「‥‥すみません、私はもう行かなくてはなりません。夢のような時間をどうもありがとう」
「ストップ!山田さん声が小さい!そんなんじゃ遠くのお客さんまで聞こえないよ」
「...すみません」
演劇部の子に怒られる。
もう何回言えば分かるの、そう言って彼女はため息をついている。
「すみません」少しでも彼女の機嫌を良くしようと必死に謝る。
「私は何も考えてないすみませんを言われても余計に苛つくだけだよ。何に対してすみませんなのかちゃんと考えてから言って」
私に出来るすみませんを言うことが出来なくなりうつむいて自分の足元を見る。
私だって、声を言われるたびに大きくしているのに、何に対してすみませんなのかは分からない。
そんなの、教えてもらえないから。
教えてくれなきゃわかんないよ。
私のせいでいつも劇の練習を止めてしまう。
やっぱり私にシンデレラ役だなんて荷が重い。
「山田さんー!衣装合わせするからこっちの教室来て」
「あっ、はい」
文化祭二週間前のクラスでは着々とシンデレラの劇の準備が進んでた。
演劇部の子に一礼してから被服部の子たちに呼ばれてその子たちがいる方へと足を動かす。
「わあ、すごい綺麗!」
私の目の前に出てきたのは淡い水色のドレス。
ところどころパールがついてきて派手過ぎずキラキラしていて凄く私好みだ。
「本当!?気にいってもらえて良かった。じゃあ試しに着てみよっか」
こくりと頷きドレスに袖を通す。
「わあ!山田さん凄い似合ってる。」
「そんなっ、そんなこと無いです。でもこんな可愛いドレスを作ってもらえて嬉しいです」
そう言って口角を上げる。可愛いドレスを作ってもらえたのは本当に嬉しい。でも、この沢山の熱意がこもったドレスを着るのは苦しかった。
こんなに可愛いドレスを作ってもらったんだから、もっとこのドレスに合うように頑張らなきゃ。そんなことを思ってしまい上手く笑えない。
「山田さん。シンデレラ役代わるって言ってた子たちは今もう練習来てないよね。たぶんあの子がシンデレラ役になっても決めつけるのはよくないけどあんまり来なかったと思う」
いつも笑顔の印象の彼女がとても真面目な顔をしている。一息吸ってからまた話し始める。
「だからね。私たちも一生懸命このドレスを作ったんだ。これは私たちのエゴだけど、山田さんには頑張って欲しい。上手くは言えないけどすごい劇になる気がするの。人を変える、人生を創る、そんな劇に」
そう言って彼女は静かに微笑んだ。
私にそんな重大なこと出来るかなんて分からない。だって、誰も教えてくれないから。
こうすれば上手くいく、そう言って分からないときに教えて欲しいと何回、何千回思った。
でも、ちゃんと自分で確かめ、答えを知らなければいけない。私に関わる全ての人生を私の行動、言動で良い方にも悪い方にも変えてしまうかもしれない。人生を変えてしまう、そう思うと怖くて身体が震えてくる。でも、そんな私の身体を抱きしめながら、小さくて大きな一歩一歩を進めていきたい。
だから、私は逃げちゃいけない。震える足で進まなきゃいけない。みんなの期待が詰まってるこの劇を成功させなくちゃいけない。
全て投げ飛ばして逃げたくなっても、その先に待つ確かに何か変わりそうな未来を知るために。
変わりたい。心の底からそう思った。
「一生懸命伝えてくれてありがとう。私頑張りたい。今すぐに逃げ出したいけどこの先で待ってる未来のために走りたい」
「山田さん劇頑張ろうね。さあ、次は高木に試着してもらわなきゃ。山田さん早く脱いじゃって。本番びっくりさちゃおう!」
彼女がにやり、と笑うから思わずこっちまで笑ってしまった。シンデレラ頑張ろう。すっかり暗くなってしまった真夏の空を見つめながらそう決意した。


「お疲れ様でしたー」
ようやく今日の練習も終わった。
帰りにコンビニによってアイスでも買って帰ろうかな。そんなことを考えながら一人で薄暗い通学路を歩く。
夏とはいえ、この時間帯は夏風が吹いていて少し肌寒い。
コンビニに到着し、アイスコーナーで色々と物色する。
「‥‥限定プリン風味アイス?」
一つのアイスが私の目に止まり持ち上げてみる。
