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学校では黒くて苦いブラックコーヒーみたいな高校生、バイト先では清涼感あふれるサイダーみたいな大人気店員、普段は物腰柔らかで超甘党なお砂糖たっぷりの17歳。いくつ顔があるのだろう、まさしく彼はギャップ男子だ。今はお砂糖モードの榊原くんと、地元のいちご専門店にやってきたところだ。
店内はいちごに合わせているのか赤とピンクが混ざったような鮮やかさに加えて、緑とクリーム色が散りばめられていて、空間そのものがカワイイで溢れていた。
メニューの1ページに大きく載っていたいちごパフェをふたりで迷わず注文した。いちごがふんだんに使われた、特大サイズのパフェには目をキラキラさせるしかできることがない。
「か、かっわいい〜」
ビジュの良すぎるパフェに目を奪われながらも、向かいに座る榊原くんへ目を向ければ。
「(こ、こっちもかっわいい〜)」
わたしが頼んだパフェよりもう一回り大きなそれに目を輝かせ、瞳の真ん中にハートすら見えた。本当に甘いものが好きなんだとありありと感じられて、わたしの身体のハートがきゅんとうるさく鳴った。
幸せそうにクリームを頬張る榊原くんを、クラスメイトの誰が想像できるだろう。これはわたしだけの秘密だ、絶対に誰にも教えてあげない。
幸せをからだいっぱいに広げていけば、ふと近くの二人組の声が聞こえてきた。
「え、あれ王子っぽくない?花笑さま」
非日常に近い幸せが一気に現実に戻ってジェットコースターのくだりに差し掛かったときのようにひゅん、と浮いたような感覚になった。ふいに脳を貫くように放たれた声に、思考が停止する。
「……白木さん、顔、伏せて」
榊原くんもきっとその声に気がついたのだろう。わたしは言われるがまま、顔を伏せて一度手を止めた。どきどきとさっきとは違う意味でハートがうるさくなる。
「えー?そんなわけないよ!だって王子ってかっこいいじゃん?」
「ま、だよねー!王子が女の子っぽい格好してたら引くかも。王子は王子でいてほしいっていうか、ね」
「言いたいことわかるよ、王子様でいてほしいよねー!」
きゃははと笑いながら、わたしの話題はどこかへ飛んでいったみたいにすぐに消えた。もうわたしの話はしていないのに、顔を上げられない。やっぱりわたしは──……わたしが好きなものを表現しては、きっとだめなんだ。
「白木さん」
「……はい」
「顔、上げてほしいな」
耳にすとんと落ちる声色は、今まで接したどんな人よりも優しくて温かい気がした。ゆっくり顔を上げれば、穏やかな瞳がわたしを映した。
「……俺はずっと、周りに合わせられる白木さんに憧れてた」
「……え」
突拍子もない話に、間抜けな声がも思わず抜け落ちた。そんなこと、関わるようになっても聞いたことがなかったから。わたしが何か言うのを待つでもなく、ぽつりと続けてゆく。
「でも、本当の白木さんのことも知ってほしいとも思う。白木さんが周りに合わせすぎたり、傷つく必要なんてない」
「だけど……自信がなくて、怖くて」
それは、紛れもなく本心だった。わたしはずっと、自分を表現することが怖くて逃げている。逃げて、求められる自分でいればいざという時に自分を守ることができるから。わたしは全然、少女漫画に出てくるような王子様のようにかっこよくもなくて強くもない人間だ。
「本当は、俺だけが知ってたい。本当の白木さんがこんなにも……」
絡み合った視線は、ほどけてはくれない。絡まったまま、続けるか迷ったように少し顔を赤らめた榊原くん。
「……こんなにも、可愛い笑顔を見せてくれるってこと、俺しか知らないなんてもったいない。……俺だけが知ってればいいとも思うけど」
「さ、榊原くん、何言って……!か、可愛いって……っ」
わたしのほっぺはたぶん、いちごよりも赤くて、チークなんて意味をなしていないと思う。うまく顔を見れない彼を一瞬だけちらっと盗み見れば、もうどうしようもなく、自分の恋心を悟った。
「可愛いよ、世界一可愛い」
たくさん砂糖が使われたこのパフェより、榊原くんのほうがよっぽど甘い。
「白木さん、提案なんだけど」
「な、なんでしょう……」
「明日、一緒に本当の自分を見せてみない?」
──わたしの世界は、もう、君でいっぱいだ。
君となら、自分を出しても怖くない。そんな気がしたの。


