とある火曜日のジャーナル ~北御門その①~
母さんとやりあった。というか、一方的に傷つけた。
昨日以上に色んなこと発生して。
いつもなら普通に流せる事が流せなくなくて、何て言うか、失敗したなーと思った。
完全に俺の落ち度。
当たり前だけどしっかり父さんからもお灸をすえられて。
何があったかって言うと、そもそもの始まりはやっぱりと言うか何と言うか多分城咲先輩で。
いや、別に城咲先輩が俺に対して何かをしたって訳じゃないんだけど、だからこそ理不尽に感じる。
今日は生徒会の活動が休みの日だった。
基本的にメンバーで集まって活動するのは月曜、水曜、金曜になっている。
今日は火曜日で顔を合わせない日のはずだったんだけど、何の因縁か顔をあわせてしまった。
塾の帰りに。
「あー! きたみーじゃーん!」
俺の姿を発見して、城咲先輩はぴょんぴょんと跳ね上がりそうな勢いで俺の方に駆け寄ってきた。
そして何でか今日も城咲先輩の隣には佐久間先輩がいた。
話を聞くと、どうやら城咲先輩は学校でのらくらと時間を潰したりその後ぶらぶらと街を散策していた所、バイト帰りだった佐久間先輩とばったり出くわしたらしい。
「何だ、お前の塾ってここだったのか」
俺のバイト先すぐそこじゃん何だよ教えろよ、と佐久間先輩は交差点を挟んだ先にあるファミリーレストランを指差した。
そんな事言われても俺だって佐久間先輩のバイト先がそこだったなんて知らなかったし、わざわざ教える必要もないから結果的にそうなってしまっただけだ。
相変わらずの突っ込み所の満載の発言だったけど、とりあえ悪意は無さそうな感じだったのでスルーしておいた。
「きたみ―は今日もお勉強かー。うん、えらいぞきたみー。真面目さんだ。一緒に駅まで行こう」
城咲先輩は手を伸ばして来て、俺の頭をうりうりと撫でてきた。
「やめて下さい」
くしゃくしゃになってしまった髪を整えながら、俺は城咲先輩の手から逃れる。
通っていた塾はすぐそこにある。知り合いもいるかもしれない中で、こんな所見られたくない。
「冷たいー冷たい―! 佐久間、きたみーが冷たいよ―」
城咲先輩がわざとらしくショックを受けた表情を作って、佐久間先輩に泣きつく。
「お前が嫌われてるから仕方ない」
「……別に嫌ってないですよ」
佐久間先輩の返答に、とっさに俺はそう返していた。
この人たちに任せてると、勝手に会話が変な方向に進んでしまう。
ん? 変な方向にって、どんな方向に?
自分でもよく分からなかったけど、この感情に向き合うと何だかまたますます自分の気持ちが分からなくなってしまいそうだったから無視しておくことにした。
「分かってる分かってる。ごめんごめんきたみー」
からかい過ぎたのを反省したのか、城咲先輩がぽんぽんと俺の肩を叩いてきた。
一通りそんな馬鹿みたいなやり取りを終えて、俺達は連れだって駅へと足を向ける。
「だから。セクハラですよ」
この人は基本的にスキンシップが激しすぎるのだ。
こうして考えなしに人の身体に触れて来たり、昨日みたいに腕絡めてきたり。
もし相手が俺じゃなかったらどうする、変な奴だったりしたら間違いなく男を勘違いさせると思う。
そんな事を考えながら隣を見ると、佐久間先輩は心底面白そうにニヤニヤした笑みを浮かべていた。
――これは悪意のある方の笑い方だ。ムカつく。
