「和邇と付き合ってる?」
「俺が死ぬ気で六郷を口説いたの」
和邇はバスケ部復帰で髪は更に短くなり、元々筋肉質だった体も仕上がって、夏休み明けには雰囲気が変わっていた。
嶋原は信じられないという顔で和邇を見て、その後こちらを見た。
「六郷、お前お人好しだけど無理なことは断れ」
「無理。俺の中学校の友達で商店街の奴ら全員と仲良くなって、和邇の親と兄ちゃんにも知られてる。みんなをがっかりさせたくない」
「俺は六郷が和邇と別れてもがっかりしねえから」
「ありがと。別れる時は味方して」
「学校では秘密にしとけよ。和邇のファンの女は怖いから六郷の安全のため」
「わかった」
学食でこんな事を話してる時点で秘密がいつまで守られるかは謎だ。
夏休みにグループホームに空きが出て、善と同じ家で暮らせるようになった。
多少家事の分担が増え、下の子たちの世話や勉強を見てやる必要があるが、『家庭的』に暮らす事が出来るようになった。高校生は個室が与えられていて、塾や部活も自由だ。
秋になった頃に父親が見つかった。
発見されたのは廃村の廃虚の中で、その近辺を探索していた人が第一発見者だった。残念ながら白骨化していて、死亡した時期や死因も不明らしかった。
レンくんの話では家で覚醒剤絡みの不慮の事故で亡くなり、仕方なく埋めたそうだ。
善と自分は正式に親がいなくなり、冬になった頃に一つの提案があった。
「特別養子縁組…」
何回か善がグループホームを抜けて、里親家庭で預かってもらっていたのは知っていた。
実父母が亡くなっている状況で、未成年の兄である自分には何の権利もなく、善はその家の子になるという事で話が進んでいた。
「どんなおうちだった?」
「こーんな大きな犬がいるよ」
「へー。なんて名前」
「ボンボン」
「ハハハ、かわいい」
善の話を聞く限りでは、優しくていい人たちのように思えた。
あの母親とレンくんの元で育ち、今のように施設で不安定な生活をするより、新しい家族のところへ行けるとしたらそれがいいことには違いなかった。
善は春に年少さんになるまえに里親の家に行き、そのままその家から帰って来なかった。
「きっと善はもう俺のこと忘れただろうな」
「そんな事無いよ。兄弟だろ。熱いから気をつけて」玉田がラーメンを出してくれて、久しぶりの味にホッとする。
「美味い」
隣でアキラと和邇もラーメンを食べていた。
このあとは、屋外コートでバスケだ。
3年生の春。まだ和邇も三厨や玉田もバスケ部を引退していなかった。
ラーメンを食べ終わり、玉田を連れてバスケットコートへ行く。
「六郷は大学はどうすんの」
「家から通えるところ。俺もうすぐ18歳だから色々自由にできる」
あの騒動から1年経って、持っている貸物件も問題なく、実家は今いる夫婦はまた転勤で、9月から空き家になるので戻ろうと思っていた。
「和邇も大学進学だろ」
「アキラと同じところ目指してるけど、他にも受ける」三厨もそうだった。
「実家から通うんだ」
「玉ちゃんは?」
「俺は調理師免許取って、実家継ぐよ」
みんな将来に向かって進んでいた。
秋に18歳になって成人してグループホームを出た。実家に戻り、大学受験が終わるまではホームヘルパーを頼む事にする。
家は様変わりしていて、水回りや家具などは新しく入れ替わっていたが、自分の家に帰ってきてホッとする。
帰ってきてすぐに、家の前で大きな茶トラ猫がびっくり顔で寄ってきた。
「ニャー太郎!入る?」
相変わらずニャーンと愛想よく鳴き、ためらわずに家の中にはいってきた。
水とトイレ出してやり、砂がなく適当にトイレットペーパーを敷く。
バスケ部もみな高校の部活は引退して受験モードになり、夏期講習では馴染みの顔をたくさん見かけた。
バックパックに勉強道具を詰めて誰に気兼ねすることなく、家から出た。
自転車に乗り和邇の家まで行く。
「お邪魔します」
「蒼くん!ママに5分時間をちょうだい!」服を着せられ、動いて布の動き方をみる。
着ている様子を動画に撮られるが、もう慣れた。
