世界でいちばん優しい嘘を、嘘つきの君に贈りたい

「ただいま……」

「おかえりー」

 いつもどおりの平坦なその声は、お姉ちゃんのものだった。
 ふわあ、と欠伸をしているお姉ちゃんが、リビングから顔をのぞかせた。

「今日少し遅かったねー? どした? あ、今日クッキー焼いたよ。食べる―?」

 お姉ちゃんはキッチンの方へ行って、オーブンを開けた。
 甘くて優しいチョコの匂いがふわ香る。

「昴好きでしょ? 今日あたしバイトも何もなかったしさ、暇だったから作ってみたんだよねー」

 ほい、と一つつまんでわたしの口に差し出す。
 反射的にパクリと食いつき、その瞬間にお姉ちゃんを見上げる。

「お、おいしいっ」

「ははは。よかった。久しぶりにその顔見たなあ」

 お姉ちゃんは本当に嬉しそうに笑うと、わたしの頭にポンと手を置いた。
 お姉ちゃんのその顔を見るのも久しぶりで、心の奥からホッと温まるようだった。

 クッキーをお皿に取り出している間に、わたしは学校のカバンを自分の部屋に置いてきた。
 勉強をしかけたとき、今日はわたしが夕飯の担当だということを思い出す。
 
 昨日はお姉ちゃんに夕飯を任せてしまったので、これ以上甘えるわけにはいかない。

 下に降りると、お姉ちゃんが夕飯の支度をしようとエプロンを用意していたところだった。

「お姉ちゃん、今日はわたしが作る日だよ」

「いいよー、そんなの。昴もやりたいことあるでしょ?」

 ケラケラと笑って、お姉ちゃんはわたしに向かってそう言った。
 
「ダメだよ。今日はわたしが作るから、お姉ちゃんはゆっくりしてて! ね?」

 本心だった。最近、お姉ちゃんにすべて家事を任せていたからか、疲れているのを知っていた。
 夜だって遅くまで作業してて、しっかり寝れていないのも、知ってる。

 今は少しでも休んで欲しかった。

 わたしの気持ちが伝わったのか、諦めたようにお姉ちゃんは「じゃあ甘えてもいいかな?」と言ってくれた。
 エプロンをお姉ちゃんの手から預かって、わたしはひとりでキッチンに立つ。

 お姉ちゃんがリビングの方でソファに座ったのを見届けると、わたしはひとりで気合を入れたのだった。