今日も世界は昨日と同じ様に変化も無く回り始める。
河沿いにある高校への通学路は、河沿いにあるはずなのに地面のアスファルトのせいで全く涼しくない。じめじめしていて今にも溶け出してしまいそうだ。
高校初めての夏休みが終わって今日から二学期になる。夏休みは毎日部活漬けで、あっという間に過ぎ去っていった。
高校の部活は中学の頃とは比べものにならないほど、みんなが本気で取り組んでいる。
私の所属している管弦楽部以外の部活でもみんなが本気で部活に取り組んでいた。
少しでも良い結果を取ろう、試合に勝ちたい。
夏休み中に登校するときにすれ違った他の部の人たちからはそんな雰囲気が伝わってきた。
管弦楽部は見事に地区予選、県大会を勝ち進んで地方大会にまで、出場することが出来た。
地方大会では惜しくも銀賞で全国大会への道は閉ざされたけれど引退した先輩たちはみんなやり切ったとあう、満足げな顔をしていた。
「光ー!おっはよう」
パタパタと元気な足音と共に登場したのはクラスでよく行動を一緒にしている遥だ。
席が近くなってから引っ込み思案な私に沢山喋りかけてくれて、今までは他人と長時間一緒にいることは苦痛だったけれど、遥と過ごす時間はゆったりしていて居心地がいい。
「光は宿題いつくらいに終わったー?」
「うーん、夏休みの前半くらいかな」
「前半!?ちょっと待って、偉すぎでしょ!光も私と同じ位部活があったはずなのにー!部活で疲れて勉強する元気なんか無かったよ」
「はぁ〜。部活で疲れることは分かってたんだから計画的に宿題は始めなきゃだめでしょ」
思わず遥の発言にため息が出てしまう。
細かいことを気にしなくて心が広いのは遥の良いところなのだけれど大雑把すぎて心配になるときが多々ある。
「はーい、分かったよ」
まったく呆れたものだ、不満足げに返事をする遥の頭をこつん、と小突いた。


ぺちゃくちゃ光と話していたらいつの間にか教室について夏休み前に席替えをした新しい自分の席に行き静かに読書をする。
遥は、同じバスケ部の友達と楽しそうに喋っている。私とはカーストが違う女の子たちといるときの遥の目はきらきらと楽しそうに輝いている。
遥の隣に私は居てもいいの?
たまに、こう遥に尋ねたくなるときがある。
遥と過ごしている時間は好きだけれど遥との間に一本の線を感じてしまう。
でもそれを聞いてしまったらもう今みたいな関係に戻れなくなりそうで聞く勇気は今の私には無い。そんなちっぽけな自分にリスクを冒してでも打ち勝ちたい自分と、もやもやしながらでも遥との関係がある今を守り抜きたい自分。
私の心で二人の私が喧嘩している。
喧嘩の勝ち方やおさめ方なんて分からない。
その方法を知らないから。まだまだ未熟な自分はもがきながら行きていく。答えを求めて。当てもなく、陸に着かないまま何ヶ月も答えの無い海で流されている。そんな気分。
「光、おはよう」
「あぁ、高木君おはよう」
こんな私に挨拶をしてきたのは新しく隣の席になった高木俊君。
礼儀正しいことで有名。さらに顔も良くて高木君のことを狙っている女子が何人もいるのだとか。
高木君と同じバスケ部に所属する遥から聞いたが、強豪校と呼ばれているうちのバスケ部で1年ながらレギュラー入りし、期待のルーキーと呼ばれているらしい。
みんなからチヤホヤされる人生を歩んできたから挨拶したら気持ちがられるかな、などと悩まずに誰にでも挨拶できるのだろう。


体育館での朝礼が終わった後、教室では文化祭で行う劇の演目を決めていた。
上がった案はシンデレラ、孫悟空、三匹のマヌケ。三匹のマヌケは三匹の豚を面白おかしくオマージュしたものだ。
この三つの内どれを行うのかでみんな盛り上がっていた。
男子たちが熱烈に三匹の豚を見本とした三匹のマヌケを推している。男子たちの票は三匹のマヌケに集中しそうだ。
一方女子たちはシンデレラを推している。高木君をシンデレラの王子様役にしたいそうだ。
もしシンデレラに決まった場合シンデレラ役はくじ引きで決めるそうだ。自分からシンデレラに立候補する勇気は無いからくじ引きでシンデレラ役に当たって高木君と関われると良いな、そんな思惑が垣間見えてくる。
「絶対シンデレラの方がいいよー」
「んなわけねぇだろ!三匹のマヌケの方がウケるにきまってるだろー」
教室内はバチバチしていて酸素が吸いづらい。
