朝、起きると泣きすぎて目が腫れていた。こんなに泣いたのも寝たのも久しぶりだったな。
リビングに降りるとお母さんに案の定心配された。
「真菜、その目どうしたの?!」
「なんでもない。手伝うことあったら手伝うよ」
「大丈夫よ。今日くらいはゆっくり準備しなさい」
「いい。洗濯やってくる」
押し切ってリビングを出る。
空回りもいいところだ。洗濯はいつもお母さんがやっているのに。
洗濯を回して、洗面台で顔を洗って、一旦、部屋に戻り、制服に着替える。
「おい、入るぞ」
「お兄ちゃん」
「昨日、泣いてたんだろ」
「うん、私、なんか全部どうでもよくなってきたのかも」
「真菜、何も考えない時間作れ。ほんとに壊れるぞ。俺に話せるなら話は別だけど」
「私が消えても困る人はいないでしょう?」
「そうだな。いないかもな」
自分で聞いておいて、返ってきた答えに苛々した。
「俺もこの家にはもう散々だからな。大学卒業したら、すぐ家出るつもりだし。人ってさ、生まれたくて生まれたやつはいない。どう自分は生きたいかを考えられたやつがこの世界で息ができる」
「うん」
「それくらい人は脆い。だから話せ」
「だから無理なの。学校の用意するから。じゃあね」
お母さんには申し訳ないけど、このまま、家事放り出して学校行こう。
「どうなんだよ、学校。話せるやついないのか?」
「由衣ちゃんくらいかな」
「はあ。好きなやつができたら、逆に余裕出来るかもな」
「なんで?」
「今のお前には何も見えてない、余裕がないからな」
そんなこと嫌でもわかってる。自分をいいように取り繕って周りからいい子に見られようとして、この世界に紛れてるだけだ。
「大事なやつができたら心の余裕、少しは変わるんじゃないか?」
「できないよ。自分良いところないし」
「真菜がそうでも周りは分からないだろ?」
お兄ちゃんもあの事知ってるのに、今日の質問攻めは何だろ。
「気になるやつ、いないのか?」
「わかんない」
「ずっと無言だけど、その顔はいるって顔だぞ」
「わかんないよ。もう恋はいいの。私、家事するから」
「ばか。お前はもう少し自分に正直になれ。じゃあ、行くからな。変なこと考えるなよ」
「うん。いってらっしゃい」
変なことって。確かに考えることはある。でも私に何もできるわけない。
由衣ちゃんにも似たようなこと言われたな。
自分が正直になってもいいことは無い。むしろ自分も誰かも不幸にするだけだ。
夕方、まだ家に帰りたくなくて、本屋に寄った。
欲しい本があるとき以外に本屋行くの久しぶりだな。
ぼーっとしながら歩いて本棚を眺める。
前はただ、新しい本を探したり見てるのが幸せだったのになぁ。
ある本棚を通りかかってとある本を手に取る。
この漫画、そろそろアニメの続きが出るのか。
「小柳?」
聞きなれた声に振り向くと柳川くんがいた。
また会ってしまった。何か言われる前に早く行かないと。
「今日は何の本を見に来たんだ?」
「え?」
「俺は学校で読む本を探しに来たんだけど、読みつくしててさ」
柳川くん、突然現れて、虎視眈々と話してるけど。
「ちょっと待って」
「なんだよ」
「私、おかしくないの?」
「なにが?」
「漫画読んでたりするのとか、」
「漫画くらい誰でも読むだろ」
「へ?」
「なんだよ。さっきから変な声出して」
「だって、私が漫画とかアニメとか好きなの、おかしいんじゃないの?」
「ちょっとそれ置け」
言われた通り本を置くと、柳川くんは私の腕を掴んだ。
「来い」
「え?どこ行くの?!」
「いいから来い」
そういわれて近くの公園に連れてこられた。
「ちょっと!」
「人いないからいいだろ」
手を引かれるまま、ついていくと噴水の前のベンチの前で止まる。
「ここで座って待ってろ」
ぱっと腕を離して、どこかへ行ってしまった。
とりあえず、ベンチに座る。
気づけば空は茜色だ。地平線は紺色の空が見え始めていた。このまま自分もあの夕日と沈めたらなぁとかなんて。