「あ、可愛くない! そんな細かい事言ってると嫌われちゃうよー?」
城咲先輩はぷん、と頬を膨らませて俺に偉そうに指摘した。
その姿を見て、俺は気付いた。
そうだ、この人は俺の母さんに似ている。
仕草とか、話し方とか。そういえばきたみ―って変な呼び方をするのも同じだ。
もっとも母さんは『ペル君』だけど。まあ、こっちの嫌な呼び方をするのは共通だという事だ。
「別に嫌われてないです。普通に学校生活送ってますよ」
確かに誰とでも仲良く、という感じではないけど、それなりに支障なく生活は出来ている。
成績がいい事も相まって、特に見下されるという事も無いし。
「きたみ―は何も話してくれないもんねー。秘密の人って感じ」
「ミステリアス」
「そうそう、そんな感じ!」
気付いたらまた二人で共感をしあって納得し合っている。
ミステリアスって何だ。別にそんなカッコいい存在でもないだろう。
俺は極めて普通だ。
「まーでも私はそーゆーきたみーが好きだぞー」
城咲先輩が俺にがばっと腕を絡めてくる。
だからそんな誤解をさせるような発言は避けて欲しい。本当に。
何とも言えない思いを抱えながら、俺は一つ息をついた。
とりあえず、話の内容を変えよう。
「ていうか、よく親が何も言いませんね」
もう時刻は八時を回っている。
俺の母さんなら行き先分からないと心配して大騒ぎしそうな時間だ。
何せ夜の八時を回っていた時間だった。
大通りを行き交う車のライトがいちいち眩しい。
「あー、うちはそういうの本当に気にしないから、全然。本当に全く」
本当に全く気にしていない感じで、城咲先輩は笑顔でそう言っていた。
放任主義という所だろうか。日頃の城咲先輩を見ていると確かにそんな感じの親の姿が浮かぶ。
何て事を考えていると、一緒に並んで歩いていた佐久間先輩が口を開いた。
「何? 無関心?」
「そ。 相変わらず」
おかしそうに、呆れたみたいに言っている城咲先輩を見て、俺はあれ、と思った。
俺は何か、大きな思い違いをしているんじゃないかという気がして。
胸につかえの様なものを感じている俺を置いて、二人は会話を進めてい行く。
「まあ、今更両親変えられないし、ガンバレ」
「うわー、本当にどうでもよさそー」
俺の知らない所で分かり合っている二人が、何だか遠い存在に見えた。
確かに二人は同じ年で、二年以上も同じクラスで過ごしている訳だし、お互いの情報量も変わって来ると思う。
考えてみれば、俺は城咲先輩の事を俺は何も知らない。
会話自体はよく交わしているのに、俺は城咲先輩の何を知っているんだろう。
その事に、俺は今初めて気付いた。
何だか、プライベート必死で隠そうとしている俺の方がこの二人に自分を知られてしまってる気がする。
――すごく面白くない。
俺ってどうしてこの二人とこうして歩いてるんだ?
俺と腕を組みながら佐久間先輩に話しかけている城咲先輩が変に理不尽に見える。
でも腕組まれている事自体は嫌じゃなくて。
なんだ、このぐちゃぐちゃした気持ち。
黙り込んでいると、佐久間先輩が助け舟みたいに俺に説明してきた。
「こいつ不良だろ? だから家族とうまくいってない訳」
そう言って、城咲先輩を指差す。
がつんと頭を殴られた気分がした。
――知らない。そんな事、俺は知らなかった。全く気付きもしなかった。
いや、むしろこの事もって言うべきなのか? そうなのか?
