雅清は突然がっくりと倒れ込んだ薫の身体を抱き留めるや否や、必死になって「薫!」と叫んだ……が。

「ご安心を、枢木様」
 と、柔らかくかけられた声でハッとして止まった。

「影王の暴走による反動です、いつもこうしてお倒れになってしまうのですよ。その為に土御門邸にお連れし、封印の強化と療養を行っているのです」
 しかし此度は、歓喜が爆発してしまったが故の事やもしれませんね。と、葛の葉はフフッと艶やかな笑みを向ける。

 その生暖かい微笑みに、雅清は今になってカアッと羞恥を覚えるが。「恥ずかしがる事は何もありませんよ」と、葛の葉は婉然と宥めた。
「あのお嬢様の事ですから。入っていた亀裂を埋めるにはああでもしないと、絶対にそちらへは戻らなかったでしょう……本当に、良うございましたね」
 葛の葉からしみじみと零れた感嘆に、雅清は「確かに」と頷いてしまう。

 そう思うと、今この腕の中に柚木がいてくれて本当に良かった。こうしてすぐ側に居てくれる様になって良かったな。
 もう二度と誰かに掻っ攫われない様にしよう、もう二度とここから出て行かれない様にしよう。

 雅清は自分の中で決意を紡ぐと、意識のない薫を更に強く抱き寄せ、ギュッと抱きしめた。

 すると、ごほんっとわざとらしい咳払いが弾ける。
「お嬢様の為に是非ともそうし続けて欲しいですし、貴方様も離しとうない所でしょうが。封印を直さねばならないので、今はこちらにお任せくださいますか?」
 雅清はそのわざとらしい咳払いにハッとして、葛の葉に「あ、嗚呼……」と弱々しく答えた。

 そしてサッと現れた人型の竜胆に、薫を優しく引き渡す。
「早くお連れなさい」と、葛の葉に厳しく命じられていた竜胆は、薫を抱きかかえるや否や、フッとその場から消えた。

「では枢木様は、この葛の葉が責任持ってお送り致します」
 葛の葉はニコリと微笑むと、サッと懐から水仙の葉を出して床に投げ捨てる様に落とす。すると水仙の葉が人二人分ほどを乗せられる程にポンッと大きくなって、ふわりと床に開いた。

「どうぞ、こちらにお乗り下さい」
「ああ、すまん」
 雅清は頷くが。足をその場に止めたまま、葛の葉をまっすぐ見つめた。

 その視線を受け止めた葛の葉は、すぐにニコリと柔らかく相好を崩す。

「ご安心を。お嬢様は必ず、そちらにお返し致します」
 枢木様。と、一度区切ってから、彼女は雅清に向かって深々と頭を下げた。

「あんな出来事があったばかりでは、大変難しい事かとは思いますが。出来る事ならば、どうか今後とも、お嬢様をよろしくお願い致します」
「勿論だ」
 間髪入れずに、雅清は力強く頷く。

「何も難しい事ではないし、言われずともそうするつもりだ。柚木自身にも、何があっても絶対に隣を離れないと約束を交わすつもりでいる」
 あやふやな未来までも確実にさせていく様な力強い宣誓に、葛の葉は綻ぶ口元をキュッと一文字に結び直した。
 そして更に腰を折り曲げ、深々と頭を下げて「お嬢様並びにお嬢様に仕える式神一同、厚くお礼を申し上げます」と、口元を柔らかく綻ばせて告げる。

 雅清は「当たり前の事だから、そんな深々と頭を下げないでくれ」と、彼女を優しく促してから、用意された水仙の葉に歩み寄ったのだった。

 そうして雅清が乗ると、葛の葉がふいっと葉を操り、空を飛んで進んで行く。

「枢木様。お嬢様がお目覚めになられたらお知らせしますが、恐らくお嬢様がお目覚めになるまでは一週間以上かかってしまうかと思います。何分、此度の暴走は久しい事でしたので」
 雅清は淡々と告げられた時間に、「そんなに?」と愕然としてしまったが。「いや、それくらいあっても当然か。あんな大きな力が暴走したのだから」と、怜悧な思考が働いた。

 ……かなり心配だが、俺が騒いだ所でどうしようもない。
 早く目を覚ます方法はないのかと、問い詰めたい気持ちもあるにはあるが。柚木が療養するのは土御門宗家の本邸だし、葛の葉を筆頭とした有能な式神がついている。俺がそんな事を問うまでもなく、柚木を早急に快方へと向かわせるはずだ。

 だから柚木はそれで良い……だが、俺はこのままでは駄目だ。
 柚木の帰りを不安がって、このまま手持ち無沙汰で待てば、また柚木を深く傷つける事になる。
 柚木の居ない間に、片付けるべき事を全てキチンと片付けよう。

 決意を固めた雅清の脳裏に、片付けるべき事……東雲優衣子の姿が、はっきりと浮かび上がっていた。