俺はゼフェン・プリズマーティッシュ・クルウレンの七十四代国王。
 今日、我が国は異世界召喚の術を行う。とは、言ってもこの召喚術を先導するのは神殿。国としては一応関与はしていない。
 しかし、召喚術を行う尊者は全員王家の血を引く者だし、異世界から人を招く第一の理由は、渡り人の持つ強力な魔力を受け継ぐ子をこの国に作るためだ。
 渡り人が男ならば俺の従姉妹アナスタシアが結婚し、その男子を俺の養子にする。女ならば俺の正妃にする。
 そこに俺たちの気持ちは?アナスタシアは承諾したと聞いたが、では渡り人の気持ちは?
 魔力が低ければ、王位を継ぐことは出来ない。俺の異腹の長兄、ジルベールの母は平民だった。そのためか、ジルベールの魔力は王族としてはかなり弱い。ジルベールの母は父の愛妾にもなれなかったために、父の側妃で子のいない妃に養子に入り、ジルベールは王子として生活することになった。幼いときに母親と引き離されて。
 兄弟の中で誰よりもこの国の事を知っていて、立場が弱い人間の気持ちも分かる。俺はジルベールこそが王であるに相応しいと思うのに。
 父王は、自分の妃に魔力の強さを求めなかった。我が母は橙色の魔力を持った人だった。そのため、私と同腹のシルヴェストルは強い魔力を持てたのだが、それ以外の弟妹は王族としてはそれほど魔力が強くない。

 魔力がより強い人間が王位を継ぐと言う決まりも、国政に口出すことは出来ないと言いながらも、国に関与し忖度する神殿と国の微妙な関係も本当にくだらない。
 魔力が強くなくても国を治めることは出来る。父王がしたかった事、父王が描いた国の青写真。全てを俺が叶えられなかったとしても、次の世代、その次の世代がそれを現実にしてくれたら。
 そのためにも、俺は渡り人を黙って王妃に迎えたりはしない。

「クロヴィス宰相がお見えです。」
「入れ。」

 レオナール次兄のクロヴィスが書類を持って入ってくる。

「本当に召喚術式に立ち会わなくて良いのか?お前の将来の正妃が来るかも知れないんだぞ?」
「あぁ。…俺は渡り人を正妃に迎えようとは思わない。あちらにだって意思はあるだろうし、もし男だったとしてもアニアと結婚させるつもりもない。アニアはそう言うタイプの人間じゃない。あいつには自分の身につけた力や知識をもっと活かせる場を見つけて欲しい。」

 クロヴィスは数枚の書類をレオナールの机に置いた。

「そうか。式は一時間後に予定通り行われるらしい。お前が関わり合いを持たないつもりでも、この国に招いたんだ、こちらで出来るだけもてなすよ。しかしなレオナール。お前がどう思っているかは分からないが、魔力の弱い俺から考えると、やっぱり王には強い魔力が必要だと思う。それが国民の拠り所となるんだ。まぁ、俺の私見だけれど。」

 “それじゃ”と言ってクロヴィスは部屋を出て行った。



 私は七十一代国王の第一王女。
 この世界には魔力があり、それは十三歳から十五歳までに行う洗礼によって授けられる。
 私は人間が生まれながらに得られる最高の赤色の魔力を持っている。

 我が国は魔力の強さで王が決まる。
 しかし王女に王位を継ぐことは出来ず、全ての王子が洗礼出来る年齢になって洗礼を受け、魔力の強さが分かったらその中から王太子を決める。

 けれど今日、私の二十五歳離れた弟が生まれた。
 国王(ちち)が手を付けた下働きが母だ。

 国王(ちち)も、相手が下働きならば子が産まれても魔力が強くならないと思ったのだろうが、実はその下働きは、没落した伯爵家の末娘だったのだ。
 彼女は幼い頃の栄華が忘れられず、魔力の強い男子を産めば自身も妃になれると思い、橙色の魔力を持っている事も、元貴族だった事も隠して下働きになった。

 そして国王(ちち)に取り入ったのだ。国王(ちち)はまんまと若い娘にしてやられた。
 相手の方が一枚上手だったと言うわけだ。

 父親が赤色で母親が橙色の魔力なら、子は十中八九赤色の魔力を持って生まれてくる。
 しかし、既に四歳下の弟が王太子になっている。

 大昔、この国の内戦は激しかった。
 同じ赤色の魔力を持つ王子同士がそれぞれに派閥を作り戦っていた。
 いつの頃かの賢王が、その事を嘆き立太子が恙無く終わったら、その他の赤色魔力を持つ王子を神殿に入職させ、尊者という最高位を与えることにした。
 神殿に入職した者は家格を捨てざる得ない、そして国政には口を出せなくなる。それからそれが慣習となって現在に至る。