まだ和邇が帰ってきていない事もあり、和邇の母親が出してくれた冷たい緑茶を飲みながら、ソファの前のコーヒーテーブルで勉強する。
時折聞こえるミシンのドドドと言う音やハサミの音、母親の独り言は気にならなかった。
ソファに和邇の兄のアキラが座って、勉強をしている様子を後ろから覗き込んだ。
「新一は?」
「塾。アキラっていい匂い」香水だろうか。
「そう?何もつけてない」
「彼女の匂い?すげーいい匂い」
「そうかもな。新一が帰ってくるまで俺の部屋に来いよ」
お茶と荷物を持って二階へ行き、アキラの部屋に入る。
ダークブルーのカーペットが敷かれベッドは濃い赤と白のストライプのシーツ、家具はみなオイルステイン加工がされていて、壁には船の舵輪と、丸いミラーが船窓に見立てて掛けてあった。
「新一と続いてるね」
「まあね」
「『アレ』は見える?」
「最近は見てない」
「新一がアオイのお母さんを殺したって?」
勉強をしていた手が止まった。
「聞いたんだ」
「新一は自分たちは愛し合ってるから、一生一緒だって言ってたけど、アオイはリョーマはどうすんの」
もう勉強どころでは無い。
「涼真知ってるんだ。何つながり」
「五番街でリョーマがアオイを連れてるのを何回か見た」
「涼真は家のすぐ近くの富士見通りのゲイバーでバーテンしてた。俺が声掛けて遊んでもらってただけ。今は社会人で忙しいから会えない」
「会わないじゃなくて」
「会わない」
「新一はアオイのために人を殺した」アキラが床に座って顔を間近に近づけた。
「アキラはいい匂いがする。女の子の匂い」
目を見つめる。顔は確かに似ているのに弟とは違い、その顔には爬虫類らしさはなく、ひたすらに陽気だ。
「俺と和邇はお互いにどこの大学へ行くかまだわからない」
「そうだな」
「もしかしたらあと数ヶ月の付き合いかも。和邇は『女の子』からモテる。アキラが心配することは何もない。この先も適当にやる」
「新一を傷つけたら人が死ぬ。次はアオイかもしれない」
アキラの顔はその明るさとは不似合いの追い詰められた雰囲気があった。
「あの女の前にも殺してる?」
「……さあな」
「それでも構わない」
「次に殺されるのが自分でもか」
「うん」
玄関を開ける音がして、真横にいたアキラが立ち上がった。
この会話は永遠に封印され、アキラが苛立った顔でこちらを見下ろすのを眺める。
階段を上がる音がして、開けっ放しのドアから和邇が入って来た。
「アキラのところにいたんだ。俺の部屋に行こう」腕をつかまれて立ち上がると後ろから抱きつかれた。
暑い外から帰ってきた体から熱気が伝わってくる。
「六郷が冷たくて気持ちいい」
「お前が熱いの!」
和邇の部屋に入るとドアが閉まり、アキラが階下へ行く足音がして、すぐにベッドに押し倒された。
「和邇、アキラに言ったな」
和邇はピタと動きを止めてこちらを見た。
「アキラに『俺たちは愛し合ってるから一生一緒』って言っただろ」
「言った。だめだった?」
「だめ」
和邇の表情が翳り、ざわざわと音がしてくるような気がした。
「俺、和邇に愛してるって言った事無いよ」
「無い。いつも俺が愛してるっていうだけ」
「なんでアキラに『愛し合ってる』って言った?」
「付き合ってるから、セックスもしてる」
「前にも女と付き合ってセックスもしてただろ」
辺りが急に冷えて部屋が暗くなり、どこかから微かに羽音が聞こえてきた。
「スイミングで一緒に遊んだときから好きだった」
「……」
「でも、『アオイ』はアキラが好きで俺を無視した」
「何も覚えてない」
「中学のバスケの試合でも高校で会った時も、『アオイ』は俺に興味が無かった」
もう部屋の中は羽音で満ちていた。
「聞けよ」
「何を」
「俺が和邇を愛してるか」
「答えはわかってる」
和邇はこちらを見た。
暗い部屋の中に和邇の目だけが、内側から緑を帯びた黄色に光った。
自分はこの目をどこかで見た。
プールの底で、あるいは体育館の二階で、もしかしてもっと別の場所でも。
和邇の目を見つめ、じっとその時を待つ。
羽音は次第に遠くなり、部屋の中はまた蒸し暑く、明るくなって行った。
