは人生から消えたのだと思う。
父の愛人にはおそらく子供がいるのだった。
母が死んだ今、愛人ではなくきっと義理の母なのだろうが何も聞かされてはいなかった。
あの家は母方祖母の家で、商店街に何店舗も店を貸している自分には相応の不動産収入がある。
『自分』と言ったのは、祖父が死ぬ間際に母に相続放棄させ、祖母に半分、残りを孫に相続させたからだ。
普通に考えれば、母より先に祖母が亡くなるはずだが、母は祖父の死後すぐに体調を崩して亡くなった。
母が亡くなった時に父が相続した金額はたかがしれていて、今後祖母が亡くなっても祖母の持ち分も全てたった一人の孫の自分が相続する。
父がどうやって豪遊しているのかは神のみぞ知る。
おそらく商売の金に手を付けているのだろう。
だから会いに来ないのだった。
三厨の親に相談して紹介してもらった弁護士とは何度か話をした。もう15歳以上なので親権を停止する手続きが出来るらしい。元々三厨のお母さんとうちの母親は幼なじみで、15歳で職人として三厨堂に入った三厨のおとうさんとも昔馴染みだ。
重大な検査があるのに病院にはついてこない、半年以上顔を見せない、子どもの資産に手をつける、もう父親は必要は無い。
いずれ今ある不動産も全て売却し、身軽になりたかった。
商店街は好きだが、ここから出ていきたい気持ちになる時も多かった。
大学受験の前にかたをつけたい。
帰りのホームルームが終わり、担任に遅刻届を渡して病院の結果はまだ先と伝える。
「六郷、帰ろう」
「ごめん、テストがあるからまたな」
和邇を断って職員室まで行く。
今日受けなければならなかったテストを受けて、教室に戻ると和邇が一人、机でノートパソコンを広げてぼんやりとしていた。
「何やってんの」
「レポート。何も浮かばない」
「一緒にやる?」
「うん。膝に乗って」
「お前ほんとに誰かを膝に乗せるの好きだな。優しいクマさん?」膝に乗り顔を見る。前髪を後ろに流すと、整った顔がよく見えた。
「かっこいい。いつも顔を出しとけ」
「ん、ミントの匂い」
「さっき歯を磨いた」
唇に着いたタバコのニオイを落とすために歯を磨いて顔を洗った。
和邇にキスする。
「スースーするだろ」
「もう一回」
しっかり唇を合わせた。
「帰ろ」和邇がキスの隙間から言った。
これはひょっとして普通の恋愛である、と思う。
気になる相手が教室で待っていてくれて、一緒に帰る。
帰り道は楽しかった。
嫌な検査が終わって、父親とのことをかたをつける踏ん切りがつき、そのせいかもしれない。
「俺の家、行こう」和邇が言った。
西本町は新興住宅地で、和邇の家もご多分に漏れずそのうちの1軒だった。
「ただいまぁ」
「おかえりなさい」
和邇のお母さんの声が聞こえた。
二人でリビングダイニングへ行く。
「お母さん、同じクラスの友達」
「こんにちは。六郷です」
そこはリビングダイニングと言うよりアトリエで、片側は天井までの大きな造り付けの棚になっていて、巻かれたり畳まれた布や箱が積み上がり、無数の引き出しと本や紙束が分類されて並んでいる。
「すごい…」
お母さんはおそらく業務用であろうミシンの隣の8人がけほどの広いテーブルで、布を前に何かをしていた。
「新一がお世話になってます…ロクゴーくん、背は何センチ?」和邇のお母さんがこちらを見て言った。
「身長は175くらいです」
「ごめん!ちょっとこっち来て!新一はもう育ち過ぎて無理なの」
呼ばれて行くと丈の長いジャケットのようなものを羽織らされた。
「ちょっと回って見てくれる?」
回った後に納得したようで、それの手直しが始まった。
「六郷くんありがとう。すごく助かった」
「部屋行こう」
和邇に連れられて二階の部屋へ行く。
下からは母親がかけたケルト民謡が聞こえてくる。