「こんにちは、あなたが私の弟ね。」

 王宮の端の端。誰からも目の届かない部屋で生まれた弟をマルゲリットは優しく胸に抱く。
 母親の胸に抱かれることもなく彼はここに連れてこられた。

王妃(はは)の耳には入っていないのね?」
「はい。マルゲリット殿下。」
「なら良いわ。少し今までの慣例とは違うけど、私が彼を引き取って神殿に入ります。」
「マルゲリット殿下。」

 侍従のアドルフは苦々しい顔をする。

「侍女のアンヌ、そして彼とその母親を私の侍女として連れて寮へ入ります。」
「殿下。」
「アドルフそんな顔しないで。別に母親になるわけではないのよ。アングランド候のご子息とも勿論結婚致します。ただ、この子はこのままじゃ疎まれてしまう。この子の母親は愛妾にもなれないわ。王妃(はは)はそう意味じゃとても冷徹な人よ。我が子の即位を邪魔する者には容赦しないでしょう。それに王妃(はは)には二大侯爵家が後ろ盾として付いている。それを敵にしてこの子が政治に関係することは出来ないでしょう。この子は神殿に入職するのが一番良い。」

 生まれたばかりの弟の頭を愛おしそうに撫でる。

「この子の母親にはこう伝えて、国王の側女でいたいのならこの子には一生会えない。国王との事を諦めて、母親として生きるのなら、私の侍女として付いてくることを許すと。」

 アドルフは一つ頷く。

王妃(はは)には私から話します。」

 アドルフは深々と頭を下げる。

「この子の名前は決めたわ。ロベール。大昔のとても信心深かった王の名前よ。きっと神の道をよく勉強して、国のために尽くす子になるわ。きっと弟のことも助けてくれるに違いないわ。ねぇ、ロベール。そして、いつかあなたを大切に思ってくれる人を見つけるのよ。」

 マルゲリットは寄る辺のない小さな弟のこれからの人生がこの子にとって望ましいものになるようにと願いを込めて、額にキスをした。



 私は神殿に仕えるシド・カンバーランドしかし家名のカンバーランドは神殿に入るときに捨てた。

 私は七十二代国王の第一子として生まれた。
 弟妹は、正妃の我が母から三人、側妃三人から合わせて四人、寵妾から合わせて二人の計九人いる。
 一番年の離れているのは側妃の一人が産んだ弟で十五の年の差があった。

 この国は魔力の強さで王が決まる。洗礼を受けると魔力を授かるが、それまで自分がどれほどの魔力を持つのかは分からない。
 ただ、両親がどの程度の魔力を持つかで大凡の予測は出来る。
 私の母は橙色の魔力を持ち、父はその上の魔力である赤色の魔力を持っている。
 だから私が赤色の魔力を授かることは分かっていた。

 私が十三で洗礼した時、橙の混じる赤色の魔力を授かった。
 そのまま、騎士団に入団し、弟たちが洗礼を終えるのを待った。
 一番末の弟が洗礼を終えたのは私が二十八の時だった。
 王位継承権のある王子が全て洗礼を受けたところで王位は同腹の弟が継ぐことが決まった。
 私は正直良かったと思った。
 王とは窮屈な生き方だ。
 その頃の私は魔獣討伐専門の近衛騎士団第一団隊に所属し、魔獣討伐に自分の才能を見つけていた。
 王になれば最前線へ行くことは叶わなくなる。

「シャルル、立太子おめでとう。名前ももう呼べなくなるのだな。年上だからと偉そうに出来るのも、これが最後か。」
「もう、出て行くのか?」
「あぁ。王族ではなくなった俺に王宮に住む資格はないからな。」
「…そうか。兄さん、俺の代わりに頼むよ。ウチの弟妹はことごとく剣が不得手だ。ラウルには公爵位を与えて後に私の宰相になって貰おうと思っている。あいつは人の機微に聡いからそう言う役回りが合っているだろう。兄さんはこのまま第一団隊に残ってくれるか?」
「いいや、俺は素直に神殿に行くことにする。役職は弟たちに残してやってくれ。」
「尊者になれば、魔獣討伐の最前線へも行けるからか。」
「あぁ。」
「兄さんと呼ぶのも最後になるか…慣例とはくだらない事が多いな。体に気をつけてくれ。」
「殿下も。有象無象に構わず、己の信じることをすれば良い。」
「私は次世代に希望を残せれば良い。」