「私のせいじゃない、おかしいのはあの人達の方なの~」
「お前も十分おかしいからお互い様だろ」
「あの人達程じゃないから! もう本当、自分達の都合をこっちに押し付けるのやめてって感じ」
今更期待なんかしてないけど、と城咲先輩はむくれる。
表向きは気にしていないように振る舞っていたけれど、これは本物だ、と思った。
うちとは違う。城咲先輩の所は、多分本当にヤバい状態だ。
普段の城咲先輩からはそんな雰囲気は微塵も感じられないけど。
「まあ、自立するまでの辛抱だな」
佐久間先輩がそう言ってその話題を終わらせた。
城咲先輩も重い話をするのは基本的に趣味ではないらしく、それ以上の発言はしない。
「だよねーだよねー」
からからと笑いながらその話題を終わらせる。
それっきりになってしまったけど、俺としては正直、この内容もっと聞きたかった。
もし親にマイナスの影響を受けているのだとすると、さしずめ城咲先輩はアンドロメダか。
アンドロメダも両親のとばっちりで鎖につながれる羽目になった姫だ。
「だからとりあえず真面目にやってるよ、今はー。その方が多分得だし」
「嘘つけ」
「本当ですー、いつも不真面目な生徒会長さんのフォローして頑張ってますー」
「お前に不真面なんて言われたくない。お前に言われたら終わりだ」
はははっと佐久間先輩もおかしそうに笑う。
「……確かに先輩も不真面目ですよ」
そこで俺はようやく口を挟んだ。
「……お前な。俺に言ってる? それ」
信じがたい目で佐久間先輩は俺を見て来た。
「真面目ではないです」
その視線に負けず、俺はきっぱりと言い放つ。
「だよねー。生徒会活動ほぼ毎日だったの、勝手に週三に変更したりー」
「それは効率を重視しただけ。時間大切にして浮かせてるだけ」
「その浮いた時間でバイト三昧している人に言われたくないです」
「ねー」
いつの間にか結託した俺と城崎先輩に、佐久間先輩は黙れ、とまた笑った。
「俺は俺の時間を有効活用しているだけだろ。ついでにお前たちの時間も有効活用させれる。一石二鳥」
そのハイペースに付き合わされているこっちはそれなりに大変なんだけど、そんな考え自体もこの人にとってはくだらないのかもしれない。
何と言うか、普通に見て佐久間先輩は活動量が凄い。そう見えないけど、かなり凄いんじゃないかと思う。
本人に自覚は無いかもしれないけど。
「どうせだらだらやって無駄だろ。今でこそこの状態だぞ」
確かにそれを言われたら何も言えない。
「まーきたみー達頑張ってくれるからねー」
ありがとー、と城崎先輩が俺に絡めていた腕を一層強くぎゅっとしてきた。
昨日俺が仕事を持ち帰った件に、礼の意味も込めているのかもしれない。
確かに迷惑ではあったけど、あれは別にそこまで嫌じゃなかった。
何て言うか、こんな人だししょうがないか、みたいな。自分が気になって仕方ないだけってのもあったし。
最初のうちこそイライラしていたものの、今はそれ程でもない気がする。
生徒会役員としての自覚が出て来た――そんな大層な物でもなく、単純にこの人との付き合い方に慣れたという方が正しい気がする。
俺達はそんな取り留めも無い話を続けながら、夜の街を駅に向かって歩いていた。
どうしようもなくぐうたらで、くだらない関係で成り立っている。
傍から見たらどうしようもなく見えるかもしれないけど、それなりに成立していて心地いいから、それでいいのかもしれない。
そんな思いが頭をかすめた時、不意に城咲先輩がぴたりと足を止めた。
腕を組まれていた俺の身体も必然的に動きを止められて、前進を止められる。
全国的に展開する、家電量販店の前だった。
ショーウィンドウ越しに置かれているテレビ画面が、ゴルフのコースレイアウトの情報を流している。
それに見入っていた城咲先輩は、びっとその映像を指差して突飛な事を言ってきた。
「……これ! 何か昔、混乱したのにすごい似てない!? めっちゃ思い出すんだけど! ほら、社会であったやつ!」
社会? と俺は首を傾げる。
キラキラした目で言って来られても、断片的すぎる感情に任せたその発言は、申し訳ないけど何を言っているのか全く分からない。
もう少し丁寧にこっちにも分かるように説明して欲しい、という必要もなく、城咲先輩は先を続けた。
「谷の! 逆の! ほら、あれ! 昔のえらい武将の奥さん!」
……分からない。全く分からない。
何言ってるんだこの人。
どう答えていいのか困惑している俺の腕をぶんぶんと振りながら城咲先輩はひたすら俺に分かってもらおうとアピールをしている。
助けを求めた訳じゃないけど、何となく佐久間先輩の方を見る。
佐久間先輩は脳内に情報を集める様に、目線を上に上げていた。
そして数秒経った後、静かにぽつりと告げた。
「……尾根? 等高線?」
短く城咲先輩に対して訊くと、城咲先輩はぱっと顔を明るくした。
「そう、それ! それだ!」
それだそれだーと、城咲先輩はその場でぴょんぴょんと二度ジャンプをした。
え? と俺はもう一度じっくりとテレビの画面の中を見た。
湾曲を幾つもつくりながら一つの輪を作っている線の層。
(……あ)
ようやく分かって、俺は愕然とした。
分かった喜びよりどうして、という思いが先に立った。
(何で分かるの、この人)
あんな支離滅裂な説明だけで、何で城咲先輩の言いたい事分かるの?
