世界でいちばん優しい嘘を、嘘つきの君に贈りたい

 突然、背後から声がした。
 誰もいないと思っていたので、思わず飛び上がりそうになった。

 しかもその声が、彼のものだったから。

「へぇ、そんなとこにいたんだ?」

 泣き顔を見られたくなくて、わたしは後ろを振り向かずに彼の声を聞いていた。
 実際に彼の顔を見ているわけじゃないのに、彼がニヤッと笑っているのが容易に想像できた。

「霜月さぁ、嘘つくの下手すぎるよ。顔、泣きそうだった」

 どきりとする。わたしは言葉が出てこなくて、ただ目を見開いた。

「俺の前で嘘つくなんて百年早ぇんだよ」

 う、と声にならない嗚咽がかすかに洩れた。
 それと同時に、さっきまで止まっていたはずの涙がもう一度溢れてくる。

 意地悪な優しさが、どこまでもわたしを追い詰める。

 涙のせいで何も喋れなくて、振り向くこともできなくてわたしはせめて、顔を見られないようにと顔を覆った。
 彼によってぐしゃぐしゃになった心を、彼がさらにかき乱す。


「ホ、ホントはっ……好きだよって伝えたかった……!」

 
 涙ですべての感情が攫われる。
 自分でもとんでもないことを口にしているのはわかってる。でも今は取り繕う必要はないと思った。

「でも、怖くてっ。このままだと、もう独りになったとき立ち直れないから……っ」

 嘘だらけの言葉が、だんだんと塗り替えられる。
 “嘘”が“本当”に置き換わって、空白の世界に白が色を付けていった。

 涙がこぼれるたびに、全ての嘘が洗われていく気がした。