「お母さん何してる人」
「舞台衣装を作ってる」
和邇の部屋は、母親の手作りであろう大胆なサバンナの動物柄のカーテンに、真緑のカーペットが敷かれ、ガラスのコーヒーテーブル、ベッドは黄色い柄の大きなタータンチェックだった。
床には赤いとんがったビーズクッション、ベッドにはシマウマのぬいぐるみがひとつ置いてある。
部屋の隅にはバッシュとバスケットボールが網のようなバッグに入りフックに吊るされていた。
「すごい部屋だな。お母さんの趣味?」
「俺の部屋はアフリカらしい。隣の兄ちゃんの部屋は海賊」
ビーズクッションに座る。
「思ったより安定してる」
「こっち」和邇に引っ張られてビーズクッションからベッドへ移動した。
「なあ、お母さんいる…」
「部屋には来ない」
「じゃあ、脱いで」
和邇は制服のジャケットとワイシャツを脱いで、上半身裸になった。
「かっこいい」
筋肉質で、からだのバランスもいい。
「六郷も脱いで」さっさとパンツだけになる。
「注射のあとがあるね」腕をさすられる。
「採血」
キスすると大きな手がためらいがちに背中をなでた。
「この前みたいにしてもいい?」
「この前?」
「六郷は覚えてない」
「いいよ」
キスしながらお互いに手でした。
「手がでかい。気持ち…」
「この前もそう言ってた」
お互いに出して、手を拭く。
「普段女の子とやってんのに、男同士で手でして楽しい?」
「なんでそんな事いうの」
「バイに偏見がある」
和邇はムッとしたようだった。
「服着て」言われるがままに服を着る。
「あれ、ネクタイ…」
「ここ」ネクタイは緑色のカーペットの上に紛れていた。
服を着て、バッグを持って和邇のあとについて階段を降りる。玄関へいこうとして手を引っ張られ、そのままダイニングキッチンへ連れて行かれる。
「お母さん!」和邇がデカい声で母親を呼んだ。
「何よ、何かあった?」母親が集中していたらしいミシンから顔を上げた。
「六郷が俺の好きな人だから」
母親はしばらく動きを止めた。
「好きな人?恋人じゃなくて?」
「うん」
「振られたってことね?」
「違う。まだ付き合ってって言ってない」
「付き合うことになったら、また教えて」
「わかった。六郷を家に送ってくる」
「お邪魔しました」
「また来てね」
和邇の母親は作業しながらもにこやかに言った。
「タダイマー」ド派手な頭の和邇より大柄な男が部屋に入って来た。
「おかえり、明」お母さんが顔も上げずに言った。
「こんにちは」
「あれ、この子会ったことある。俺たちどこで会ったっけ?」
「川童スイミングスクール」和邇が言った。
「川童スイミングスクール?あー!溺れた子?俺が祓って引っ張り上げた…」
「え?あの子?」お母さんが顔を上げる。
「ハイ。覚えてなくてすみません」
「事故の前もたまにプールの自由時間で俺と遊んだ事あった」
全く思い出せなかった。プールを習った事すらぼんやりとした記憶だ。
和邇家をあとにして、一駅隣の自宅まで行く。
「『海賊』の部屋も見たかった」
「また来て」
「和邇、一個聞いていい?俺のことプールで助けたのってお兄さん?」
「……そう」
「和邇が助けたって言ってた」
「俺が『アレ』と六郷を見つけて飛び込んだ。でも一人では無理で、兄ちゃんがすぐあとに飛び込んだ。兄ちゃんがそばに来ただけで『アレ』は消えて、六郷を兄ちゃんとプールの先生が引っ張り上げた」
「みんなで助けてくれたんだ」
「ウン。六郷を見舞いに行って、俺が『アレ』を祓った話をしたら、俺たちも検査になった」
「ハハハ、災難。お兄さん、俺の事覚えてた」
「俺も。だってかわいい」
「命を助けると可愛く見える法則か…」
まるで昔話のお姫様だ。人間の心理は変わらない。
家の前に着いた。
「あれ、入らない?」