なんだろうこのアイス。初めて見る商品だ。
もう一つの手に持っているいつも私が選ぶオレンジ味のアイスか食べたことの無い限定プリン風味アイス。どっちにしよう。
でも、限定と言われると何だか買わなきゃという気分になってくる。
結局限定と言う言葉に吸い寄せられ、限定プリン風味アイスを買ってみた。
なんとなく、座って食べたくなり近くの公園に入りブランコに腰掛ける。
夜の公園は物音一つもしない静かさで怖くなってくる。でも、いざとなればこの公園から走って五分くらいで着く。
人のいない公園は静けさが怖いけれど、誰にも気を使わず自由でいられるから楽だ。
「カシャッ」記念に1枚限定プリン風味アイスの写真を撮る。夜なのもあってかフラッシュをたいてもあまり上手に写真に写らなかった。
まあ、仕方がない。食べるとしよう。
「あれ?もしかして光?」
「え?高木君なんでこんなところに」
食べようとしたら後ろから自転車に乗ったままブレーキをかけて止まっている高木君の声が聞こえてきて驚いた。
公園の近くに自転車を止め走ってこちらにやってきた。
でも、どうして高木君がこんなところに。髙木君の家がこの近くで、公立の中学校に行っていたら私と同じ中学校のはずだ。
だけれど、私と高木君が出会ったのは高校に入ってからで、実際中学の時に高木という名前の子を聞いたことが無い。
「あー、何で俺がここにいるか不思議に思ってる?」
「うん。高木君の家ってこの辺りだったの?」
そう尋ねると彼は苦笑いしながら答えてくれた。
「ううん、違うよ。俺のじいちゃん家があって今日は泊まりに来たんだ」 
「そうだったんだ!」
「なんか今日はじいちゃん家に行きたい気分でさ」
頭をぽりぽりとかきながら、彼は少しだけ口角を上げて笑っていた。
「あれ?光が今手に持ってるアイスってもしかして限定プリン風味アイス?!」
「そうだけど‥‥。どうしたの?」
普段落ち着いている高木君が珍しく興奮しているように見える。
「俺もそのアイス買ったんだ!」
「えっ!そうなの」
まさか、私が今日初めて見たアイスを高木君も買っていただなんて、とても驚いた。
「隣座ってもいい?」
「えっ、うん。どうぞどうぞ」
高木君が隣のブランコに座りゆっくりと漕ぎ始める。そんな、高木君の隣でアイスの封を開いて一口かじる。意外とプリンとアイスという組み合わせがマッチしていて、くどすぎ無くてすっと口の中に入ってくる美味しさで私好みだった。
やはりたまには普段選ばない味のアイスを買ってみるのも良いかもしれない。
「どうだった、そのアイス美味しかった?」
「うん。初めてこんな変わった味食べたけど普通に美味しかったよ」
「へぇー、そうなんだ。俺も食べてみよう!」
ブランコを漕ぐのを止めびりびりっと大雑把にアイスの封を開け、大胆に大きく口を開けて彼がかじった。
「うん!これうまい。意外とプリンの味が残ってる!」
「だよね!分かる。プリンの味が残って美味しいよね」
彼と考えが一致して会話が盛り上がる。
私と高木君しかいない公園は静かで、まるでこの世に私と高木君しか存在してないんじゃないか、
そんな錯覚におちいりそうになる。
「光はさぁ」
「どうしたの?」
一息吸ってから彼が口を開いた。
「シンデレラ役やりたく無かった?」  
「えっ、あははは。どうして?」
急に核心を突くような質問をしてきて驚いた。
「ねえ、どうだったの?真剣に答えて」
「‥‥‥‥‥‥」
高木君の瞳は真っ直ぐで澄んでいて、そんな瞳に耐えられなくて私は顔を背けてしまった。
「やりたいか、やりたく無いかって聞かれたら、私はやりたく無かったよ」
「そっか」
今の私の思っている言葉を伝えたらどうなるんだろう。でも、彼にはちゃんと伝えなきゃいけないんだ。なぜか、そう思った。
すうっ、酸素を目一杯吸う。
「でも、今の私はシンデレラ役やり遂げたいって思ってる。私には無理だとか、他の人の方が適任だとか、いろんなこと思いよ。でも、私この劇を通して思ったことがあるんだ。この劇と向き合いたい、心の底からそう思ったの」
彼は静かに私の方が話に耳を傾けてくれた。
「シンデレラになれるよきっと、光だったら」