俺は佐久間先輩の顔を呆然と見た。
でも佐久間先輩は全く気付かずに城咲先輩と話を進めている。
と言うより、謎が解けてハイテンションになっている城咲先輩に適当に相槌を打っている感じだった。
そうそうそれ、尾根尾根ー、秀吉秀吉ー、と上機嫌で城咲先輩は俺の腕の中ではしゃいでいる。
おかしすぎる状況だった。
「……俺、コンビニ寄って帰るんで」
ぽつりとそう言って、俺は城咲先輩から腕を離した。
「……え? じゃあどうせだから一緒に行こうよ付き合うよ」
城咲先輩はきょとんとした顔を作って俺にそんな提案をする。
「いや、その後も寄りたい所あるんで。ここで」
大嘘をついて、俺はそれを拒否した。
多分、この嘘はバレている。
でも、それでいい。今、俺はこの二人と一緒に居たくない。それが伝わればそれでいい。
「……そっか。気を付けて」
城咲先輩はそう言ってばいばい、と俺に手を軽く振った。
伝わって良かった、と思った。
「また明日な」
佐久間先輩もそう言って俺を開放してくれる。
そんな声に促されて、俺は二人に背中を向けて、近くにあったコンビニにむかって歩き出した。
母さんとやりあった。というか、一方的に傷つけた。
昨日以上に色んなこと発生して。
いつもなら普通に流せる事が流せなくなくて、何て言うか、失敗したなーと思った。
完全に俺の落ち度。
当たり前だけどしっかり父さんからもお灸をすえられて。
何があったかって言うと、そもそもの始まりはやっぱりと言うか何と言うか多分城咲先輩で。
いや、別に城咲先輩が俺に対して何かをしたって訳じゃないんだけど、だからこそ理不尽に感じる。
今日は生徒会の活動が休みの日だった。
基本的にメンバーで集まって活動するのは月曜、水曜、金曜になっている。
今日は火曜日で顔を合わせない日のはずだったんだけど、何の因縁か顔をあわせてしまった。
塾の帰りに。
「あー! きたみーじゃーん!」
俺の姿を発見して、城咲先輩はぴょんぴょんと跳ね上がりそうな勢いで俺の方に駆け寄ってきた。
そして何でか今日も城咲先輩の隣には佐久間先輩がいた。
話を聞くと、どうやら城咲先輩は学校でのらくらと時間を潰したりその後ぶらぶらと街を散策していた所、バイト帰りだった佐久間先輩とばったり出くわしたらしい。
「何だ、お前の塾ってここだったのか」
俺のバイト先すぐそこじゃん何だよ教えろよ、と佐久間先輩は交差点を挟んだ先にあるファミリーレストランを指差した。
そんな事言われても俺だって佐久間先輩のバイト先がそこだったなんて知らなかったし、わざわざ教える必要もないから結果的にそうなってしまっただけだ。
相変わらずの突っ込み所の満載の発言だったけど、とりあえ悪意は無さそうな感じだったのでスルーしておいた。
「きたみ―は今日もお勉強かー。うん、えらいぞきたみー。真面目さんだ。一緒に駅まで行こう」
城咲先輩は手を伸ばして来て、俺の頭をうりうりと撫でてきた。
「やめて下さい」
くしゃくしゃになってしまった髪を整えながら、俺は城咲先輩の手から逃れる。
通っていた塾はすぐそこにある。知り合いもいるかもしれない中で、こんな所見られたくない。
「冷たいー冷たい―! 佐久間、きたみーが冷たいよ―」
城咲先輩がわざとらしくショックを受けた表情を作って、佐久間先輩に泣きつく。
「お前が嫌われてるから仕方ない」
「……別に嫌ってないですよ」
佐久間先輩の返答に、とっさに俺はそう返していた。
この人たちに任せてると、勝手に会話が変な方向に進んでしまう。
ん? 変な方向にって、どんな方向に?