「いいの」
「いいよ。また大きな手、見せて」あと一回くらいしてもいい。
ニャー太郎は今日はいなかった。
自分の部屋に行き、ローションを出す。
「一緒に風呂入ろう」
ローションを使って和邇と風呂で『遊んだ』。
今朝まで涼真と遊んだ痕跡はシーツを洗濯に出して消えていた。ゴミも中の見えないビニール袋に入れて、出してある。
「和邇は今まで付き合ったのは何人?」
「んー、思い出せない」
「すげー」
「そんなにたくさんじゃない。思い出せないだけ」
「俺はゼロ」
「じゃあ俺を1にして」
風呂上がりの和邇の頭を乾かす。
「ヤりましたって顔で帰るなよ」
「ニヤけてる?」ニヤけた口にチュッとするともっとニヤけた。
髪を後ろ向きに乾かし、男前の顔を堪能する。
「お兄さんと似てたな」
「背はだいたい同じ。趣味は違う」
和邇の兄、明は明るめに染めてツーブロックにして髪をきっちりセットしていた。服装も、スポーツブランドのスウェットにパーカーで、がっちりとした体格も相まってスポーツ選手のオフの様相だ。
天パ長髪でワニのような目つきで一見細く見える和邇とは対照的、陰と陽だった。
「そうだな。スポーツ選手?」
「バスケ」
「バスケ兄弟か。俺一人っ子だからあこがれる。よし、髪乾いた」
「ありがとう」上を向いた顔にチュとすると、また和邇はニヤけた。
送るはずが玄関で我慢できなくなり、キスから始まってお互いの服の中に手が入った。
「泊まっていい?」
「帰れ」
「わかった」何とか気持ちを静めて玄関から出る。
「和邇は言わないの」
「何?」
「『付き合って』」
「自信が無い」
「言えよ」
暗がりで和邇の目が揺らいだ。
「六郷、俺と付き合って」
「いいよ」
一度キスして、ニヤけ男を木戸から追い出した。
「明日、学校で会おう」
風呂に入り、出てきて宿題をやり明日の病院の時間を確認した。
9:15に受付の一番まで。
父親からは返信はない。
寝ようと思い、ベッドに入る。
この狭いベッドに和邇と一緒に寝たとは思えなかった。
スマホが震え、見ると三厨から次のバスケの予定の話、玉田からは個人的に、明日検査終わったら連絡してと来ていた。
玉田はいつも優しい。ラーメン屋でも、「熱いですよ」とカウンターに丁寧にどんぶりを置きながら毎回言う。ラーメンは熱いに決まっているのだ。それでも玉田は毎回言っていた。
和邇からは何もない。さっき帰ったばっかりだ。
新しくメッセージが来た。
『バイト終わった』
少し考えてから、自分の部屋から出て玄関へ行った。
ニャーンと声がして足元にまとわりついた茶トラを玄関から出して、自分も外に出る。
木戸を開け、門の外を見るとオレンジ色の小さな光がボウッと膨らんだ。
「おつかれ」
「疲れた。癒やして、アオ」
リョーマを家に上げて、シャワーを浴びているのをベッドで待っていると眠気に負けてしまった。
「アオ」
「ごめん眠い」
ベッドに裸のリョーマが入ってきて、くっつく。温かくていい気持ちだった。
「……明日病院で大きい検査があるんだ。行きたくない」
「どんな」
「MRIとほかにも色々。お父さんが来ないからまた色々言われる」
「俺は明日は夕方まで予定ない。一緒に病院行く」
「本気?俺、リョーマのフルネームも誕生日も知らない。どこに住んで、どんな人かも…」
「本気。名前は森涼真。誕生日は1月20日。実家は…」リョーマ改め涼真の自己紹介は延々と続いた。
「ハハ、たくさん教えてくれてありがとう」
「明日一緒に行っていいか」
「うん」
7時のアラームで起きる。
涼真は裸でぐっすり寝ていて、なぜか自分も裸だった。肌寒くて抱きついて、ほんの少し笑った。
「なんだよ、何かおかしいか」
「涼真にすごく詳しくなった。例えば…苦手なものは虫」