「俺が死ぬ気で六郷を口説いたの」
和邇はバスケ部復帰で髪は更に短くなり、元々筋肉質だった体も仕上がって、夏休み明けには雰囲気が変わっていた。
嶋原は信じられないという顔で和邇を見て、その後こちらを見た。
「六郷、お前お人好しだけど無理なことは断れ」
「無理。俺の中学校の友達で商店街の奴ら全員と仲良くなって、和邇の親と兄ちゃんにも知られてる。みんなをがっかりさせたくない」
「俺は六郷が和邇と別れてもがっかりしねえから」
「ありがと。別れる時は味方して」
「学校では秘密にしとけよ。和邇のファンの女は怖いから六郷の安全のため」
「わかった」
学食でこんな事を話してる時点で秘密がいつまで守られるかは謎だ。
夏休みにグループホームに空きが出て、善と同じ家で暮らせるようになった。
多少家事の分担が増え、下の子たちの世話や勉強を見てやる必要があるが、『家庭的』に暮らす事が出来るようになった。高校生は個室が与えられていて、塾や部活も自由だ。
秋になった頃に父親が見つかった。
発見されたのは廃村の廃虚の中で、その近辺を探索していた人が第一発見者だった。残念ながら白骨化していて、死亡した時期や死因も不明らしかった。
レンくんの話では家で覚醒剤絡みの不慮の事故で亡くなり、仕方なく埋めたそうだ。
善と自分は正式に親がいなくなり、冬になった頃に一つの提案があった。
「特別養子縁組…」
何回か善がグループホームを抜けて、里親家庭で預かってもらっていたのは知っていた。
実父母が亡くなっている状況で、未成年の兄である自分には何の権利もなく、善はその家の子になるという事で話が進んでいた。
「どんなおうちだった?」
「こーんな大きな犬がいるよ」
「へー。なんて名前」
「ボンボン」
「ハハハ、かわいい」
善の話を聞く限りでは、優しくていい人たちのように思えた。
あの母親とレンくんの元で育ち、今のように施設で不安定な生活をするより、新しい家族のところへ行けるとしたらそれがいいことには違いなかった。
善は春に年少さんになるまえに里親の家に行き、そのままその家から帰って来なかった。
「きっと善はもう俺のこと忘れただろうな」
「そんな事無いよ。兄弟だろ。熱いから気をつけて」玉田がラーメンを出してくれて、久しぶりの味にホッとする。
「美味い」
隣でアキラと和邇もラーメンを食べていた。
このあとは、屋外コートでバスケだ。
3年生の春。まだ和邇も三厨や玉田もバスケ部を引退していなかった。
ラーメンを食べ終わり、玉田を連れてバスケットコートへ行く。
「六郷は大学はどうすんの」
「家から通えるところ。俺もうすぐ18歳だから色々自由にできる」
あの騒動から1年経って、持っている貸物件も問題なく、実家は今いる夫婦はまた転勤で、9月から空き家になるので戻ろうと思っていた。
「和邇も大学進学だろ」
「アキラと同じところ目指してるけど、他にも受ける」三厨もそうだった。
「実家から通うんだ」
「玉ちゃんは?」
「俺は調理師免許取って、実家継ぐよ」
みんな将来に向かって進んでいた。
秋に18歳になって成人してグループホームを出た。実家に戻り、大学受験が終わるまではホームヘルパーを頼む事にする。
家は様変わりしていて、水回りや家具などは新しく入れ替わっていたが、自分の家に帰ってきてホッとする。
帰ってきてすぐに、家の前で大きな茶トラ猫がびっくり顔で寄ってきた。
「ニャー太郎!入る?」
相変わらずニャーンと愛想よく鳴き、ためらわずに家の中にはいってきた。
水とトイレ出してやり、砂がなく適当にトイレットペーパーを敷く。
バスケ部もみな高校の部活は引退して受験モードになり、夏期講習では馴染みの顔をたくさん見かけた。
バックパックに勉強道具を詰めて誰に気兼ねすることなく、家から出た。
自転車に乗り和邇の家まで行く。
「お邪魔します」
「蒼くん!ママに5分時間をちょうだい!」服を着せられ、動いて布の動き方をみる。
着ている様子を動画に撮られるが、もう慣れた。