自分でもよく分からなかったけど、この感情に向き合うと何だかまたますます自分の気持ちが分からなくなってしまいそうだったから無視しておくことにした。
「分かってる分かってる。ごめんごめんきたみー」
からかい過ぎたのを反省したのか、城咲先輩がぽんぽんと俺の肩を叩いてきた。
一通りそんな馬鹿みたいなやり取りを終えて、俺達は連れだって駅へと足を向ける。
「だから。セクハラですよ」
この人は基本的にスキンシップが激しすぎるのだ。
こうして考えなしに人の身体に触れて来たり、昨日みたいに腕絡めてきたり。
もし相手が俺じゃなかったらどうする、変な奴だったりしたら間違いなく男を勘違いさせると思う。
そんな事を考えながら隣を見ると、佐久間先輩は心底面白そうにニヤニヤした笑みを浮かべていた。
――これは悪意のある方の笑い方だ。ムカつく。
「あ、可愛くない! そんな細かい事言ってると嫌われちゃうよー?」
城咲先輩はぷん、と頬を膨らませて俺に偉そうに指摘した。
その姿を見て、俺は気付いた。
そうだ、この人は俺の母さんに似ている。
仕草とか、話し方とか。そういえばきたみ―って変な呼び方をするのも同じだ。
もっとも母さんは『ペル君』だけど。まあ、こっちの嫌な呼び方をするのは共通だという事だ。
「別に嫌われてないです。普通に学校生活送ってますよ」
確かに誰とでも仲良く、という感じではないけど、それなりに支障なく生活は出来ている。
成績がいい事も相まって、特に見下されるという事も無いし。
「きたみ―は何も話してくれないもんねー。秘密の人って感じ」
「ミステリアス」
「そうそう、そんな感じ!」
気付いたらまた二人で共感をしあって納得し合っている。
ミステリアスって何だ。別にそんなカッコいい存在でもないだろう。
俺は極めて普通だ。
「まーでも私はそーゆーきたみーが好きだぞー」
城咲先輩が俺にがばっと腕を絡めてくる。
だからそんな誤解をさせるような発言は避けて欲しい。本当に。
何とも言えない思いを抱えながら、俺は一つ息をついた。
とりあえず、話の内容を変えよう。
「ていうか、よく親が何も言いませんね」
もう時刻は八時を回っている。
俺の母さんなら行き先分からないと心配して大騒ぎしそうな時間だ。
何せ夜の八時を回っていた時間だった。
大通りを行き交う車のライトがいちいち眩しい。
「あー、うちはそういうの本当に気にしないから、全然。本当に全く」
本当に全く気にしていない感じで、城咲先輩は笑顔でそう言っていた。
放任主義という所だろうか。日頃の城咲先輩を見ていると確かにそんな感じの親の姿が浮かぶ。
何て事を考えていると、一緒に並んで歩いていた佐久間先輩が口を開いた。
「何? 無関心?」
「そ。 相変わらず」
おかしそうに、呆れたみたいに言っている城咲先輩を見て、俺はあれ、と思った。
俺は何か、大きな思い違いをしているんじゃないかという気がして。
胸につかえの様なものを感じている俺を置いて、二人は会話を進めてい行く。
「まあ、今更両親変えられないし、ガンバレ」
「うわー、本当にどうでもよさそー」
俺の知らない所で分かり合っている二人が、何だか遠い存在に見えた。
確かに二人は同じ年で、二年以上も同じクラスで過ごしている訳だし、お互いの情報量も変わって来ると思う。
考えてみれば、俺は城咲先輩の事を俺は何も知らない。
会話自体はよく交わしているのに、俺は城咲先輩の何を知っているんだろう。
その事に、俺は今初めて気付いた。
何だか、プライベート必死で隠そうとしている俺の方がこの二人に自分を知られてしまってる気がする。
――すごく面白くない。
俺ってどうしてこの二人とこうして歩いてるんだ?
