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甘党な榊原くんは、彼自身があまいスイーツみたいだ。
【どうしよう、すごく緊張してきた】
【大丈夫、白木さんはずっと可愛いよ。朝、迎えに行くから】
バイト帰り送ってくれる榊原くんとは、家の前となったら「ばいばい」しか言うことはなかった。けれど今日は「おはよう」を言えた。
バイトに行くときと同じ、耳の高さのツインテールをくるくると巻いてシフォンのリボンをつけて、着てみたかった白色のカーディガンをダボっとさせてみた。茉莉乃みたいにわたしもぜんぶ色を合わせて、白を選んだ。シフォンのリボンは榊原くんに「いちばん似合う」と言ってもらったものだ。
くぐるレンガのアーチ、いつも感じる視線とは少し違うざわめきを感じた。わたしだけでなく、隣の人物にも視線が向けられている。
わたしがカワイイを前面に出したように、榊原くんも今日は爽やかblack sugarモード。
「え、だれ!?も、もしかして花笑!?って隣は!?」
「えっと、花笑で間違いないです。隣は榊原七緒くん」
「榊原七緒です」
「榊原くんってだれ……って、えぇ!?あの地味&暗な榊原くん!?」
昨日まで学園の王子様だったわたしと、人と全く関わらない榊原くんの謎コンビ。そしてふたりとも、昨日までと180度違う容姿。教室に足を踏み入れれば、まだそこまで人がいない8時15分でも空間がざわめきに満ちてゆく。あ、わたしと一緒に来たせいで榊原くんが少し遅め登校になってしまってた。
茉莉乃をはじめ、教室内はパニックだ。わたしが王子キャラをやめた、加えて隣には爽やかイケメン。正体はあの地味な榊原七緒。
「え、え、わけわかんない……!」
うまく情報を整理できていない茉莉乃が紡ごうとする次の言葉に身体がこわばる。どんなことを言われるのだろう。茉莉乃はわたしをよく「かっこいい」と言ってくれていた。キャラじゃないことこそ知っていても、わたしをイケメンだ王子だと言っていたのもまた事実で。わたしも茉莉乃みたいにおしゃれで可愛くいたかった、なんてマイナスに思われないだろうか。
心臓がばくばくうるさい。ぎゅっと目を閉じれば、左手にぬくもりを感じた。隣にずっといてくれた榊原くんの温かさを、手のひらを通じて分け与えてくれていた。たぶんみんな、顔やら髪型やらに集中して、繋がれた手になんて気が付いていない。
「わけわかんないし、びっくりしてる、けど……」
ぎゅっと左手に力を込めたら、大丈夫と言わんばかりに彼の右手がやさしさを伝えてくれた気がした。
「……けど、花笑、めちゃくちゃ可愛い!」
満面の笑みを向けた親友は、わたしが欲しくてたまらなかったその言葉を言ってくれた。思わず涙が滲みかける。勇気を出して、良かった。榊原くんのおかげだ。
茉莉乃以外のクラスメイトからも「王子、可愛い!」って声が聞こえてきてほっとして嬉しくなった。同時に聞こえてきた「花笑さまももちろんだけど、榊原くんかっこよすぎない……?」の声にはまたわたし、むっとしちゃいそうだ。
「ほら、大丈夫だったね」
「ありがとう、榊原くんのおかげ」
それでも今は、きちんと自己表現ができるように導いてくれた彼への感謝で頭も心もいっばいだ。black sugarはわたしにきらめくきっかけをくれた大切な場所になった。
「白木さん」
「ん?」
「白木さん見てたら俺も好きを表現したくなってさ」
教卓の前、隣に並んでいた榊原くんがふと、わたしと向きあった。この間何気なく聞いてみた身長は175センチで、ちょうどわたしと15センチ違うねって話をしたばかりだった。15センチ上から、優しくも甘い眼差しがわたしの視線をリボンのように結んだ。
「甘いものが好きだよ、って?」
「うん。どんな白木さんも良いけど、俺は世界一甘くて可愛い花笑が好きだよ」
耳に残る、甘い言葉。
きゅうっと胸が締め付けられるような視線に、どきどきは最高潮で、とまらない。
「え、え、榊原くん、何を言って……」
「花笑のことが好きだって言った」
今度はわたしがわけがわからなくなって、情報の整理ができなくなった。ひとつ、わかることは、榊原くんのとんでもなく甘い微笑みがわたしだけに向けられていること。教室内はまた、パニックになっているのだろうか。今のわたしじゃ、周りの声なんて拾うことができない。
「みんなの期待に応えたくて頑張っちゃうけど、本当は可愛いものが好きで甘いものが好きで誰よりも可愛い本当の白木花笑が、俺は好きだよ」
本当のわたしを好きだと言ってくれた憧れの人。言葉を頭の中で反芻したら、さっき少しだけ滲んだ涙が膨らんでそのままこぼれ落ちた。もらった言葉すべて、贅沢すぎる。わたしにはもったいない言葉ばかり。
「花笑、泣かないで。いや、俺が泣かせたのか」
「そうだよ……っ、幸せな涙だよ」
「じゃあ、もっと一緒に幸せになりたいから、俺の彼女になってください」
周りの声も表情もざわめきもなにも入ってこない。ただ榊原くんが向けてくれる、ショートケーキのいちごみたいな笑みを受け止めるだけでいっぱいいっぱいなの。
本当の君は、爽やかで人当たりが良くて優しくて、それでいて自分を律せる芯を持った素敵な人。本当の君を知って、憧れが増した。
甘い甘いセブンティーンが、始まる予感がした。内緒にしてたけど、本当はわたしだって甘い恋がしたい乙女なの。
「──七緒こそ、わたしの彼氏になってください」
今日からわたしは学園の王子様をやめて、君だけの彼女様だ。
-fin-