「虫が大好きよりいいだろ」裸同士で抱きしめ合い、キスして、朝からいちゃついた。
「何時に出る」
「8時に出れば間に合う」
「1時間あるな」
1時間後にいちゃつきながら門から出て、病院へ行った。
憂鬱な説明も、少し紛れた。結果説明のある次回は必ず父親を連れて来いと言われ、途方にくれる。
もう半年会っていない。
12時までかかって全ての検査が終わり、待っていた涼真と院内のカフェで食事をして、学校へ行った。
門のところで別れ、あっさり帰って行く涼真の後ろ姿を見ながら、今までに感じた事のない気持ちになった。
「おはようございます」
6時間目だがお構い無しにおはようと言いながら教室に入る。
「六郷、遅刻か」
「ハイ。病院行ってました」
席に着く前にチラと後ろの席の和邇をみたが、机に突っ伏して熟睡していた。
「和邇を起こせ」先生が言った。
「起きろ」
肩を揺すると、ピクとした後にゆっくりと頭が持ち上がった。
「おはよ」
「六郷だ。いつ来た?」
「今。起きて授業聞こうぜ」
前を向き、筆記用具を出し教科書とノートを広げる。
六時間目が終わった瞬間に後ろから、和邇が抱きついてそのまま引きずられて和邇の膝に乗せられた。
「頭大丈夫?」
「検査は終わった。大丈夫かは2週間後に聞きに行く」
「お父さん来たんだ。タバコのニオイがする」
ドキリとした。涼真のタバコの匂いだ。
「鼻いいな。病院のドトールでご飯食べて来た」
「コーヒーの匂いもする。キスしていい?」
「駄目」
「しちゃう」迫って来た唇を手でふさぎ、膝から降りて席に着いた。
「和邇は頭おかしい」
「頭の検査してるのはそっち」
「確かに」
自分にはもう家族はいなかった。
一緒に病院へ行くとかそういう次元ではない。
おはようやおやすみと言う相手もおらず、食事は何時の間にか冷蔵庫に入っていて、洗濯物も何時の間にか畳まれて籠に入り、部屋の前に置かれていた。
ありがたいといえばありがたいが、自分にとっては、もう家族というものは人生から消えたのだと思う。
父の愛人にはおそらく子供がいるのだった。
母が死んだ今、愛人ではなくきっと義理の母なのだろうが何も聞かされてはいなかった。
あの家は母方祖母の家で、商店街に何店舗も店を貸している自分には相応の不動産収入がある。
『自分』と言ったのは、祖父が死ぬ間際に母に相続放棄させ、祖母に半分、残りを孫に相続させたからだ。
普通に考えれば、母より先に祖母が亡くなるはずだが、母は祖父の死後すぐに体調を崩して亡くなった。
母が亡くなった時に父が相続した金額はたかがしれていて、今後祖母が亡くなっても祖母の持ち分も全てたった一人の孫の自分が相続する。
父がどうやって豪遊しているのかは神のみぞ知る。
おそらく商売の金に手を付けているのだろう。
だから会いに来ないのだった。
三厨の親に相談して紹介してもらった弁護士とは何度か話をした。もう15歳以上なので親権を停止する手続きが出来るらしい。元々三厨のお母さんとうちの母親は幼なじみで、15歳で職人として三厨堂に入った三厨のおとうさんとも昔馴染みだ。
重大な検査があるのに病院にはついてこない、半年以上顔を見せない、子どもの資産に手をつける、もう父親は必要は無い。
いずれ今ある不動産も全て売却し、身軽になりたかった。
商店街は好きだが、ここから出ていきたい気持ちになる時も多かった。
大学受験の前にかたをつけたい。
帰りのホームルームが終わり、担任に遅刻届を渡して病院の結果はまだ先と伝える。
「六郷、帰ろう」
「ごめん、テストがあるからまたな」
和邇を断って職員室まで行く。
今日受けなければならなかったテストを受けて、教室に戻ると和邇が一人、机でノートパソコンを広げてぼんやりとしていた。
「何やってんの」
「レポート。何も浮かばない」
