「お前ついてる」
高校二年の始業式、4月6日。
六郷蒼は窓際の後ろから二番目の席になった。
4月にしてはやけに寒い。
窓際は温かく、先生からの目も届きにくい後ろの席でラッキーだ。
『ろ』から始まる名前でよかった、と思ったのもつかの間、後ろに座る生徒から首筋を撫でられた。
「触んな」小声で言う。
「すげぇ鳥肌」
懲りずに後ろの席の男子生徒は蒼の首筋をなでた。
厳しそうな30代の男の担任の先生で、クラス替え早々に怒られたくは無い。
仕方なく椅子を前に寄せて姿勢よく座った。
「お前にツいてるよ」
聞こえてくる低いかすかな声は、きっと自分にしか聞こえてはいない。
しつこい。
後ろの席に座っているのは、学校ではちょっとした有名人だ。
『ろ』よりも後の『わ』から始まる和邇新一、通称ワニくん。
目つきもどことなくワニ的な三白眼で、パーマなのか天パなのか知らないがゆるいウェーブのある髪は、肩に付くくらい長い。背が高く骨太な印象の割に頬がそげた顔、手足がやけに長いのも爬虫類を思わせる。
風が吹きカーテンを微かに揺らし、ブーンという蜂の羽音がした。
チラと見ると廊下との間のドアは閉まっている。
蜂はどこから入ったのだろう。
窓は閉まっているのだ。
窓が閉まっている?
もう一度ふわりと風がほおを撫で、カーテンが揺らぐのが見えた。
ブーン。
また蜂の羽音がする。
今度はどうやら席のすぐ横にまとめられたカーテンの影から聞こえて来るようだ。
ゾクゾクと背筋を寒気が走り、窓の外からの春の日差しとカーテンの影の暗がりのコントラストがやけに…。
手を伸ばし、カーテンをめくった。
窓の下部分の壁に、黒く大きな穴が空いていて、中から大量のハチの羽音と、豚の鳴き声のような動物の唸り騒ぎ立てる声がして、一瞬あとにドッと穴から顔に向かって生ぬるい風が吹きつけた。
「六郷、起きて」
言葉が上から降ってきて、身体が誰かに抱かれているのに気がついた。
目が開いて、目の前の顔を見る。
体はがっしりとした腕に抱かれていて、目の前にある顔は整っていて、どことなく安心感があった。
「かっこいい、誰?」思った言葉がそのまま口から出る。
「ワニ。俺かっこいい?」ニヤっと笑った顔も悪くない。
「うん」
和邇からチュと頬にキスされて、周りから男女合わせたギャー!という声が溢れ返り、我に返る。
ここは教室で、床に座るワニくんこと和邇新一の膝に抱きかかえられていた。
和邇の顔が迫ってきてもう一度頬にキスされ、そばにいた先生が手に持っていたクリップボードで和邇の頭をひっぱたいた。
「和邇!やめなさい!六郷は大丈夫か。貧血?」
「ハイ。たぶん立てると思います」
先に和邇が床から立ち上がり、腕を引かれて何とか立ったがふらついた。
「センセー、六郷を保健室まで送って来ます」和邇が言った。
「駄目だ。柏木と日下部!二人で六郷を保健室に連れて行ってもらえるか」
教室から出る時に和邇を振り返ると、こちらを見て爬虫類的笑顔を浮かべ、手を振ってきた。
壁にはもうあの黒い穴は空いてはいなかった。
高校二年の始業式、4月6日。
六郷蒼は窓際の後ろから二番目の席になった。
4月にしてはやけに寒い。
窓際は温かく、先生からの目も届きにくい後ろの席でラッキーだ。
『ろ』から始まる名前でよかった、と思ったのもつかの間、後ろに座る生徒から首筋を撫でられた。
「触んな」小声で言う。
「すげぇ鳥肌」
懲りずに後ろの席の男子生徒は蒼の首筋をなでた。
厳しそうな30代の男の担任の先生で、クラス替え早々に怒られたくは無い。
仕方なく椅子を前に寄せて姿勢よく座った。
「お前にツいてるよ」
聞こえてくる低いかすかな声は、きっと自分にしか聞こえてはいない。
しつこい。
後ろの席に座っているのは、学校ではちょっとした有名人だ。
『ろ』よりも後の『わ』から始まる和邇新一、通称ワニくん。
目つきもどことなくワニ的な三白眼で、パーマなのか天パなのか知らないがゆるいウェーブのある髪は、肩に付くくらい長い。背が高く骨太な印象の割に頬がそげた顔、手足がやけに長いのも爬虫類を思わせる。
風が吹きカーテンを微かに揺らし、ブーンという蜂の羽音がした。
チラと見ると廊下との間のドアは閉まっている。
蜂はどこから入ったのだろう。
窓は閉まっているのだ。
窓が閉まっている?
もう一度ふわりと風がほおを撫で、カーテンが揺らぐのが見えた。
ブーン。
また蜂の羽音がする。
今度はどうやら席のすぐ横にまとめられたカーテンの影から聞こえて来るようだ。
ゾクゾクと背筋を寒気が走り、窓の外からの春の日差しとカーテンの影の暗がりのコントラストがやけに…。
手を伸ばし、カーテンをめくった。
窓の下部分の壁に、黒く大きな穴が空いていて、中から大量のハチの羽音と、豚の鳴き声のような動物の唸り騒ぎ立てる声がして、一瞬あとにドッと穴から顔に向かって生ぬるい風が吹きつけた。
「六郷、起きて」
言葉が上から降ってきて、身体が誰かに抱かれているのに気がついた。
目が開いて、目の前の顔を見る。
体はがっしりとした腕に抱かれていて、目の前にある顔は整っていて、どことなく安心感があった。
「かっこいい、誰?」思った言葉がそのまま口から出る。
「ワニ。俺かっこいい?」ニヤっと笑った顔も悪くない。
「うん」
和邇からチュと頬にキスされて、周りから男女合わせたギャー!という声が溢れ返り、我に返る。
ここは教室で、床に座るワニくんこと和邇新一の膝に抱きかかえられていた。
和邇の顔が迫ってきてもう一度頬にキスされ、そばにいた先生が手に持っていたクリップボードで和邇の頭をひっぱたいた。
「和邇!やめなさい!六郷は大丈夫か。貧血?」
「ハイ。たぶん立てると思います」
先に和邇が床から立ち上がり、腕を引かれて何とか立ったがふらついた。
「センセー、六郷を保健室まで送って来ます」和邇が言った。
「駄目だ。柏木と日下部!二人で六郷を保健室に連れて行ってもらえるか」
教室から出る時に和邇を振り返ると、こちらを見て爬虫類的笑顔を浮かべ、手を振ってきた。
壁にはもうあの黒い穴は空いてはいなかった。