ぼーっとしてたら、頬に冷たいものが触れた。
「ひゃっ」
「悪い。冷たかったか?」
「大丈夫」
気づいたら隣にいた柳川くんの両手には缶のミルクティーとアイスコーヒーがあった。
「どっちがいい?」
「え?払うよ」
「いい。早く選べ」
「じゃあ、ミルクティー」
「ほら」
「いただきます」
ミルクティーを受け取る。
多分、自分がアイスコーヒー飲むつもりで買ったんだろうな。
横目に間のタブを押し倒す音がかちゃっと鳴る。
「小柳」
「はい」
「多分さ、好きなこととか隠したりしてるだろ」
いつもなら何も言えない。言いたくない。黙ってやり過ごすはずの自分が、今日は違った。
「うん」
柳川くんだったら、いいと思った自分がいて相槌を打っていた。
「俺もあるんだ。怖くて人に言えないこと」
「え?」
「びっくりだろ」
「柳川くん、怖いものなしだと思ってた」
手に持ってる缶を口に運び、ぐぃっと傾ける。
「そんなことはないけど、ひとりは平気だな」
「へぇ。初めて聞いた」
「そりゃ、初めて話すからな」
「確かに、誰かと話してるところ、見たことない」
「言ってくれるねぇ。優等生の生徒会長さん」
「あはは。優等生じゃないけどね」
「やっと笑った」
そのとき、柳川くんの表情が柔らかくなって、ふわっと笑った。
いつも無表情な柳川くんだけど、こんな風に笑うんだ。
優しくてかっこいいな。
「でも俺を救ってくれた人がいるんだ」
「どんな人なの?」
「誰にでも優しい癖に、自分には厳しい人」
「へぇ」
「お前もいつかわかるよ」
「私も?」
聞くと柳川くんは、ヘッドホンに手をかける。
「あぁ。俺、いつも音楽聞いてるだろ?その人、いつも聞いてる歌い手だから」
「そうなんだ。なんていう人なの?」
「それ言ったら意味ないだろ。ほら、ミルクティー、飲めよ」
誤魔化された。でも、今話してくれている話は自分が知らない柳川くんばかりだ。
自分も缶のタブを押し倒す。
「俺がどうしようもないときにその人の歌を聞いて、また前を向けるようになったんだ」
それに話してる彼の姿は、嬉しそうでどこか悲しげだった。
「その歌い手さんのこと、大好きなんだね」
「ああ。そうだな」
またふわっと笑ったのに今度は悲しそうだった。
「小柳」
「はい」
「それ二回目。あのさ」
「うん」
「小柳の好きなこと、教えて」
「え?」
「ばーか。俺だけ教えるの、不公平だろ。教えろよ」
「私の好きなものかあ」
「あの漫画、好きなんだろ。本屋でいつも見てるやつ」
「知ってたの?!」
「同じ本屋にいたら何回か見かけるし、小柳、絶対あのコーナー寄るじゃん」
「うぅ、だって好きなんだもん」
段々、胸の奥が軽くなってきた気がした。
「アニメも好きだけど原作派だから、新刊とかスピンオフ出たら、すぐ追いたくなるし」
「わかる。あの主人公、俺、結構好きだよ」
「私、主人公の相棒のが好きで」
「それだったら、二人が喧嘩したときの話とか好きなんじゃない?」
「好き!二人が喧嘩しちゃって離れ離れになっちゃうけど、最後に二人の絆が深まるところがほんとに良くて」
「ほら話せるじゃん、好きなこと」
「あっ」
こんな感覚久しぶりだ。嬉しくて。
「どう?久しぶりに自分を解放できた気分は」
「楽しい」
「それは何より。あのさ、小柳、今度の日曜空いてるか?」
「うん、空いてるけど」
「一緒に出掛けるか?ショッピングモールであの漫画の作者のサイン会があるんだ」
そのイベントがあることは知っていた。抽選制で応募もしたけど、自分は当たらなかったんだ。
「俺、チケット当たって二枚あるんだ。良かったらだけど」
「行く!」
「おい、即答かよ。周り気にしてるから、もっとためらうかと思った」
「あ」
「無理しなくてもいいんだぞ」
そうだ。もし、学校の誰かに見られたら。
今の自分はなんとなく、頑張れる気がした。
「柳川くんが良かったら行きたい」