俺と腕を組みながら佐久間先輩に話しかけている城咲先輩が変に理不尽に見える。
でも腕組まれている事自体は嫌じゃなくて。
なんだ、このぐちゃぐちゃした気持ち。
黙り込んでいると、佐久間先輩が助け舟みたいに俺に説明してきた。
「こいつ不良だろ? だから家族とうまくいってない訳」
そう言って、城咲先輩を指差す。
がつんと頭を殴られた気分がした。
――知らない。そんな事、俺は知らなかった。全く気付きもしなかった。
いや、むしろこの事もって言うべきなのか? そうなのか?
「私のせいじゃない、おかしいのはあの人達の方なの~」
「お前も十分おかしいからお互い様だろ」
「あの人達程じゃないから! もう本当、自分達の都合をこっちに押し付けるのやめてって感じ」
今更期待なんかしてないけど、と城咲先輩はむくれる。
表向きは気にしていないように振る舞っていたけれど、これは本物だ、と思った。
うちとは違う。城咲先輩の所は、多分本当にヤバい状態だ。
普段の城咲先輩からはそんな雰囲気は微塵も感じられないけど。
「まあ、自立するまでの辛抱だな」
佐久間先輩がそう言ってその話題を終わらせた。
城咲先輩も重い話をするのは基本的に趣味ではないらしく、それ以上の発言はしない。
「だよねーだよねー」
からからと笑いながらその話題を終わらせる。
それっきりになってしまったけど、俺としては正直、この内容もっと聞きたかった。
もし親にマイナスの影響を受けているのだとすると、さしずめ城咲先輩はアンドロメダか。
アンドロメダも両親のとばっちりで鎖につながれる羽目になった姫だ。
「だからとりあえず真面目にやってるよ、今はー。その方が多分得だし」
「嘘つけ」
「本当ですー、いつも不真面目な生徒会長さんのフォローして頑張ってますー」
「お前に不真面なんて言われたくない。お前に言われたら終わりだ」
はははっと佐久間先輩もおかしそうに笑う。
「……確かに先輩も不真面目ですよ」
そこで俺はようやく口を挟んだ。
「……お前な。俺に言ってる? それ」
信じがたい目で佐久間先輩は俺を見て来た。
「真面目ではないです」
その視線に負けず、俺はきっぱりと言い放つ。
「だよねー。生徒会活動ほぼ毎日だったの、勝手に週三に変更したりー」
「それは効率を重視しただけ。時間大切にして浮かせてるだけ」
「その浮いた時間でバイト三昧している人に言われたくないです」
「ねー」
いつの間にか結託した俺と城崎先輩に、佐久間先輩は黙れ、とまた笑った。
「俺は俺の時間を有効活用しているだけだろ。ついでにお前たちの時間も有効活用させれる。一石二鳥」
そのハイペースに付き合わされているこっちはそれなりに大変なんだけど、そんな考え自体もこの人にとってはくだらないのかもしれない。
何と言うか、普通に見て佐久間先輩は活動量が凄い。そう見えないけど、かなり凄いんじゃないかと思う。
本人に自覚は無いかもしれないけど。
「どうせだらだらやって無駄だろ。今でこそこの状態だぞ」
確かにそれを言われたら何も言えない。
「まーきたみー達頑張ってくれるからねー」
ありがとー、と城崎先輩が俺に絡めていた腕を一層強くぎゅっとしてきた。
昨日俺が仕事を持ち帰った件に、礼の意味も込めているのかもしれない。
確かに迷惑ではあったけど、あれは別にそこまで嫌じゃなかった。
何て言うか、こんな人だししょうがないか、みたいな。自分が気になって仕方ないだけってのもあったし。
最初のうちこそイライラしていたものの、今はそれ程でもない気がする。