まだ和邇が帰ってきていない事もあり、和邇の母親が出してくれた冷たい緑茶を飲みながら、ソファの前のコーヒーテーブルで勉強する。
時折聞こえるミシンのドドドと言う音やハサミの音、母親の独り言は気にならなかった。
ソファに和邇の兄のアキラが座って、勉強をしている様子を後ろから覗き込んだ。
「新一は?」
「塾。アキラっていい匂い」香水だろうか。
「そう?何もつけてない」
「彼女の匂い?すげーいい匂い」
「そうかもな。新一が帰ってくるまで俺の部屋に来いよ」
お茶と荷物を持って二階へ行き、アキラの部屋に入る。
ダークブルーのカーペットが敷かれベッドは濃い赤と白のストライプのシーツ、家具はみなオイルステイン加工がされていて、壁には船の舵輪と、丸いミラーが船窓に見立てて掛けてあった。
「新一と続いてるね」
「まあね」
「『アレ』は見える?」
「最近は見てない」
「新一がアオイのお母さんを殺したって?」
勉強をしていた手が止まった。
「聞いたんだ」
「新一は自分たちは愛し合ってるから、一生一緒だって言ってたけど、アオイはリョーマはどうすんの」
もう勉強どころでは無い。
「涼真知ってるんだ。何つながり」
「五番街でリョーマがアオイを連れてるのを何回か見た」
「涼真は家のすぐ近くの富士見通りのゲイバーでバーテンしてた。俺が声掛けて遊んでもらってただけ。今は社会人で忙しいから会えない」
「会わないじゃなくて」
「会わない」
「新一はアオイのために人を殺した」アキラが床に座って顔を間近に近づけた。
「アキラはいい匂いがする。女の子の匂い」
目を見つめる。顔は確かに似ているのに弟とは違い、その顔には爬虫類らしさはなく、ひたすらに陽気だ。
「俺と和邇はお互いにどこの大学へ行くかまだわからない」
「そうだな」
「もしかしたらあと数ヶ月の付き合いかも。和邇は『女の子』からモテる。アキラが心配することは何もない。この先も適当にやる」
「新一を傷つけたら人が死ぬ。次はアオイかもしれない」
アキラの顔はその明るさとは不似合いの追い詰められた雰囲気があった。
「あの女の前にも殺してる?」
「……さあな」
「それでも構わない」
「次に殺されるのが自分でもか」
「うん」
玄関を開ける音がして、真横にいたアキラが立ち上がった。
この会話は永遠に封印され、アキラが苛立った顔でこちらを見下ろすのを眺める。
階段を上がる音がして、開けっ放しのドアから和邇が入って来た。
「アキラのところにいたんだ。俺の部屋に行こう」腕をつかまれて立ち上がると後ろから抱きつかれた。
暑い外から帰ってきた体から熱気が伝わってくる。
「六郷が冷たくて気持ちいい」
「お前が熱いの!」
和邇の部屋に入るとドアが閉まり、アキラが階下へ行く足音がして、すぐにベッドに押し倒された。
「和邇、アキラに言ったな」
和邇はピタと動きを止めてこちらを見た。
「アキラに『俺たちは愛し合ってるから一生一緒』って言っただろ」
「言った。だめだった?」
「だめ」
和邇の表情が翳り、ざわざわと音がしてくるような気がした。
「俺、和邇に愛してるって言った事無いよ」
「無い。いつも俺が愛してるっていうだけ」
「なんでアキラに『愛し合ってる』って言った?」
「付き合ってるから、セックスもしてる」
「前にも女と付き合ってセックスもしてただろ」
辺りが急に冷えて部屋が暗くなり、どこかから微かに羽音が聞こえてきた。
「スイミングで一緒に遊んだときから好きだった」
「……」
「でも、『アオイ』はアキラが好きで俺を無視した」
「何も覚えてない」
「中学のバスケの試合でも高校で会った時も、『アオイ』は俺に興味が無かった」
もう部屋の中は羽音で満ちていた。
「聞けよ」
「何を」
「俺が和邇を愛してるか」
「答えはわかってる」
和邇はこちらを見た。
暗い部屋の中に和邇の目だけが、内側から緑を帯びた黄色に光った。
自分はこの目をどこかで見た。
プールの底で、あるいは体育館の二階で、もしかしてもっと別の場所でも。
和邇の目を見つめ、じっとその時を待つ。
羽音は次第に遠くなり、部屋の中はまた蒸し暑く、明るくなって行った。