「じゃあ、決まり。日曜日な」
リビングに降りるとお母さんに案の定心配された。
「真菜、その目どうしたの?!」
「なんでもない。手伝うことあったら手伝うよ」
「大丈夫よ。今日くらいはゆっくり準備しなさい」
「いい。洗濯やってくる」
押し切ってリビングを出る。
空回りもいいところだ。洗濯はいつもお母さんがやっているのに。
洗濯を回して、洗面台で顔を洗って、一旦、部屋に戻り、制服に着替える。
「おい、入るぞ」
「お兄ちゃん」
「昨日、泣いてたんだろ」
「うん、私、なんか全部どうでもよくなってきたのかも」
「真菜、何も考えない時間作れ。ほんとに壊れるぞ。俺に話せるなら話は別だけど」
「私が消えても困る人はいないでしょう?」
「そうだな。いないかもな」
自分で聞いておいて、返ってきた答えに苛々した。
「俺もこの家にはもう散々だからな。大学卒業したら、すぐ家出るつもりだし。人ってさ、生まれたくて生まれたやつはいない。どう自分は生きたいかを考えられたやつがこの世界で息ができる」
「うん」
「それくらい人は脆い。だから話せ」
「だから無理なの。学校の用意するから。じゃあね」
お母さんには申し訳ないけど、このまま、家事放り出して学校行こう。
「どうなんだよ、学校。話せるやついないのか?」
「由衣ちゃんくらいかな」
「はあ。好きなやつができたら、逆に余裕出来るかもな」
「なんで?」
「今のお前には何も見えてない、余裕がないからな」
そんなこと嫌でもわかってる。自分をいいように取り繕って周りからいい子に見られようとして、この世界に紛れてるだけだ。
「大事なやつができたら心の余裕、少しは変わるんじゃないか?」
「できないよ。自分良いところないし」
「真菜がそうでも周りは分からないだろ?」
お兄ちゃんもあの事知ってるのに、今日の質問攻めは何だろ。
「気になるやつ、いないのか?」
「わかんない」
「ずっと無言だけど、その顔はいるって顔だぞ」
「わかんないよ。もう恋はいいの。私、家事するから」
「ばか。お前はもう少し自分に正直になれ。じゃあ、行くからな。変なこと考えるなよ」
「うん。いってらっしゃい」
変なことって。確かに考えることはある。でも私に何もできるわけない。
由衣ちゃんにも似たようなこと言われたな。
自分が正直になってもいいことは無い。むしろ自分も誰かも不幸にするだけだ。
夕方、まだ家に帰りたくなくて、本屋に寄った。
欲しい本があるとき以外に本屋行くの久しぶりだな。
ぼーっとしながら歩いて本棚を眺める。
前はただ、新しい本を探したり見てるのが幸せだったのになぁ。
ある本棚を通りかかってとある本を手に取る。
この漫画、そろそろアニメの続きが出るのか。
「小柳?」
聞きなれた声に振り向くと柳川くんがいた。
また会ってしまった。何か言われる前に早く行かないと。
「今日は何の本を見に来たんだ?」
「え?」
「俺は学校で読む本を探しに来たんだけど、読みつくしててさ」
柳川くん、突然現れて、虎視眈々と話してるけど。
「ちょっと待って」
「なんだよ」
「私、おかしくないの?」
「なにが?」
「漫画読んでたりするのとか、」
「漫画くらい誰でも読むだろ」
「へ?」
「なんだよ。さっきから変な声出して」
「だって、私が漫画とかアニメとか好きなの、おかしいんじゃないの?」
「ちょっとそれ置け」
言われた通り本を置くと、柳川くんは私の腕を掴んだ。
「来い」
「え?どこ行くの?!」
「いいから来い」
そういわれて近くの公園に連れてこられた。
「ちょっと!」
「人いないからいいだろ」
手を引かれるまま、ついていくと噴水の前のベンチの前で止まる。
「ここで座って待ってろ」
ぱっと腕を離して、どこかへ行ってしまった。
とりあえず、ベンチに座る。
気づけば空は茜色だ。地平線は紺色の空が見え始めていた。このまま自分もあの夕日と沈めたらなぁとかなんて。