生徒会役員としての自覚が出て来た――そんな大層な物でもなく、単純にこの人との付き合い方に慣れたという方が正しい気がする。
俺達はそんな取り留めも無い話を続けながら、夜の街を駅に向かって歩いていた。
どうしようもなくぐうたらで、くだらない関係で成り立っている。
傍から見たらどうしようもなく見えるかもしれないけど、それなりに成立していて心地いいから、それでいいのかもしれない。
そんな思いが頭をかすめた時、不意に城咲先輩がぴたりと足を止めた。
腕を組まれていた俺の身体も必然的に動きを止められて、前進を止められる。
全国的に展開する、家電量販店の前だった。
ショーウィンドウ越しに置かれているテレビ画面が、ゴルフのコースレイアウトの情報を流している。
それに見入っていた城咲先輩は、びっとその映像を指差して突飛な事を言ってきた。
「……これ! 何か昔、混乱したのにすごい似てない!? めっちゃ思い出すんだけど! ほら、社会であったやつ!」
社会? と俺は首を傾げる。
キラキラした目で言って来られても、断片的すぎる感情に任せたその発言は、申し訳ないけど何を言っているのか全く分からない。
もう少し丁寧にこっちにも分かるように説明して欲しい、という必要もなく、城咲先輩は先を続けた。
「谷の! 逆の! ほら、あれ! 昔のえらい武将の奥さん!」
……分からない。全く分からない。
何言ってるんだこの人。
どう答えていいのか困惑している俺の腕をぶんぶんと振りながら城咲先輩はひたすら俺に分かってもらおうとアピールをしている。
助けを求めた訳じゃないけど、何となく佐久間先輩の方を見る。
佐久間先輩は脳内に情報を集める様に、目線を上に上げていた。
そして数秒経った後、静かにぽつりと告げた。
「……尾根? 等高線?」
短く城咲先輩に対して訊くと、城咲先輩はぱっと顔を明るくした。
「そう、それ! それだ!」
それだそれだーと、城咲先輩はその場でぴょんぴょんと二度ジャンプをした。
え? と俺はもう一度じっくりとテレビの画面の中を見た。
湾曲を幾つもつくりながら一つの輪を作っている線の層。
(……あ)
ようやく分かって、俺は愕然とした。
分かった喜びよりどうして、という思いが先に立った。
(何で分かるの、この人)
あんな支離滅裂な説明だけで、何で城咲先輩の言いたい事分かるの?
俺は佐久間先輩の顔を呆然と見た。
でも佐久間先輩は全く気付かずに城咲先輩と話を進めている。
と言うより、謎が解けてハイテンションになっている城咲先輩に適当に相槌を打っている感じだった。
そうそうそれ、尾根尾根ー、秀吉秀吉ー、と上機嫌で城咲先輩は俺の腕の中ではしゃいでいる。
おかしすぎる状況だった。
「……俺、コンビニ寄って帰るんで」
ぽつりとそう言って、俺は城咲先輩から腕を離した。
「……え? じゃあどうせだから一緒に行こうよ付き合うよ」
城咲先輩はきょとんとした顔を作って俺にそんな提案をする。
「いや、その後も寄りたい所あるんで。ここで」
大嘘をついて、俺はそれを拒否した。
多分、この嘘はバレている。
でも、それでいい。今、俺はこの二人と一緒に居たくない。それが伝わればそれでいい。
「……そっか。気を付けて」
城咲先輩はそう言ってばいばい、と俺に手を軽く振った。
伝わって良かった、と思った。
「また明日な」
佐久間先輩もそう言って俺を開放してくれる。
そんな声に促されて、俺は二人に背中を向けて、近くにあったコンビニにむかって歩き出した。