「一緒にやる?」
「うん。膝に乗って」
「お前ほんとに誰かを膝に乗せるの好きだな。優しいクマさん?」膝に乗り顔を見る。前髪を後ろに流すと、整った顔がよく見えた。
「かっこいい。いつも顔を出しとけ」
「ん、ミントの匂い」
「さっき歯を磨いた」
唇に着いたタバコのニオイを落とすために歯を磨いて顔を洗った。
和邇にキスする。
「スースーするだろ」
「もう一回」
しっかり唇を合わせた。
「帰ろ」和邇がキスの隙間から言った。
これはひょっとして普通の恋愛である、と思う。
気になる相手が教室で待っていてくれて、一緒に帰る。
帰り道は楽しかった。
嫌な検査が終わって、父親とのことをかたをつける踏ん切りがつき、そのせいかもしれない。
「俺の家、行こう」和邇が言った。
西本町は新興住宅地で、和邇の家もご多分に漏れずそのうちの1軒だった。
「ただいまぁ」
「おかえりなさい」
和邇のお母さんの声が聞こえた。
二人でリビングダイニングへ行く。
「お母さん、同じクラスの友達」
「こんにちは。六郷です」
そこはリビングダイニングと言うよりアトリエで、片側は天井までの大きな造り付けの棚になっていて、巻かれたり畳まれた布や箱が積み上がり、無数の引き出しと本や紙束が分類されて並んでいる。
「すごい…」
お母さんはおそらく業務用であろうミシンの隣の8人がけほどの広いテーブルで、布を前に何かをしていた。
「新一がお世話になってます…ロクゴーくん、背は何センチ?」和邇のお母さんがこちらを見て言った。
「身長は175くらいです」
「ごめん!ちょっとこっち来て!新一はもう育ち過ぎて無理なの」
呼ばれて行くと丈の長いジャケットのようなものを羽織らされた。
「ちょっと回って見てくれる?」
回った後に納得したようで、それの手直しが始まった。
「六郷くんありがとう。すごく助かった」
「部屋行こう」
和邇に連れられて二階の部屋へ行く。
下からは母親がかけたケルト民謡が聞こえてくる。
「お母さん何してる人」
「舞台衣装を作ってる」
和邇の部屋は、母親の手作りであろう大胆なサバンナの動物柄のカーテンに、真緑のカーペットが敷かれ、ガラスのコーヒーテーブル、ベッドは黄色い柄の大きなタータンチェックだった。
床には赤いとんがったビーズクッション、ベッドにはシマウマのぬいぐるみがひとつ置いてある。
部屋の隅にはバッシュとバスケットボールが網のようなバッグに入りフックに吊るされていた。
「すごい部屋だな。お母さんの趣味?」
「俺の部屋はアフリカらしい。隣の兄ちゃんの部屋は海賊」
ビーズクッションに座る。
「思ったより安定してる」
「こっち」和邇に引っ張られてビーズクッションからベッドへ移動した。
「なあ、お母さんいる…」
「部屋には来ない」
「じゃあ、脱いで」
和邇は制服のジャケットとワイシャツを脱いで、上半身裸になった。
「かっこいい」
筋肉質で、からだのバランスもいい。
「六郷も脱いで」さっさとパンツだけになる。
「注射のあとがあるね」腕をさすられる。
「採血」
キスすると大きな手がためらいがちに背中をなでた。
「この前みたいにしてもいい?」
「この前?」
「六郷は覚えてない」
「いいよ」
キスしながらお互いに手でした。
「手がでかい。気持ち…」
「この前もそう言ってた」
お互いに出して、手を拭く。
「普段女の子とやってんのに、男同士で手でして楽しい?」
「なんでそんな事いうの」
「バイに偏見がある」
和邇はムッとしたようだった。
「服着て」言われるがままに服を着る。
「あれ、ネクタイ…」
「ここ」ネクタイは緑色のカーペットの上に紛れていた。
服を着て、バッグを持って和邇のあとについて階段を降りる。玄関へいこうとして手を引っ張られ、そのままダイニングキッチンへ連れて行かれる。