 お互いよく似た顔で笑い合った。

「そう言えば、庭師の娘との間に生まれた子はどうした?」
「父上に知られると大事だから、隠すのに必死だよ。あの子だって我が子だ。彼らの世代が母親の貴賤に関係なく王の子として生きていける様に、そんな世の中に出来る様に頑張るよ。兄さん。」
「それじゃ、俺はそんなお前の子供たちが少しでも希望を叶えられるように力になるよ。シャルル、くれぐれも無理はするなよ。兄貴としての最後の言葉だ。それでは殿下、御前を失礼致します。」

 シドは臣下の礼をして、王宮を後にした。



「ロベール様は神殿の尊者様になってしまわれるの?」
「そうですよ。」

 現王の末息子のロベールは、異腹の姉の嫁ぎ先であるアングランド侯爵家に来ていた。
 ロベールはこの前十三を迎え、昨日洗礼を受けた。それによって赤色の魔力を授けられた。

「では、もうここにはいらっしゃらないの?」

 侯爵家の娘ジャンヌは寂しそうな顔をする。
 叔父と姪の関係ながら年の差は二つ。

「いいえ。時にはこちらに来てマルゲリット様やあなたの様子を伺いに来ますよ。尊者になるとは言っても、学院にも通わなければいけないし、尊者の仕事は暫くありませんから。ただあなたもそろそろ洗礼の準備をする年ですから、あまり甘えてばかりではいけませんよ。」

 マルゲリットに育てられたロベールにとってジャンヌは可愛い妹の様な存在だった。

「洗礼が終われば、私は従兄弟のシド様と婚約するのだと聞きました。シド様からはお手紙を貰っています。」
「そう。優しい許嫁で良かったですね。」
「でも少し文章が幼いわ。」

 ロベールは優しく笑う。

「そう言えば、ロベール様はなぜ縁談を断るのかと母上が悩んでいらしたの。なぜなの?」

 可愛い姪の屈託ない質問に苦笑いをする。

「私には神の道が全てなのですよ。神に祈りを捧げ、この国に安寧をもたらしたいのです。」
「母上に教えてもらって私も祈っていますのよ。」
「そうですか。それはとても尊い行いですね。」
「ねぇ、ロベール様。ロベール様の幸せとは何?」
「それもあなたの母上が心配なさっていたのですか?」
「いいえ。これは私の父上が。毎日のように私の幸せを願うのです。だから、父上のために私は幸せにならなくてはいけないのです。」

 ロベールは、ため息を吐く。
 私は望まれぬ子だった。母は王の寵妃になるため私を身籠ったが、無駄に強い魔力だったために、逆に疎まれた。
 私自身も鮮やかな赤色の魔力を持ってしまった。
 しかし、もう王太子は兄上に決まっている。私が生まれる前から。
 これから私は王妃や兄の側近たちに常に監視されるだろう。だから、神の道を行くしかないのだ。
 婚姻一つも足を掬われる事になりかねない、私は結婚などしない。

「ジャンヌ。ごめんね。それは私にも分からない。でも、幸せを祈ってくれる人が沢山いることが幸せなことなのかもしれないね。」

 ロベールに言えるのはこれだけだった。



「お迎えに上がりました。ジルベール王子。」

 いつもと違う服を着せられて落ち着かないでいると、知らない年配の男性がそう言った。助けを求め振り返ると、母は笑っていた。

「王子殿下、これからの殿下の健やかなるご成長を心からお祈り致します。」

 最後に見た母はそう言いながら、王族に対する礼をしていた。それが俺の十歳の頃の記憶だ。


 王宮に着くと、父だという人がいた。見たこともない様な立派な椅子に座り、その左右に三人の女性と二人の小さな子供を従えていた。一人の女性は小さな子供を抱いていて、その隣に立った女性がにこやかに俺に近づいてきた。そして跪き、優しく俺の頭を撫でた。

