私は正直に答えた。ここで嘘をつくのも、おかしいと思って本当のことを伝える。
「・・・ありがと」
彼はもう一度、ふわっと笑ったのだった。
「本当のこと、言っただけ」
彼から視線を外し、桜を見つめる。桜は月に照らされながら、風に吹かれながら空を向いて咲いている。
「ねぇ、桜ってどんなイメージがある?」
なんどなく聞いてみた。こんな変な質問に答えてくれるかは、わからなかった。でも、どう返答されるのか気になった。
「んー、儚い?消えそうで、綺麗に咲いてるって感じ」
「儚い・・・」
儚い。消えそう。少しわかるような気がした。桜は毎年、散るから。
「じゃあ、君は?」
「命って感じ」
「なんで?」
「・・・散っては、また咲くから。魂は何度も何度も生まれ変わるから」
今度は月を見上げる。今日の月は、半月だった。上弦だっけ?小学校の理科で習ったような気がする。
「そっか」
「ねぇ、これから、ここで世間話しない?」
今度は胡散臭い笑みを浮かべる。この笑みは・・・自分の本音を隠す人がする笑みだ。・・・私が一番嫌いで一番見てきた顔。
「あなたの今の顔は綺麗じゃない」
「え?」
「だから、その笑顔?綺麗じゃないって言ってる」
「なんで?」
なんでって。嘘の匂いが、する。だから、全然綺麗じゃない。
「胡散臭いから」
私は、思ったことをそのまま伝える。
「そう。ねぇ、もう一度言うね?これから、ここで世間話しない?」
「なんで」
なんで?世間話何てクラスメイトでもできることだ。まずまず、名前すら知らない彼と話すなんてできるの?
「僕はね。セイって言うの。これで、知り合いだね?」
逃がさないと言うように名乗りだした。
「・・・私は、リツ」
「リツ、これから夜12時にここで。また明日」
その『明日』というのは、夜だよね。セイがこの学校の生徒なのかはわからないし。私たちが互いに知っていることは、名前だけだった。これからのことを想像し、ため息が出てくる。
「帰ろ・・・」
今日は人と久しぶりに話したせいで疲れた。いつもだったらもう少しいるのに、疲れているから帰ることにした。
「はやっ、毎回リツの方が早いよね」
夜の旧校舎に入り浸るようなって数日がたった。セイについてわかったことは、二つある。一つは、最初にあったときの笑顔は見なくなった代わりに、胡散臭い笑顔が増えた。
「あー、今日も疲れた」
そう言って、肩に頭を乗っける。これだ。セイは、距離感がおかしい。
「重い・・・」
セイの頭をグイグイ押すけど、一向にどける気配がない。はー、とため息を吐いてしまう。
「ねぇ、距離感がおかしいって気づきなよ」
別にセイを意識しているわけじゃない。でも、セイは男の子で私は女。それは、変えられることない事実だし。まあ、困ったことと言えば重いだけ。
「別におかしくはないよ。ねぇ、今日はどうだった?」
今日の出来事を頭に浮かべては打ち消す。
「セイに言うほどのことは何も」
この教室は私たちだけ。だからこそ、話が続かない。
「そー、あっ」
セイがいいことを思いつたときの顔をする。しかも、口角は物凄く上がっている。これは・・・、めんどくさいことを言われる。
「一人でいいからさ。友達?話す相手?みたいなの作ってみたら?」
友達、ね。作れるもんなら作っている。必要ないから作っていないのに。
「大きなお世話。お節介」
「でもさ、リツって今僕しか話せる相手、いないでしょ?」
何もかも知ってるぞ、みたいな自分は何もかも知っているみたいな顔をする。
「いないけど、別にそれはそれで楽」
「それ、自分で言ってて虚しくならない?」
「ならない」
本当にセイは、ズカズカと人の心、領域に踏み込んでくるな。
「じゃあ、次は話せる何かをすること!」
私を差し、ニカッと笑う。その笑顔はまだ見たことがない顔だった。不覚にもきれいだなって思った。
「・・・」
何も言えないでいると、それを肯定と感じたのか頭をポンポンし始める。
「少しは誰かと話さないでいると、感覚が麻痺するよ?」
「わかったから。子供じゃないんだし、その手。どけてよ」
ジッと見つめると、睨まないでよと肩をすくめて手をどけた。
「じゃ、明日の報告を楽しみにしてるよ」
セイは、それだけ言い残して教室から出て行ってしまった。教室にいるのは私一人になった。桜はまだ咲いていた。だけど、ところどころに葉っぱが混じっている。
「葉桜か・・・」
今日は、どれほどの花が散るんだろう。次、この教室に来る頃には桜は全て散っているんだろうか。サーと風が桜を、葉を揺らす。ここ数日、セイを話しているせいか一人だと何故か、つまらなくなる。案外、セイとの時間を楽しく思っている自分がいることに驚いた。まさか、あのセイといて楽しいと思っているなんて。
教室では、いつも寝ているフリをしていた。だからだろう。誰も、必要以上に話しかけてこなかった。
「あっ、野々宮さんが起きてる」
声がした方へ顔を向けると、クラスの中心でよく笑っている子がいた。確か、名前は折宮来夏だった気がする。自己紹介の時の話はあまり聞いていなかったせいか疑心暗鬼の中、名前を呟く。
「えっ、名前覚えてくれてたの?」
名前が合っていて、心の中で息をつく。だけど、また誰かに声を掛けられる。
「ほんとだ。野々宮さんおはよ」
そう折宮さんの後ろから現れたのは、えっと誰だっけ。さすがに、折宮さんのことはギリギリ思い出せたけど、それが二度も起きるとは思わないし。迷った末、名前を聞くことにした。
「あー、俺ね?俺は水嶋伊都。これからよろしく」
名前を覚えていなくて、不快にすると思っていたけど彼は快く名前を教えてくれた。
「ふふ、私は覚えてもらえてたよ」
「どーせ、まぐれだろ。お前だってギリギリまで忘れられていただろ」