シンデレラを熱烈に希望している女の子たちは近くの席の女の子たちにシンデレラに投票するように、手を回しているようだ。
主苦しい雰囲気の中投票が行われて、希望していた女の子たちが裏で手を回していたシンデレラに決定した。
シンデレラを望んでいた女の子たちはハイタッチをしている。別にシンデレラを望んでいなかった人たちからの白けた視線にあの子たちは気づいてるのだろうか。
「じゃあ、シンデレラ役のくじ引きするからくじ引きに来てねー」
早速今からそわそわした様子でくじを引き始める。はあ、めんどくさい。そんなことを思いながらくじ引きの列に並ぶ。
私は音響係か照明係にでも立候補しようか、とにかく目立たない雑用係を選ばなければ。
ようやくくじを引く順番が回ってくる。まだシンデレラ役のくじは誰にも引かれていないそうだ。
引いたくじを適当に開く。
『シンデレラ役』
開いた紙には私が望んでいたハズレという文字ではなく私を絶望に落とす文字だった。
「えー!?でも光ちゃんはシンデレラ役望んでなさそうだし、無理にやらせるのも可哀想だから私がやろっか?」
派手な化粧と紙をしたいわゆる一軍女子のリーダー格の子が自ら名乗り出てきた。
前から高木君への好意が見え見えだったので、きっと高木君と接近できてなおかつ目立てるシンデレラ役をどうしてもやりたいのだろう。
「あはは、どうしようかな?」
うまく動かない表情筋を気合で動かし、なんとか笑顔をつくる。今の私上手く笑えてるかな。
「山田さんこの子にシンデレラ役やってもらいなよー!」
私の背中をバシバシと笑顔で叩きながら取り巻きの子たちが催促してくる。やっぱり、この子たちのノリは苦手。上手く対応できない。
「うん、じゃあシンデレラ役お願いしようかな〜?」
「もちろん!任せといてっ」
きっとこのノリ方で今は合っていたはず。
誰かこういう時の正解の行動を教えてほしい。
永遠に出れない迷路にいる気分になる。
シンデレラ役になれた彼女は嬉しそうだ。
教室は若干、おかしいだろという冷たい空気が流れて酸素が吸いにくい。
「ねえ、光がくじでシンデレラ役になったんだから、君がシンデレラ役をやるのはおかしいんじゃない?」
「......え?高木君?」
彼女に異議を唱えにきたのは、王子様役の高木君だった。教室がざわざわと騒ぎ出す。
どうして高木くんが...。頭の中は疑問だらけだ。
「俺こんな不平等な劇なら主役やりたくないよ。光がシンデレラ役じゃないなら、応じ役やらない」
彼はきっぱりとシンデレラ役を代わると言っていた、彼女の目をじっと見つめ言い放った。
「え、それは困るよ‥」
彼女が困惑しているのは、おそらく文化祭の出し物で一番票を集めたクラスが貰える食券が、高木君が主役を降りたら貰えなくなるからだろう。
高木君が主役として出たら女子たちからの票はこちらに入る。でも、高木君が主役ではなかったらコメディーに走ったクラスが票を集めることになる。私たちのクラスは運動部の人が多く食券の獲得を本気で目指している。高木君が主役ではないシンデレラで文化祭に挑み食券を獲得できなかった場合彼女は沢山の人からバッシングされることになるだろう。彼女もそういった状況は困るはずだ。どうしようと、彼女は視線を左右に泳がせている。
「分かったよ‥‥。でもどうして高木君はそんなに平等にこだわりの?!」
納得していなさそうな彼女が高木君に詰め寄る。
「不平等に決まった劇で優勝しても嬉しくないじゃん。俺は気持ちよく優勝したいから。このクラスの奴もそういう考えが多いんじゃない?」 
澄んだ瞳で高木君は言い放った。
クラスのみんなも首を縦に振っている。
この学校が私立だからなのか、強豪の部活が多い。そんな彼ら、彼女たちは正々堂々と挑んで勝利を手にすることに快感を覚えるのだろう。
「じゃあ光、今日からシンデレラ役として一緒に頑張ろうな」
「‥‥‥へ」
急に声をかけられたことに驚いて思わずマヌケな声が出てしまった。恥ずかしくなって顔が熱くなる。そんな私を見て高木君は静かに笑っていた。
そんな、高木君の姿は光の反射も相まってか、私にはとても眩しく見えた。
陽の高木君と、陰の私。身分違いの私たちが一緒に劇だなんて大丈夫なのだろうか。
教室の窓から入ってくる生ぬるい8月の風に吹かれながらそんなことを私は思った。