「初めまして、ジルベール。私はクリスティーヌ。今日からあなたの母になりました。」

 若く美しい人だった。長く父の側妃だったが子供に恵まれなかったのだと後から聞いた。
 それから俺は王子教育を受ける事になった。読み書きは町で神官を辞めた人が開いてた学校に通っていたから出来たが、この国の歴史や礼儀作法なんて知りもしなかった。
 しかし、数ある王子教育の中で剣だけは才能があった。だが、それだけでは足りなかった。俺には決定的に足りない物があった。魔力だ。風呂に入るのにちょうど良い様な湯を湯船いっぱいに出せてもこの魔力じゃ魔獣は倒せない。
 人との争いがない今、戦闘力として必要なのは魔獣と戦える魔力だ。

 少しだけ苦く、苦手な記憶のある離宮の廊下を歩く。ある一室に入る。

「母上、ご機嫌いかがでしょうか?」
「まぁ。ジルベール。召喚術が成功して今は忙しいんじゃないの?」

 後宮での苦労のせいか光り輝いていた様なブロンドは今は真っ白になってしまっている。

「いいえ。クロヴィスなどは忙しくしていますが、私は近衛騎士団長などという書類仕事の役職に就いていますから、そう忙しくはありません。」
「じゃあ、いっしょにお茶でも飲めるのかしら?」
「はい。頂きます。それと、母上のお好きな花を。」
「まぁ。綺麗なお花ね。私がカーネーションが好きな事、今でも覚えてくれていたのね。サビーナお花を生けて頂戴。」
「はい。クリスティーヌ様。」

 しかし、笑顔は昔のまま、まるで聖女の様な優しさと優雅さがある。その笑顔にジルベールはほっとして花束を渡す。

「ここにはもう訪れてくれる人はいないから、あなたがたまさかにもこうして来てくれると嬉しいわ。初めて会ったときにはあんなに小さかったのに。立派になって。」

 クリスティーヌは十二歳しか離れていないジルベールを本当の我が子の様に慈しみ育てた。

「でも、ジルベール。あなたまだ正妃を娶るつもりはないの?」
「えぇ。そのつもりはありません。母上には寂しい思いをさせてしまい、申訳ないと思っていますが。」
「私の事なんて良いの。あなたの想う人は立場のない人なの?ならば、私の生家の伝手でどこかの養子になるとか…」
「いいえ、そうではありません。ただ、そう言った関係に自分が不向きだと思うだけです。」

 侍女のサビーナはクリスティーナに良く見えるようにドアの横のコンソールテーブルに花を飾った。
 産みの母も庭先でこの花を大切に育てていた。密かな想いを込めて。

「そう。あなたがそう思うのなら無理強いすることではないのは分かっているから。ただ、何か壁があるとするならば、私にはその壁を取り除く手立てがあるかも知れないからちゃんと相談してね。私にとっては、あなたが幸せであることが何よりなのですから。」
「はい。母上ありがとうございます。」

 ジルベールは飾られたオレンジ色の花を見て自嘲する。花に思いを託すなど、らしくないと思いながら。



 十三の初夏、父親に連れられ王宮の隣にあるイリスの泉に行った。弟や妹も行きたいと言ったが母に首根っこを掴まれ、引きずられるようにして納屋の方へ行った。苗木の手入れをさせられたはずだ。

「泉は真夏でも温度が高くならないから、夏に洗礼を受ける奴が多くてな、混むんだ。真夏の休みは建国記念日も顔負けの混み合いだ。」

 父はそんな話をしながら、あてのない散歩みたいな感じで歩いていた。父は青色、母は緑色の魔力を持っている。平民で両親ともに魔力持ちなのは珍しいと聞いたことがあった。

「うちは二人とも魔力があるからお前たちも魔力はあるとは思うんだが…庭師としては役に立つんだか立たないんだかな。あっ種まきには向いてるかな。重い思いをしなくても水が撒ける。」

 そう言いながら笑っていた。俺の家は先代国王の時から王宮の庭師をやっていて、王都の中央広場のすぐ目の前で園芸店も営んでいる。確かに、遠い水場から水を運ばなくても良いのは有り難い。


 ズボンの裾を捲り、靴を脱いでいると隣の父親も何故か裸足になっていた。

「何で親父まで裸足なんだよ。」
「ここまで歩いてきたら暑くなった。俺も涼みたい。」

 二人で笑いながら泉に浸かった。
 俺の体から放たれたのはハッキリとした黄色だった。親父は初めて見る色に驚きを隠せないようだった。いつの間にか、事務所に詰めていた王宮の官僚らしき人間まで見に来ていた。


