気がついたら、走り出していた。
 買い物袋に入っている洗剤の重さなんて気にならなかった。

 公園の入り口の前で、ふう、と大きく深呼吸する。
 本当にわたしがここで話しかけてもいいのだろうか。
 
 本当は怖い。けど、わたしは決めたんだ。

 近くの自販機の前に立って、財布からお姉ちゃんからもらった千円札を取り出す。

 わたしは少し迷ってホットココアを二つ買うと、彼が座っているベンチに近寄った。
 ココアを持つ手がだんだんと温まっていって、不思議と緊張が解けていく。

 ベンチまで数歩、というところで、わたしの足は止まってしまった。
 足が地面に縫い付けられたように動かない。
 
 ここまで来たのに。話しかけることができないくらい、わたしは臆病だったのか。

 そのときだった。

「……しもつき」

 広瀬くんの顔が、わたしの方に向いていた。
 暗い中だったけれど、それぐらいはわかった。

 いつもへらっとしている笑顔……ではなく、どこか疲れているような、そんな表情。

 距離もあったし、はっきりとは見えなかった。
 広瀬くんは、立ち止まって動かないわたしを見て、口を開いた。

「どうしたの」

 彼はわたしと会うと、いつもこの言葉を口にする。

 あくまでも軽い口調で言ってのけた広瀬くんだけど、どこか無理をしているように感じた。
 そんなふうに聞かれてしまったら、もう後には引けない。わたしはそっと一歩を踏み出す。

「これ……買ってきた。あったかいやつ」

 ぎこちなく差し出したココアの缶を、彼は少し意外そうに見てから、ゆっくりと受け取った。
 
「これ俺のために買ってくれたの~?」
「ええ、と……まあ、そうかな……」

 隠す理由もないので、正直に話す。

「ありがとねー。こんなのいつぶりだろ。家にいると飲む暇もないしなー……」

 ポツリ、とこぼしたその言葉にわたしは「え?」と聞き返そうとした。