ワニくん

「何か用?」
「会いに来た」
「俺に?体調はもう大丈夫だから気にすんな」
「入っていい?」
無言で家に戻る。和邇は茶トラを地面に下ろして、木戸から入った。


「六郷は倒れた日の事は思い出せた?」

ダイニングテーブルで向かい側に座った和邇は、ヘルパーさんが予備の食事として冷凍しておいてくれたグラタンを食べている。
ここで誰かと食事をとるのはいつ以来か思い出せない。

「倒れた日と次の日の夕方くらいまでの記憶がない。病院で脳の映像を撮って異常が無いか見るから、明日は遅刻する」
「俺は一緒にいた時の事覚えてるけど六郷は聞きたい?」
「普通に聞きたいけど、聞いたらショック受けるような話じゃないよな」
「全然。じゃあ飯食い終わってから話す」


「壁の穴?憑いてた?なんだそれ、オカルト?」
「ウン」
ソファに座った和邇は膝の茶トラを撫でながら頷いた。
「学校に来たときには憑いてた」
「『ソレ』がオレを穴に引っ張り込もうとしてたのか」
「『あげない』って言って取り返した」
茶トラは伸び上がって和邇の顎に頭を押し付けてご満悦だ。
「和邇も病院で脳みそ診てもらえよ」
「小学生の時に診てもらった。兄ちゃんも診てもらって、頭に異常はない」
「なんで話す?そんな話、誰も信じないだろ」
「話すのは、六郷を助けるのがこれで3回目だから」
「……え?」
「小3の時と中2。夏休みに川童スイミングスクールから救急車で運ばれただろ。
中2の時は、西本町の第三中学校にバスケの試合観に来て体育館で倒れた。六郷のおばあちゃんが学校にお礼を言いにきて、珍しい名前だから気がついたんだ。この3回以外に、意識不明で運ばれた事はある?」
「無い。前もその前も倒れた時にすげー色んな検査受けて…今回もまた検査しなきゃならない。倒れた原因は、和邇ってことか」
「俺が見かけたときにはもう憑いてた。祓われたくなくて、無理やり連れて行こうとしたのかもな。少し前からダルかったりしただろ」
確かに春休み中ずっとダルくて、塾とバイト以外は家で寝ていた。
「はらうってなんだよ」
「追い払える。肩に手を置いたくらいでも、憑いてたものはたいてい逃げる。でも、あの日は後ろから六郷を触ったけど『アレ』は逃げなかった」
「お前病気。妄想がひどい」
「そうかもな。でも俺の妄想ならなんで六郷が気絶する?」それも、3回も。
「俺以外から祓った事もある?」
「あるよ。月に一度くらい。憑いてるのが見えても相手の体に触らなきゃ祓えないから、放ったらかしの事が多い」
「憑いたままだとどうなる」
「わかんねーけど、ダルかったり死んだりすんじゃねえの」
ニャーンと茶トラが鳴いて和邇の膝から降りてこちらに来た。
「今、憑いてるか」

和邇の妄想だと思っても、不安になる何かがあり猫を抱き上げた、
「……心配?こっち来て」
ダイニングテーブルから離れ、ソファの和邇の隣に座る。
「憑いてない。でも念の為…」
そっとかすめるように頬にキスされ、見ていた茶トラは驚いた顔をした。
「気分は」
「普通。セクハラするための言い訳だろ」
「ウン」和邇は口をニッとして笑った。

「泊まった時って俺たち何かしたか」
「飯食いに商店街に行って、六郷の友達に会った。タマちゃん」
「玉田?玉田んちのラーメン食いに行った?」
「イエス」
「他には」
「タマちゃんが店の手伝い終わるから一緒に出かけようって言って、和菓子屋のあるビルの上の…」
「三厨堂かよ、ミツんちに行ったんだ」
「プロジェクターで、バスケの試合観た。中二の時にバスケ観に来たのってあいつらの試合だったんだな。中学の時にバスケの試合で何回か当たったから俺の事知ってた」
「器械体操はバスケ部と体育館共用だから仲いい」
「今度、タマちゃんたちとバスケしに行く約束したから、六郷も行こう。ミツのとこからこの家に帰ってきて、六郷のベッドで一緒に寝て、すげー楽しかった」何か変だった。一緒のベッド?楽しかった?
「六郷が猫みたいな声出して、裸で俺にしがみついたから、ニャー太郎もびっくりしたよな?」
和邇の質問にニャーンと腕の中で茶トラが返事をした。
「ニャー太郎、嘘だって言えよ」
茶トラは無言で大きな目を半ば閉じて、顔を胸に押し付けた。