 そして、俺は次の九月王立学院に入った。学院では二百年振りの平民の新入生だった。
 王立なんだから、貴賤分け隔てなく教育するのが国政ってもんだろう?と俺は思うが、実のところ学院への入学に貴賤の別はないらしい。入学金と四年間の授業料はそれほど高くなく、平民でも定職を持っていれば十分に払うことのできる金額らしい。ただ、授業で使う道具や教材が高額でそれを四年分用意することが難しい様だった。俺の場合は国から通う様に言われたから、それらも国が用意してくれるのだとか。
 返済不要の奨学金を払ってでも国が俺を学院に通わせたいのは、黄色の魔力があると暴走した時に人を傷つけてしまう可能性があるからだ。
 元聖職者が教える町の魔術学校もあるが、ほんの基本しか勉強しない。水の出し方、火の起こし方。その程度だ。黄色の魔力を持つ人間にはそれでは足りないらしい。魔力のあるものがその力で人を傷つければもちろん罪になり、罰せられる。だから、ここで魔力の扱い方や、どんな事が法律に違反するのかなどを勉強するのだ。

「ごきげんよう。アリアンヌ様。」
「あら、ごきげんよう。ジャンヌ様。昨日の・・」

 シルヴァンの横を少女が通り過ぎる、みなそろいの制服だ。勿論シルヴァンも着ているがこれも金額を聞いて腰を抜かしそうになった。それを夏冬用と着替え用、それに加え登校用の鞄、靴。剣術などの時の運動用の服に靴それらの全てが学院指定だ。これを全て揃えるとなると…それも全て国が揃えてくれると聞いて両親と共に一安心した。
 教室に入って、一番後ろの席へ座る。背もたれのない椅子に今でもまだ慣れることが出来ない。これは、まだ生徒たちが私服で通っている頃、ドレスで登校する女生徒が多く背もたれがあるとパニエが邪魔になり座れなかった、その名残らしい。
 彼女らにとってここは教育を施される場ではなく、社交の場なのだ。だから人よりより華やかなドレス、流行を先取りしたドレス、そうやって競い合ううちに一クラス三十名に対しかなり余裕のある教室が、女生徒の巨大化ドレスで幅をとられ、座れない生徒が出たのだそうだ。それで、五十年ほど前から制服が採用されている。


「では、先週のテストを返す。上位十名までは順位通りに呼ぶので取りに来なさい。一位はシルヴァン・オリヴィエ、99点。惜しいが、ケアレスミスだぞ。正解できたはずの問題だ注意しろ。」

 シルヴァンは一番後ろの席から前へ出る。猫がおもちゃに興味を持っているときの様にシルヴァンの動きと共に生徒たちの顔も動く。
 自分のどんな小さな動きの一つも見逃さないとでも言う様なクラスメートの視線には三ヶ月で既に慣れた。

「二位はウルバーノ・ディステアク、97点。」

 綺麗なプラチナブロンドにグレーの瞳を持つ彼は、隣国の王子。第一王子で、この学院を卒業後は自国へ戻り、そこで高等教育を受けた後に立太子する予定なのだそうだ。そして、何故か彼がこの学院に留学しているせいで、授業が全て彼の国の言葉で行われている。俺も国の言葉を知らなかったが、祖母が国境付近の町の出身だったために、聞き覚えのある単語がかなりあった。それが俺のアドバンテージになっていた。それに加えて、彼の国ではいついかなる時も目下が目上に話しかけてはいけない様で、彼はそのルールをこの学院でも徹底的に守っている。彼の啓蒙活動の効果と言葉の壁で三ヶ月経った今は、誰も彼に話しかけない。そして彼も誰にも話しかけないから、彼は常に一人だ。

「三位はクロヴィス王子、94点。」

 彼はこの国の第二王子。ウルバーノ王子とは違い、話しやすく親しみやすいが、腹に一物ありそうと言うか、見たままの人物ではなさそうな気がする。そして唯一ウルバーノ王子に話しかけても注意されない人物でもある。

 まぁ、でも園芸店の店主になる俺には何にも関係はない。ただ国に言われたのだとしても折角通える事になった学院だから、教えてもらえることはきっちり学ぼうと思う。剣術は思ったよりも楽しいし。…ただ、家で素振りをしていたら妹のリナが剣術に興味を持ってしまったのだけが心配だ。あいつは一度拘ると際限がないから。

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