「お母さん!」和邇がデカい声で母親を呼んだ。
「何よ、何かあった?」母親が集中していたらしいミシンから顔を上げた。
「六郷が俺の好きな人だから」
母親はしばらく動きを止めた。
「好きな人?恋人じゃなくて?」
「うん」
「振られたってことね?」
「違う。まだ付き合ってって言ってない」
「付き合うことになったら、また教えて」
「わかった。六郷を家に送ってくる」
「お邪魔しました」
「また来てね」
和邇の母親は作業しながらもにこやかに言った。
「タダイマー」ド派手な頭の和邇より大柄な男が部屋に入って来た。
「おかえり、明」お母さんが顔も上げずに言った。
「こんにちは」
「あれ、この子会ったことある。俺たちどこで会ったっけ?」
「川童スイミングスクール」和邇が言った。
「川童スイミングスクール?あー!溺れた子?俺が祓って引っ張り上げた…」
「え?あの子?」お母さんが顔を上げる。
「ハイ。覚えてなくてすみません」
「事故の前もたまにプールの自由時間で俺と遊んだ事あった」
全く思い出せなかった。プールを習った事すらぼんやりとした記憶だ。
和邇家をあとにして、一駅隣の自宅まで行く。
「『海賊』の部屋も見たかった」
「また来て」
「和邇、一個聞いていい?俺のことプールで助けたのってお兄さん?」
「……そう」
「和邇が助けたって言ってた」
「俺が『アレ』と六郷を見つけて飛び込んだ。でも一人では無理で、兄ちゃんがすぐあとに飛び込んだ。兄ちゃんがそばに来ただけで『アレ』は消えて、六郷を兄ちゃんとプールの先生が引っ張り上げた」
「みんなで助けてくれたんだ」
「ウン。六郷を見舞いに行って、俺が『アレ』を祓った話をしたら、俺たちも検査になった」
「ハハハ、災難。お兄さん、俺の事覚えてた」
「俺も。だってかわいい」
「命を助けると可愛く見える法則か…」
まるで昔話のお姫様だ。人間の心理は変わらない。
家の前に着いた。
「あれ、入らない?」
「いいの」
「いいよ。また大きな手、見せて」あと一回くらいしてもいい。
ニャー太郎は今日はいなかった。
自分の部屋に行き、ローションを出す。
「一緒に風呂入ろう」
ローションを使って和邇と風呂で『遊んだ』。
今朝まで涼真と遊んだ痕跡はシーツを洗濯に出して消えていた。ゴミも中の見えないビニール袋に入れて、出してある。
「和邇は今まで付き合ったのは何人?」
「んー、思い出せない」
「すげー」
「そんなにたくさんじゃない。思い出せないだけ」
「俺はゼロ」
「じゃあ俺を1にして」
風呂上がりの和邇の頭を乾かす。
「ヤりましたって顔で帰るなよ」
「ニヤけてる?」ニヤけた口にチュッとするともっとニヤけた。
髪を後ろ向きに乾かし、男前の顔を堪能する。
「お兄さんと似てたな」
「背はだいたい同じ。趣味は違う」
和邇の兄、明は明るめに染めてツーブロックにして髪をきっちりセットしていた。服装も、スポーツブランドのスウェットにパーカーで、がっちりとした体格も相まってスポーツ選手のオフの様相だ。
天パ長髪でワニのような目つきで一見細く見える和邇とは対照的、陰と陽だった。
「そうだな。スポーツ選手?」
「バスケ」
「バスケ兄弟か。俺一人っ子だからあこがれる。よし、髪乾いた」
「ありがとう」上を向いた顔にチュとすると、また和邇はニヤけた。
送るはずが玄関で我慢できなくなり、キスから始まってお互いの服の中に手が入った。
「泊まっていい?」
「帰れ」
「わかった」何とか気持ちを静めて玄関から出る。
「和邇は言わないの」
「何?」
「『付き合って』」
「自信が無い」
「言えよ」
暗がりで和邇の目が揺らいだ。
「六郷、俺と付き合って」
「いいよ」
一度キスして、ニヤけ男を木戸から追い出した。
「明日、学校で会おう」