ぼーっとしてたら、頬に冷たいものが触れた。
「ひゃっ」
「悪い。冷たかったか?」
「大丈夫」
気づいたら隣にいた柳川くんの両手には缶のミルクティーとアイスコーヒーがあった。
「どっちがいい?」
「え?払うよ」
「いい。早く選べ」
「じゃあ、ミルクティー」
「ほら」
「いただきます」
ミルクティーを受け取る。
多分、自分がアイスコーヒー飲むつもりで買ったんだろうな。
横目に間のタブを押し倒す音がかちゃっと鳴る。
「小柳」
「はい」
「多分さ、好きなこととか隠したりしてるだろ」
いつもなら何も言えない。言いたくない。黙ってやり過ごすはずの自分が、今日は違った。
「うん」
柳川くんだったら、いいと思った自分がいて相槌を打っていた。
「俺もあるんだ。怖くて人に言えないこと」
「え?」
「びっくりだろ」
「柳川くん、怖いものなしだと思ってた」
手に持ってる缶を口に運び、ぐぃっと傾ける。
「そんなことはないけど、ひとりは平気だな」
「へぇ。初めて聞いた」
「そりゃ、初めて話すからな」
「確かに、誰かと話してるところ、見たことない」
「言ってくれるねぇ。優等生の生徒会長さん」
「あはは。優等生じゃないけどね」
「やっと笑った」
そのとき、柳川くんの表情が柔らかくなって、ふわっと笑った。
いつも無表情な柳川くんだけど、こんな風に笑うんだ。
優しくてかっこいいな。
「でも俺を救ってくれた人がいるんだ」
「どんな人なの?」
「誰にでも優しい癖に、自分には厳しい人」
「へぇ」
「お前もいつかわかるよ」
「私も?」
聞くと柳川くんは、ヘッドホンに手をかける。
「あぁ。俺、いつも音楽聞いてるだろ?その人、いつも聞いてる歌い手だから」
「そうなんだ。なんていう人なの?」
「それ言ったら意味ないだろ。ほら、ミルクティー、飲めよ」
誤魔化された。でも、今話してくれている話は自分が知らない柳川くんばかりだ。
自分も缶のタブを押し倒す。
「俺がどうしようもないときにその人の歌を聞いて、また前を向けるようになったんだ」
それに話してる彼の姿は、嬉しそうでどこか悲しげだった。
「その歌い手さんのこと、大好きなんだね」
「ああ。そうだな」
またふわっと笑ったのに今度は悲しそうだった。
「小柳」
「はい」
「それ二回目。あのさ」
「うん」
「小柳の好きなこと、教えて」
「え?」
「ばーか。俺だけ教えるの、不公平だろ。教えろよ」
「私の好きなものかあ」
「あの漫画、好きなんだろ。本屋でいつも見てるやつ」
「知ってたの?!」
「同じ本屋にいたら何回か見かけるし、小柳、絶対あのコーナー寄るじゃん」
「うぅ、だって好きなんだもん」
段々、胸の奥が軽くなってきた気がした。
「アニメも好きだけど原作派だから、新刊とかスピンオフ出たら、すぐ追いたくなるし」
「わかる。あの主人公、俺、結構好きだよ」
「私、主人公の相棒のが好きで」
「それだったら、二人が喧嘩したときの話とか好きなんじゃない?」
「好き!二人が喧嘩しちゃって離れ離れになっちゃうけど、最後に二人の絆が深まるところがほんとに良くて」
「ほら話せるじゃん、好きなこと」
「あっ」
こんな感覚久しぶりだ。嬉しくて。
「どう?久しぶりに自分を解放できた気分は」
「楽しい」
「それは何より。あのさ、小柳、今度の日曜空いてるか?」
「うん、空いてるけど」
「一緒に出掛けるか?ショッピングモールであの漫画の作者のサイン会があるんだ」
そのイベントがあることは知っていた。抽選制で応募もしたけど、自分は当たらなかったんだ。
「俺、チケット当たって二枚あるんだ。良かったらだけど」
「行く!」
「おい、即答かよ。周り気にしてるから、もっとためらうかと思った」
「あ」
「無理しなくてもいいんだぞ」
そうだ。もし、学校の誰かに見られたら。
今の自分はなんとなく、頑張れる気がした。
「柳川くんが良かったら行きたい」
「じゃあ、決まり。日曜日な」



