「あのねえ、今日はお姉ちゃんのことで少し聞いてほしいことがあるんだ」

 パスタを食べ終わって、今日お姉ちゃんが買ってきたというカップアイスを食べていた。
 お姉ちゃんは昔から好きなチョコミント。わたしはバニラだ。

 アイスを食べようとふたを開けていると、お姉ちゃんがそんなことを言い出した。

「聞いてほしいこと……?」

「うん。まだ昴が小学生のころかな。あたしが中学生のときね」

 わたしが小学生のころ……。

 覚えていないと言えば嘘になるけど、ところどころ曖昧な記憶だ。

「あたしさぁ、不登校だったんだよね。ずっと部屋にこもってたの。今じゃ考えらんないけどねー」

「え……」

 そのときは小学生ながらに「不登校」という単語の意味を理解しようとしていたと思う。
 
 そこからはもう家ではタブーな言葉のように扱われ続けてきて、誰もお姉ちゃんのことについて触れようとしなかった。


 今となったら不登校という言葉の意味は分かるけれど、その単語がお姉ちゃんの口から出てきたことが、あらためて衝撃だった。

 こんなに明るくて、勉強もできて、一緒にいたら楽しくなれるお姉ちゃんが、そんな時期などあったのか。
 それは、なぜ。

 お姉ちゃんはアイスをスプーンですくってゆっくり話し始める。

「そのときね、友達もいっぱいいたし、成績も良くてみんなから頼られてたの。でもそれが重荷になっちゃって、ある時を境に『嫌だ~』ってなっちゃったのね。そんで、一年不登校。今考えれば、人生無駄にしたなーって思うけどさ」

 お姉ちゃんは努めて明るく話してから、自嘲気味に笑って見せた。
 そして、わたしのことをしっかりと目で捕らえてから、続きを話した。

「あたしは今笑って過ごせてる。それは昴のおかげだよ」

「わたしの……?」

 わたしの言い聞かせるように、お姉ちゃんは「うん」としっかりうなずいた。

「部屋にこもってたとき、まだ小さかった昴がなんて言ったでしょう」

 突然の質問だ。わたしは少し考えてからお姉ちゃんに正解をうながした。


「『お外は綺麗な白色だよ』」


 お姉ちゃんが、少し懐かしそうに目を細める。

「……それからこう言ったの。『だから、いっしょに見ようよ』って。それに救われたよ」

 そのときのことを思い出しているのか、お姉ちゃんの瞳はどこか遠くを見つめていた。
 
「別に雪が降っていたわけじゃないんだけどさ、『白色』なんて変だなあって思って外に出たんだ。そしたらね、あまりにも綺麗な澄んだ空が見えたんだ」

「誰かと一緒に見る空ってこんなに綺麗なんだって。この子にはこんなに綺麗な空が見えているのかって、そう思ったら、世界も嫌なことだけじゃないなって前を向けた」

 お姉ちゃんが、そのとき綺麗な空を映した瞳で、わたしを見た。
 その瞳の中にいたわたしは泣いていた。

「だからさ、一緒に空を見に行こう」

 わたしは、涙声で「うん」と確かにうなずいた。